第355話 チーズたいハロルド

「そちらの御仁は?」

「拙者はハロルドと申す。姫様にお仕えする騎士の1人である」

「そうでございましたか」


 到着した日の夜。食後に、キャンキャンとうるさいハロルドの呪いを解いてみると、ハロルドからしこたま非難された。

 チーズがよっぽど食いたかったらしい。

 というわけで、二日目の早朝ハロルドの呪いを解いて、食事に同席することになった。

 まったく。


「うむ。これは口溶けの良いチーズ」


 目を閉じてじっくりと味わった後に、ハロルドはにっこりと笑い解説を始める。


「高地にある草原の香りを漂わせつつも、大海原のほのかな塩味。かと思えば、その清々しくもかぐわしい香り……これは、何かの葉で包み香り付けをしておるな」

「よくお気づきで、確かに」

「うむ。味わいも深くとろけるような舌触り……なるほど、牛だけではない、ヤギか! ヤギの乳も混ぜているのか。それが故に、芳醇にして繊細な風味と味わいをもたらし……」


 語るよなハロルド。

 なんだか途中までは聞いていたが、ついて行けなくなったので、食事を勝手にすすめる。

 ふと見るとノアは、一生懸命にハロルドの言葉に相づちを打っていた。

 そんなどうでも良い解説なんて聞かなくてもいいのだよと、心の中で思いながら食事を続ける。

 オレが食事を終えるまで続くのじゃないのかと思われたハロルドの感想というか解説は、ようやく終わった。


「このチーズには、辛口の酒が合うのではなかろうか」


 そんな言葉で。


「そうそう、あいそうだよね」


 前も思ったけれど、ハロルドはグルメだよな。

 それからもハロルドは一つ一つのチーズに解説を続けた。

 老人も、ハロルドのコメントに気を良くしたのか、次から次へとチーズを持ってくるように、給仕へと伝える。

 途中からは穏やかな朝食が、よくわからないチーズの品評会の様相を呈していた。


「さて、名残惜しいが、拙者そろそろ仕事に戻らねばならぬ故、退出いたす。今日は馳走になった」


 即席のチーズの品評会は、ハロルドがいそいそと退席するまで続いた。

 そろそろ呪いが解ける時刻か、大体感覚でわかるんだよな、あいつ。

 その日は朝から工房見学だ。


「チーズって色々作り方があるんですね」


 煮立った鍋のある部屋や、逆にひんやりとした洞窟。

 次々と案内される部屋は、それぞれ特色がある。


「さようですな、これがこれで……」


 老人や、そのおつきの人が、オレ達の質問に1つ1つ丁寧に解説してくれて、楽しい。

 工房はとても大きい。

 道具類も様々だ。

 それに色々なものが材料として使われているそうだ。塩に、木炭。

 香り付けなどに使う木片は、いろんな木の物が用意されていた。

 ノアが好きだったケーキのようなチーズは、作りたてのチーズを砕いてかき混ぜたものらしい。

 日持ちするものだったらいいなと思ったが、残念ながら鮮度が命だという。


「魔導具があれば、数日は保管ができますが、あれは身内だけで食べるものですな……今のところ」


 そっか。魔導具……影収納の魔法で、いけるか。

 あれは、中に入れた物が劣化しないからな。

 グルグルとチーズの保管について考えてみたが、結局は試してみなくては分からないという結論になった。

 でも、保管の問題を置いておいても、身内だけで食べるようなチーズを食べられただけでも、この地に来て良かったと思う。

 ギリアの街でも思ったが、こちらの世界のチーズは巨大なものが多い。

 そして例に漏れず、この工房においてあったチーズも、巨大な物があった。

 倉庫の一角、いっぱいに巨大なチーズが並ぶ様が壮観だ。


「こちらは、1年物……あの奥は3年熟成したものですな。よろしければいくらでもお持ちください」


 お言葉に甘えて一つもらった。


「焼いたら、とろける!」


