第358話 いだいにしてかがやけるおう

 いつものように小屋の外へと出ると、今日はいつもと様子が違った。

 オレ達よりも朝早く起きて、仕事に精を出しているトッキーとピッキーの姿が見えなかったのだ。


「あれ、今日はピッキー達がいないね」


 オレの後ろからトコトコと近づいてきたノアに声をかける。


「今日はね、ピッキー達、お友達と一緒に森へお出かけするんだって」


 せっかくの里帰りだ。

 地元の友達と遊びに行くのもいいだろう。

 休暇は自由に使って欲しい。とやかく言う必要はない。

 そう考えて「そっか」と小さく声を返す。

 ノアはにっこりと笑って頷き戻っていった。

 オレ達はいつもの日常だ。

 ロッキングチェアを外に出して。それに揺られてゆっくりと読書。

 魔導具の本だ。

 いろいろな効果の魔導具は、説明を見るだけで楽しい。

 午前中はそうやって過ごそうと思った。

 同僚たちも同じように、いつもの日常だ。

 そんな時のことだ。


「そういえば前から気になっていたことがあるんスよ」


 プレインがオレのところに近づいてきて、ふとそんな話をした。


「気になること?」

「フェズルードにいた時に、爆発するぞって誰かがアドバイスしてくれたじゃないっスか」

「そうだったっけ?」

「そうっスよ。ほら、黒の滴が落ちてきた日。あれ、誰の声だったのかなって……」

「うーん」


 しばらく思い返してみる。

 あの日は色々な事があったからな。変な世界に連れて行かれたりしたし。

 冬の寒い日、トーテムポールが落ちてきて、トーテムポールを壊して……。

 そういや、タイマーネタで壊したんだっけ。

 そうそう、タイマーネタ……代わりが欲しいと、世界樹に向けて白孔雀を飛ばしたけれど、あの返事はいつ頃帰ってくるかな。

 いや、それは後回しでいいか……。


「うーん。確かにそう言われれば、そんな声を聞いたね」

「そうっスよね。あれ、誰の声だったんスかね」

「確かに、あれ誰の声だったんでしょう? 聞いたことのない声だったと思います。思いません?」


 茶釜達に世界樹の葉を食わせながら、カガミがオレ達の会話に参加する。


「カガミ姉さんも、心当たりないっスか……」

「見当もつかないです」


 カガミにも分からないか。


「そうだったっけ、覚えてないや」


 ミズキも知らないようだ。

 一度考え出すと、気になり続けるものだ。

 オレ達が、うんうんと考えていたとき、近くの木々が小さく揺れた。


「あぁ。あれならウィルオーウィスプだよ」


 そして、モペアの声がした。

 声のした方をみると、森の木陰からニコニコ顔で、枝をブンブン振り回しながら歩いて来るモペアが見えた。


「ウィルオーウィスプの声だったのか……って、どこにいるんだ?」

「えーと。ゆか板のところにへばりついてるんじゃないかな。前はそうだったよ」

「へばりついてる?」

「いつも、寝ぼすけでさ。ちょっと待ってな。今日は調子がいいんだ、すぐに見つけてやるよ」


 モペアはすごいスピードで海亀のまわりをぐるりと走り回ったあと「見つけた」と小さく声を上げた。


「見つけたって、ウィルオーウィスプっスか?」

「そうだよ」


 ニコニコ顔のモペアが片手に魚を掲げていた。

 茶色い魚。

 提灯アンコウのような形だ。頭からポーンと突起が出ている。突起の先には電球にそっくりな物が付いている。

 だが、それはピクリとも動いていない。


「それ……死んでないよな?」


 見た目魚だし、全く動いていない。

 モペアの扱いも雑だ。

 大丈夫なのか心配になってくる。


「寝てるんだって。いっつもグータラ寝てるんだよ、こいつ」


 寝てるのか。


「いつも寝てるわりには、お願いしたら光の球を動かしてくれてるけど……」

「器用に、寝ながらやってんだよ」


 モペアはそう言うと、思いっきり地面にその魚を叩きつけた。


『バチーン』


 大きな音が響く。

 いきなり響いた音に驚いたのか、サムソンも外へと出てきた。


「どうしたんだ?」

「あれ、ウィルオーウィスプらしいっス」

「おいおい」

「大丈夫だって」


 モペアって、乱暴だよな。


「大丈夫って……いきなり地面に叩きつけたら可哀想じゃないか」

「全くそうでアル」


 オレの言葉に、低い声で反応があった。

 びちびちびち。

 それからモペアが捕まえた提灯アンコウ……いや、ウィルオーウィスプは体を震わせた。

 モペアがびっくりして手を離すと、フラフラとふらつきながらオレ達の立っている場所まで、空中を泳ぐようにして近づいてくる。


「まったく、近頃の小娘は礼儀を知らぬのでアル」


 低い声でウィルオーウィスプは再度言葉を話す。


「なんでずっと隠れてたんだ?」

「フフン。我は用心深いのでアル。真に心正しき者かを慎重に測っておったのでアル」


 つぶらな瞳が可愛らしい。その外見と、低い声が微妙に合っていなくて、ちょっとおかしい。


「そうか。これからもよろしく。先日の忠告は助かったよ。ありがとう」

「うむ。良い心がけでアル」

「違うよ。そいつ面倒くさいから寝ていただけだって」


 せっかくいい雰囲気だったのに、モペアが挑発的な横やりを入れた。


「むむ。まったく、小娘が礼儀を知らぬのでアル。そもそも、そいつとか言われる筋合いはないでアル」

「はいはい」

「グレゴリーニックハウゼンバルバラントムルグカンサ……」


 なんだ?

