第347話 どんどんふえるよ
「疲れた」
「お帰り、リーダ」
キャシテと、その主である貴族イオタイト。
ほんの少し前に知り合った2人。
彼女達と同行している他の従者達は大人しいものだったが、2人は違った。
ひたすらに喋るのだ。
あれは才能だと思う。
そんな彼女達との終わらないおしゃべりに疲れて戻ると、ノアがロッキングチェアに揺られながら、ぼんやりと外を眺めていた。
少し寂しそうに見えた。先ほどの御者の態度が堪えたのかもしれない。
「御者の人がさ、失礼な態度とってごめんなさいって」
「ううん。いいよ。慣れっこなの」
そう言ってノアが小さく笑う。
「そっか。ところでさ、ノア。ちょっと驚いた話をきいたよ」
ノアが気にしていないというなら、それでいいかと話題を変えることにした。
「どうしたの、リーダ?」
「さっき聞いたんだけどさ、オレ達のこと、吟遊詩人の詩になって、すごい広まってるらしいよ」
「そうなの?」
「なんか聞いたこともない魔法を使ったことになってた」
「どんな魔法?」
「灼熱業火発破乱撃の魔法だって」
「かっこいい名前だね」
「それで、聞いたこともない魔物を倒したことになってた」
「そうなの?」
「そうそう。白魔ピデドモだって。灼熱業火発破乱撃の魔法で倒したといわれても何が何やら」
「困ったね」
「本当だよ。どうやってそんな魔法を使えるようになったんですかって聞かれても……オレが知りたい」
おどけたオレの言葉に、ノアが笑った。
それにしても吟遊詩人の歌か。
とりあえず、どんな歌が歌われているのかを知っておきたいところだ。
「私も聞いてみたい」
「吟遊詩人の歌?」
「うん」
「そうだね。今度、町によったとき、吟遊詩人を見つけたら聞かせてもらおうか」
「うん。聞きたい」
それからも、同行者が増えた旅は続く。
「この辺は、治安がまだ回復できないみたいですよね」
相変わらず、キャシテはすごくおしゃべりだ。
主であるイオタイトを放置して、延々と喋っている。
「そうそう。姉貴は、すぐに蹴ってくるんだよ」
「おれっちのところもそう。外面とは大違いだよ」
「同じっスね」
そして主といえば、プレインとの会話で盛り上がっていた。
まだ知り合って、ほんの少ししか経っていないが、随分と馴染んでいる。
とは言っても、こんな慣れた調子なのは、この2人だけ。
他の人達は、海亀の後を静かについてくるのみだ。
無視されているわけではないが、オレ達とは距離を置いているのがわかる。
それでも、礼儀正しく、普通の人達だ。
「いや、少しばかり急なことで……お嬢様には申し訳ないことを」
ノアを見て小さな悲鳴を上げた御者から、丁寧な謝罪があったことからも、悪い人達でないことがわかる。
「この辺は、治安がまだ回復できないみたいですよね。ストリギの領主不在が痛いんですよ。多分」
そして、そんなよく話すキャシテの今の話題は治安についてだ。
山賊になぜ襲われたかの話から、治安の悪化についての話になった。
「えっ? ストリギって領主はいないんですか?」
「代行らしいですよ。それに前の領主は結構やり手だったようですよ。この辺りの治安維持も、うまくやっていたようですよね。でも、今の領主にはそこまでは無理みたいですよ」
「あのブースハウルがねぇ」
自分の欲望にまっすぐで、まっすぐすぎて自滅したような奴だったが、あれでも領地の運営手腕は高かったらしい。
山賊はここ最近になって増えてきたそうだ。
「こっちの道は、中継になる町がないから、通行税がいらないんですが……選ぶ道、失敗したかもしれませんよね」
キャシテとの会話で、いろいろな事を知る。
東に行くルートは沢山あるが、中継となる町を通る時に、通行税を取られるのが常だそうだ。
ということで、通行税を浮かせるために、町がない道を通る。
ところが、町がないということは、治安維持がおろそかになるということに繋がる。
