第十九章 帝国への旅

第345話 しゃせいたいかい

「小僧共、しっかり練習するんだぞ!」


 ひときわ大きなレーハフさんの声が響く。

 ギリアにある港で、皆のお別れの言葉を受け、湖へと飛び込み颯爽と進む。


「リーダ。皆が見てるよ」


 すれ違う船の甲板に人が集まって、オレ達を見ているのかわかった。

 海亀の背にある小屋と、その周りをパシャパシャ泳ぐ巨大ウサギ。

 そりゃ、目立つよな。

 ギリアの町を出て湖を渡り、ストリギへ行く。

 ストリギから、さらに東へと進む。

 そういうルートだ。

 途中の枝分かれした街道、そして滞在する町。

 それはフェッカトールが、地図に書き記してくれた。

 帝国は東だから、ひたすら東へと進むルートだ。


「冬までには、帝国に着けると思いますが、急いだ方がよろしいでしょう」


 フェッカトールはそう言った。

 なんだかんだと言って距離がある。

 もっとも、快適な海亀の背にある小屋で過ごす、快適な旅だ。

 しかも水陸両用の海亀で進む旅。

 というわけで、まずは、湖を渡っている。

 澄んだ水の上を、海亀が気持ちよさそうに泳いでいる。

 以前と違って、季節は夏。

 暑くなってきたので、茶釜達エルフ馬も気持ちよさそうにパチャパチャと泳いでいる。

 泳ぎ疲れたら、念のために作っておいた、筏の上に登って茶釜達は休む。

 悠々自適だ。


「人目があんなになければ、私も泳ぐんだけどなぁ」


 ミズキがぼやく。

 確かに、船とすれ違う度に、注目の的だ。

 水着になって泳ぐのは少々抵抗がある。

 というわけで、オレはいつものようにゴロゴロ。

 ノア達は絵を描いて遊ぶことにしたようだ。

 海亀の背にある小屋の屋根に上がって、皆が座って絵を描いている。

 平和なものだ。


「捕れたっス!」


 1人海亀の背にある小屋のへりに座っていたプレインが、嬉しそうな声を上げた。

 見れば魚を手に抱えてはしゃいでいる。

 あいつは釣りをしていたのか?

