第346話 じしょうかっこいいひと

 緩やかな斜面を上り下りし、右へ左へと道を曲がり、穏やかな気候の中、オレ達は進む。

 地図で見ればまっすぐな一本道だが、街道沿いは右へ左へと緩やかにカーブが続く。


「次の分かれ道は右だな」

「はい」


 同僚達と交代で地図を見ながらナビをして、ピッキーやトッキーの御者で海亀は進む。

 道はとても整備されているので、進むのに苦労はない。


「順調。順調」

「はい」

「次はさらに右だ」

「あの山を登るんですね」

「そうだな」


 フェッカトールの用意してくれた地図はとても立派なものだった。

 そして正確だ。

 おかげで道に迷うということがない。

 書いてある通りに進めば、書いてある場所に着く。

 それに海亀を引っ張る茶釜達もとても優秀だ。

 茶釜達エルフ馬に引っ張ってもらえば、普通の馬よりも速く走れる。

 おかげで、おそらく当初の予定よりもずっと早く進んでいると思う。


「もう少し先に行ったら休憩にしたほうがいいと思います。思いません?」


 旅も3日が過ぎ、すでに4日目。

 太陽の位置が頭上近くに来たので、そろそろお昼にしようということになった。

 そして、それは森の木陰に入り、食事の支度を進めていた時のことだ。


「悲鳴が聞こえます」

「戦いの音かも」


 トッキーとピッキーが警戒した声を上げる。

 確かに耳をすませると声が聞こえる。叫び声だ。

 一応、確認した方がいいな。


「ロンロ」

「はいはい」


 とりあえず、ロンロに見てきてもらうことにした。

 こういう時、偵察役としてロンロは最強だ。


「山賊とぉ、戦ってる人がいるわぁ」

「ちょっと行ってみる」


 ロンロの言葉を聞いた直後、ミズキが茶釜に乗って駆けていく。


「おい、ミズキ」

「危なくなったら逃げるって」


 茶釜にヒラリと飛び乗ったミズキは、そのまますごいスピードで進んでいった。

 最近は、海亀の背に上手い具合に乗りっぱなしのロバを降ろし、オレも後を追う準備をしていたが、それは杞憂に終わった。

 楽しげな笑い声と共に、ミズキが戻ってきた。


「大丈夫だったか?」

「私が行った時は終わっていたよ」

「独断専行するなよ」

「ごめんごめん。でさ」


 そう言って、ミズキは後ろを振り返る。

 彼女の視線の先には2台の馬車と、馬に乗った1人の男がついてきていた。


「麗しき女性に助けていただけるなんて、もう感謝感激です」

「いやいや、助けてないじゃん」


 パタパタと笑顔のミズキが手を振る。


「いえいえ。とんでもございません、あの時、ミズキ様の軽やかにして可憐な姿が目に映らなければ、おれっちの運命も終わっていたでしょう」


 そんなことを言いながらヒラリと馬から下りて、男はミズキの方に駆け寄った。

 装飾華美な服装。

 腰につけた剣にも装飾が施されていて、身なりはとても立派だ。

 一目でわかる貴族の優男だ。


「ぐぇ」


 ササッと動き、ミズキの手を取ろうと動いたとき、優男がいきなり呻き声をあげた。

 見ると髪を誰かに後から引っ張られたようだ。


「もうダメですよ。前も変な女の人に声をかけて怒られたばかりですよね」


 彼の後には1人の女性が立っていた。

 ゆったりとしたローブ姿の女性だ。


「痛いよ。キャシテ。従者なのに、イケメンの主に手をあげちゃいけないだろう? おれっちでなければ、首飛んでたよ。首」

「はいはい。お姉様からも度が過ぎたら始末するようにって言われてますから、大丈夫ですよ」

「始末って」


 言葉使いからはそうは思えないが、2人は主と従者の関係らしい。

 確かに、キャシテと呼ばれた女性の服装は、主である男にくらべ質素だ。


「イオタイト様」


 追いかけてきていた馬車の御者が、優男へと駆け寄り声をかけた。

 イオタイトと呼ばれた貴族の男は、御者へと向き直り話を始めた。

 先ほどのキャシテに対する対応とは違い、本当に主と従者の様子で、命令するかのように話をしていた。


「大丈夫ですよ。でも確かにミズキ様と、そのとても素敵なうさぎちゃんのおかげで、山賊も逃げたわけですし、助かりました」