 いきなり訳の分からない事を言い出した。

 シルフであるヌネフの翻訳が効いていないのか?

 ひたすら呪文のような言葉を呟いていたウィルオーウィスプだったが、突如静かになった。

 終わったのかな?

 一体なんだったろう。翻訳が効いていたのかも含めてヌネフに聞いたほうがいいだろう。


「あぁ、我としたことが……うんうん。そうだな。こんなおかしな登場をしてしまっては、お前たちには、我の威厳が伝わらないであろう。しばし待て」


 何が起こっているのか分からないうちに、ウィルオーウィスプは、消えた。

 いったい何がやりたいのやら。

 イマイチわからないな。


「一体なんだったんスかね?」

「さぁ」


 プレインも同じ考えだったようだ。

 後をみるとサムソンも首を傾げていた。


『ドッドッドッドッ』


 ウィルオーウィスプの登場と、よく分からない言動に、皆で困っていると、辺りに太鼓の音が響きだした。


「何? 何?」


 茶釜にのったミズキが周りを警戒するように見回してる。

 太鼓……でも、あたりを見回しても、太鼓を持っている人はいない。

 ズンチャカズンチャカ……加えて軽快な音楽も鳴り出す。


「なんスかね?」


 なんとなく頭上から鳴っていることはわかる音楽に、対処しかねていると、淡い光が空から降り注いできた。

 そして、ゆっくりとウィルオーウィスプが再び出現する。


『トットットッ』


 軽快な太鼓の音を立てながら。

 そういうことか。

 なんとなくわかってきた。

 よく似たことをする人間……いや、精霊を知っている。

 なんてことはない、ただの登場シーンの演出だ。これ。

 オレの予想通りであったら、これから何か偉そうな名乗りを上げるのだろう。


「もういいな」


 サムソンも困ったように呟いて、小屋へと戻っていった。

 ミズキは茶釜に乗って何処かへ行ってしまった。

 カガミは子ウサギの食事を再開させている。

 皆が興味をなくしていた。


「おい。最後まで聞かんか」


 そんなしらけムードのオレ達に向かって、ウィルオーウィスプは低い声で、言う。


「自己紹介?」

「うむ。我こそは偉大にして輝ける王。ウィルオーウィスプ、グレゴリーニックハウゼンバルバラントムル……」


 あれ?

 自己紹介じゃないのか?

 再び、何かを呪文のような言葉を唱えているかと思ったら、最後に「4世」と付けて終わった。

 あの長々とした言葉は全部名前だったのか。


「長いよ」


 モペアが愚痴るように言う。

 オレも同じ感想だ。

 やっぱり予想通りだった。登場シーンの演出に、自己紹介。


「あれだな、ヌネフにそっくりだ」

「そうそう、あいつみたいに登場シーンに凝ってるだけだよな」

「違いますよ」


 オレとモペアが感想を言っていたら、ヌネフの声が聞こえた。

 頭上から。

 ふと見上げると、海亀の背にある屋根の上に、ヌネフが立っていた。

 そして、ほっぺたを膨らませて、オレ達に抗議の視線を向けていた。


「そうでアル。我は、そこがシルフとは違う。重厚な登場シーンを演出したのでアル」

「さっきの音楽はどうやってたんスか?」


 そういえば、シルフは風を操作して音を鳴らしてるんだったっけかな。

 じゃあ、ウィルオーウィスプはどうやってるんだろう。

 光を操って、音は鳴らない気がする。


「フフン。我の奏でる曲が気に入ったか。ではもう一度聞かせてやろう」


 ウィルオーウィスプは、プレインの質問を褒め言葉と受け取ったようだ。

 大きな口を微妙に動かして、それから胸びれを使って、ペチペチとほっぺたを叩く。


「ボイスパーカッションっスね」


 プレインが感心したようにコメントする。


「ボイスパーカッションって?」

「声で、楽器の真似をするんスよ」


 あれか。テレビで見たことがある。

 なるほどな。


「口でやってんのか」

「口? 口だって。アハハハハ。音を奏でながら名乗れないではないですか」


 ヌネフがバカにしたように、ウィルオーウィスプに言う。


「フン。曲ですらない、音を鳴らすしかできぬ。うぬに言う資格などないでアル」


 ウィルオーウィスプはヌネフの馬鹿にしたような言葉に、ムキになって反論する。

 表情豊かだな、ウィルオーウィスプ。

 それから延々と2人の口喧嘩が続く。

 面倒くさくなったので、途中から聞くのをやめて、読書へと戻った。

 まぁ、なんにせよこれからもよろしくウィルオーウィスプ。そう心の中で呟きながら。

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