 海亀は、結構なスピードで泳いでいると思うのだが、釣りって動く海亀の背でも、できたのか。


「へぇ、意外とでかいな」

「すごいでしょ」

「釣り道具なんて準備してたのか」

「違うっスよ。これ。これをつかったっス」


 みるとプレインが、先が輪っかになった棒を持っていた。


「なにそれ?」

「網のない虫取り網……魔導具っスよ」

「虫取り網? 魔法の?」

「魔法の網が、獲物を捕らえるっスよ。さすがに茶釜達が泳いでる側で、釣り糸は垂らせないっス」


 言われてみればそうか。

 へたに茶釜達に針がひっかかりでもしたら大事だからな。

 プレインが両手に抱えた魚を見て、すごく楽しそうにみえた。


「ちょっと、これはオレも挑戦してみたいな」


 ということで、その日は、魚を捕まえるべく四苦八苦して過ごした。

 結果は2匹。プレインは3匹の魚を捕らえることに成功していた。


「ノアノアは、チッキー達の絵を描いたんだね」


 その日の夕食は、ボリュームたっぷりの魚料理がメインディッシュだ。

 のんびり食事を楽しみながら、皆の描いた絵を見て感想を言い合う。

 ちょっとした品評会だ。

 カガミや、ピッキー達は風景の絵を描いていたが、ノアは皆の絵を描いていた。

 カラフルな水彩画だ。

 絵の具はこの世界では高いが、今日は奮発した。


「トッキーは船の絵を描いたのか。なかなかの物だと思うぞ」


 トッキーの描いた絵は、遠近感が表現されていて、けっこう凄い。

 サムソンから、設計図の描き方を習ったりしているので、その応用で上手く立体感が出せているようだ。


「チッキーの絵は、空の青さが素敵だと思います。思いません?」

「今日は晴れでちた」


 チッキーは、空の絵だ。

 船から見た、広々とした空が、綺麗な青で表現されている。

 ちっちゃく描いた気球に、きっとチッキー達が乗っているのだろう。


「ピッキーは町っスね」

「これ、レーハフさんでしょ?」

「はい。親方です。こっちにはバルカン様もいます」

「ホントだ」


 同じ海亀の背から見た光景なのに、それぞれ描くものが違って面白い。


「これ、このまましまっておくには惜しいよね」

「そうだ。この部屋に飾りましょう。それがいいと思います。思いません?」

「いいな、それ」


 それから少しだけ、工作をして、簡単な額縁を作って部屋にかざる。

 色とりどりの絵が、部屋によく映えて、質素な部屋を飾り立ててくれた。


「こうして見ると、絵ってのもなかなかいいぞ」

「そうっスね」

「オレも今度描いてみようかな」

「うん。一緒にお絵かきしよ!」


 ノアも目を輝かせて賛成した。

 そうだよな、旅はこれから長く続くのだ。


「でも、こんな高価な絵の具。おいら達がこれ以上使うのも……」

「良いって、良いって、皆でさ、ジャンジャン描こう」

「そうだな。絵の具は触媒にもなる。多めに使って余らせても、問題ないぞ」

「皆で絵本を作るのもいいと思いませんか?」


 カガミが、楽しそうに絵本を作ろうと提案した。

 絵本。

 いいな、それ。


「そうだね。皆で、お話考えてさ、絵を描いて」

「私やりたい」

「よし。じゃあ、旅の間、のんびり絵本を作って遊ぼう」

「うん」


 順調に海亀まかせの、湖の横断は進む。

 そして、何事もなく、翌日の昼前には、ストリギについた。


「せっかくだからさ。絵本の材料を買お」

「そうっスね」

「あと、ちょっとここで食事していかない?」

「久しぶりのストリギだ。食事していこう」

「えっと、前の領主の館によって、本を確認したいんだが?」


 領主の館……本?

 そうか。

 ストリギの領主の館には、魔術師ギルドの為に用意された本があったな。

 以前、ストリギで受けた仕事の報酬として、サルバホーフ公爵から、閲覧の許可を貰っていたんだった。


「魔術師ギルドの本?」

「そうだ。少々調べておきたいことがあってな」


 それは問題ない。

 急がなくてはいけないが、できることはテキパキと進めて充実した旅をしたいのだ。

 というわけで、ストリギにしばらく滞在することにした。

 ノアとミズキ、そして獣人達3人は絵本の材料を買いに行った。

 残りの人間は、皆で領主の館に、箱詰めされていた本を調べる。

 前はバタバタしていて、見る暇がなかった。

 今回は、それを取り戻すように、調べていった。


「やはり。魔術師ギルドは、珍しい触媒を独占しているようだぞ」

「そっか。魔術師ギルドに加入できないのは惜しいな」

「まったくだぞ」

「なるほど。この素材はこういう風に作ることができるのか」

「魔物の骨や毛で、代用できる触媒も、あるみたいっスね」

「この辺の本は、増やして持っていくか?」

「そうだな」


 それから、皆で手分けして、役に立ちそうな本があったら片っ端から増やしていった。


「また、白いノートを大量に用意しておいた方がいいと思います。思いません?」


 複製に複製を重ねたノートが限界を迎えてきている。

 ノートは、本を複製するときに使う触媒で、使用頻度も意外に多い。

 ということで、ノートの材料になる紙も大量に購入することにした。


「フェッカトール様に、金貨500枚貰っといて助かったっスね」

「そうだな。案外、真っ白い紙も絵の具も高いからな」


 なんだかんだと言って、それで金貨30枚近く使う。

 絵の具がクソ高いなと思っていたら、材料が宝石の粉だったりするらしい。

 そりゃ高いなと納得する。

 カラフルな絵の具を使うことに対して、ピッキーが恐縮するのもよくわかる。

 ノアへの手紙に同封されていた宝石や、あの女の人からもらった宝石は使う気にはなれない。

 となると、旅行初日に金貨30枚の出費はなかなか痛手だ。

 だが、ここでケチるつもりはない。

 せっかくの楽しい旅だ。

 出費を惜しむ気なんてさらさらない。

 慌ただしくも充実した時間はすぎ、ストリギに着いた日の夕方には、ストリギの町から出発する。

 門番からは、夜遅いので宿に泊まった方がいいと忠告を受けたが、問題ないと答えた。

 なにやら盗賊が出るらしい。

 物騒だけど、まあなんとかなるだろう。


「大丈夫だよな?」

「キャン!」


 子犬のハロルドも元気よく返答してくれる。

 問題ないはずだ。

 今回は穏やかな気候の中、ヨラン王国を東へと進む。

 旅の間は絵本を作る。

 面白い旅になりそうな予感がした。

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