 そんなイオタイトと御者を無視して、キャシテはミズキへと声をかけた。


「それほどでも。やっぱり、茶釜、可愛いでしょ?」


 ミズキも茶釜の頭を撫でながら応じる。


「えぇ。あの、不躾ですが……もし、よろしければ、ちょっとだけ、その、触らせてもらえないでしょうか?」

「いいよ。ね、茶釜」


 それから、2人は茶釜を通じて盛り上がりはじめた。

 かわいいかわいいと言い出した。

 まあどうでもいいや、放置だ。放置。

 イオタイトと呼ばれた優男は、彼に駆け寄ってきた御者としばらく話していたかと思うと、話が終わったようで、ささっとこちらの方へ走ってきた。


「なんと。これは素敵なお嬢様!」


 今度はカガミに目をつけたようだ。

 見境がないな。


『バキィ』


 と思ったら、頭を叩かれていた。

 凄い音があたりに響いて痛そうだ。


「もう辺り構わず声をかけるのはだめですよ。ごめんなさい、ちょっとこの人、頭がおかしいんです」

「いえ、お気になさらず」


『カチャリ』


 カガミが、突如現れた2人の対応に苦笑しつつ応じていた時のことだ。

 海亀の背にある小屋の扉が小さな音を立てた。

 外が賑やかになってきたからか、ノアがチラリと小屋から顔を出した。


「ヒィ」


 そんなノアを見て、先程優男に話しかけていた従者が小さな声を上げた。

 ノアはびっくりしたのか、パタンと小さな音をたてて扉を閉めてしまった。

 御者は、失敗したとばかりにキョロキョロとオレ達を見回して、肩を落としていた。

 旅先でもたまにみる。意図せず呪い子と接した人が見せる反応だ。


「あれ、気づかなかったんですか? この海亀の家、吟遊詩人の歌で有名じゃないですか。ノアサリーナ様一行ですよ」

「えっ、そうなのかい」


 そんな御者に、キャシテはおどけた調子で言った。

 キャシテの言葉に、御者も、そしてイオタイトもひどく驚いた顔をしていた。


「まったく、もぅ」


 驚く2人を見て、キャシテは芝居がかったため息をつき、それから言葉を続けた。


「ミズキ様が来て、山賊は援軍がきたと考えて逃げたわけです。いうなれば、助けられたのは本当のことですし……そうだ」


 そこまで言って、キャシテはパチンと手を叩いた。


「どうしたんだ? キャシテ」

「進む方向は一緒ですよね。しばらく一緒に旅をしませんか? ノアサリーナ様」


 そう言って、海亀の背にある小屋、その扉を見て声をかける。

 しばらくして、ノアがゆっくりと扉から姿を現した。


「彼に任せています」


 それから、小さくノアはそう言って、オレをチラリと見ると扉の中へと引っ込んだ。

 いつもより気弱な態度は、先ほどの御者の態度で傷ついているからかもしれない。

 さて、どうしようか。

 ノアへの態度も、悪意があるようではなかった。

 申し訳なさそうにしている御者の態度からも、それは見て取れた。

 そんなに悪い人だと思えない。

 なんとなくだが、キャシテの同行を希望する理由も、ウサギ……茶釜が目当てな気がする。

 つまりは、カガミやミズキと同類。


「いいじゃん。一緒に行こう」


 ミズキは乗り気のようだ。


「イオタイト様? よろしいのですか?」


 オレが少し考え込んでいるとキャシテの後ろの方から、別の従者がイオタイトに話しかける声が聞こえた。


「ああ、問題ないよ。山賊に遭遇した。先ほどは追い払えたが、次も上手くいくかはわからない。となれば、味方が多い方がいいだろうよ」

「そうですよ。イオタイト様の言う通り。それにほら」


 そこでキャシテはオレ達を見て大きく手を広げ、言葉を続ける。


「ノアサリーナ様一行との旅ですよ。山賊など恐れるに足らず。なにせあの白魔ピデドモを、灼熱業火発破乱撃の魔法によって焼き尽くしたのですよ」


 そう、力説する。

 御者はそれを聞いて、小さく頷き、馬車へと戻っていった。


「一緒に行きましょう。こちらこそよろしくお願いします」


 結局、断る理由もないので、一緒に進むことにした。

 でも。

 白魔ピデドモ?

 灼熱業火発破乱撃の魔法?

 なにそれ。

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