 カガミが、目を輝かせながら料理方法について聞いていた。


「こうやって見ると、いろんなチーズがあるんスね」


 ほんと看破の魔法があってよかった。

 魔法を使いながらチーズを見るだけで、名前がわかる。

 この工房では、いつも新作に取り組んでいるらしく、色々なところから情報を得て、新しいチーズの研究に余念がないという。

 そんなウンチク話も喜んで聞く。


「では、ここから先ちょっとだけ山を登ると保管庫があります」

「冷たく、丁度良い湿り気が、いいチーズを作るのです」


 次は、さらに山を登った先にある洞窟へと向かう。

 そして、山を登る途中、トッキーとピッキーがピタリと止まった。


「も……申し訳ありません」


 ついてこないので、どうしたのだろうと思って声をかけると、しばらく時間をおいてピッキーが答えた。

 どうかしたのだろうか?


「ふむ」


 老人が2人の元へ歩いて山から見える景色のことを話し出した。


「あの大きな湖が、マルカラ湖ですな」


 山から見える一面緑の綺麗な景色の中に、まん丸い湖が見えた。


「やっぱり」


 老人の言葉を聞いて、トッキーが小さく呟いた。


「トッキーは知ってるの?」

「はい、あそこの辺りに……」

「トッキー」


 トッキーが何かを喋ろうとした時に、ピッキーが言葉を遮った。

 どうしたのだろう……。


「いえ、何でもないです」


 ピッキーに言葉を遮られたトッキーは、首を振って何でもないと言い、走ってノア達の元へと行った。


「何があるんスかね?」

「そうですなぁ。あの辺の農村も、やっぱりチーズをいっぱい作っております」

「へぇ」

「村によって、自分の村にあるチーズが一番だと言ったりするのですよ」


 なるほど。それぞれ村によって少しずつ味が違うのか。

 それからも、洞窟の中の保管庫にあるチーズを食べさせてもらった。

 色とりどりのチーズ。緑に、赤、そしてオレンジ。

 チーズは薄い黄色のイメージがあったが、こんなにカラフルなのかと驚く。


「これは?」

「それはこうやって……」


 小さな林檎に似た形のチーズがいっぱい並んでいたので、気になったので聞いてみるとそれは新作らしい。

 りんごのヘタに見えたのは、爪楊枝。

 チーズを一口大に丸めて、そこに爪楊枝を刺して熟成させるのだという。

 赤いまん丸に、茶色いヘタ。

 見た目も楽しいチーズだったが、甘そうな見た目とは裏腹に、ちょっとだけ辛かった。

 その日の夜、トッキーもピッキーも元気がなかった。


「疲れちゃった?」


 カガミも気になった様子で、心配そうな声で二人に尋ねる。


「いえ、大丈夫です」

「全然平気です」


 2人はそんなことを言っていたが、そうは見えない。

 そんな時、1人いつも通りのチッキーがふと思い出したように口を開いた。


「このチーズは、あたちの村でも作ってるらしいでち」

「へー、そうなんだ」

「この山降りたところにあるらしいでちよ」

「らしいの?」

「チッキーは小さかったから、場所までは覚えてないでち。でも、兄ちゃんがそう言ってました」


 他人事のようにチッキーがそう言った。

 そっか。憶えていないのか。

 チッキーは小さい頃に奴隷として売られたのか。

 それで、憶えていないか……。


「じゃ、せっかくだ行ってみようか?」

「え?」


 トッキーが嬉しそうに顔をあげる。


「せっかく近くによったんだ。故郷によって、元気だよって言うくらいの時間はあるさ」


 冬になっても防寒対策もできているし、なんとかなるだろう。

 特に皆から反論はない。

 ノアも嬉しそうに頷いている。

 こうして、寄り道の、さらに寄り道先としてピッキー達の故郷へ行くことが決まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る