結果、今進んでいる道は危険が一杯というわけだ。
だが、ここまで山賊が多いのは、キャシテ達も予想外だったそうだ。
「ずっとこのままなんでしょうか? それはまずいと思います。思いません?」
「ですよね。でも、多分大丈夫だと思いますよ。何でもギリアの領主様がこっちまで乗り込んでくるって、酒場の噂で聞きましたし」
「確か、ギリアの領主は第3騎士団の副団長だったよな」
プレインと会話していたイオタイトがキャシテの側に来て話に加わる。
どうやら、プレインがサムソンとナビ役を交代したので、手持ち無沙汰になったようだ。
「第3騎士団って?」
「ヨラン王国にはさ、騎士団がいっぱいあるんだよ。そのうちの上から3つめ。それが第3騎士団。言葉のまんまさ」
貴族だけあって、イオタイトは、いろいろと国の制度や貴族の力関係にも詳しい。
昨日も、いろいろと言っていた。
もっとも貴族の力関係なんてわからない。
サルバホーフ公爵の陣営が、少し力を落としているという話になって、知った名前だと理解するくらいだ。
「それって、すごいことなんですか?」
「まぁ、家柄があればそうでもないけど。確か、ラングゲレイグ様には、家の話が出ないからな。多分、そこまでの家柄じゃないだろうね。ということは、相当すごいことだよ」
カガミの質問への回答にも、それは見て取れた。
そうか、ラングゲレイグはすごいのか。
まぁ、確かにそうなのかもな。
時たま見る……逃げ足というか、あの馬の速度は異常だしな。
「んま。おれっちにはかなわないけどね」
「またまた。凄く面白い。今日一番面白い一言でしたよ。イオタイト様」
「でも、通行税か」
ラングゲレイグの事はともかく、通行税とか考えていなかった。
これから東に進み、町へと入る度にお金を取られるのは嫌だな。
「通行税は、領主の気分次第ってところがありますからね。嫌ですよね」
そうなのか?
決まっていないというのは嫌だ。
予定が立てられない……いや、大丈夫だろう。
これほど、念入りにルートを決めているフェッカトールだ。
通行税の事も当然考えているに違いない。
「まぁ。おれっちは通行税なんて関係ないけどね」
「え? 貴族って通行税いらないの? それってズルいじゃん」
「フッフッフッ」
芝居がかった笑い声と共に、イオタイトは手元から巻物を取り出し言葉を続ける。
「これこそが、かの黒騎士団長マルグリット様の書状なのだよ。これがあれば、通行税など恐るるに足らずってわけさ」
「イオタイト様は黒騎士なんですか?」
「アハハハハ、カガミさん面白いよね。こんなのが黒騎士だったら世も末って。ジェイト様、えっと、この人のお姉さんなんだけどね。ジェイト様が頼み込んで、マルグリッド様に根性を叩き直してもらおうってことになったの」
「へぇ」
「違う違う。おれっちの才能を引き出すための特訓をしてもらうことになったのさ」
「でね、ちょっと打ち合っただけで腰を痛めてさ」
「それは激闘に次ぐ激闘の結果だよ」
「で、マルグリット様が困り果ててしまって、しょうがないからっていうことで、今話題のギリアの温泉で療養すればって話になってね。マルグリット様ってお優しいから。それで書状もらったわけ」
「あの温泉に入ったんですね。眺めが良いと思いません?」
「うんうん。思った思った。すっごく眺めいいよね」
「おれっちとしては混浴でないのが残念で……」
「何言ってんだか」
もう話題が次から次へと出てくる。
良くもまぁこんなに話せるもんだという日々が10日ほど続いた。
その間、何度も襲われたが、結構簡単に撃退できた。
山賊にゴブリンの群れ、次から次へと、ほとんど毎日何かしらに襲われた。
でも、大抵は魔法の矢で圧勝。
更に付け加えて、ミズキの突撃に、プレインの弓矢。
何にも困ることはない。
困ることはないのだが、この10日の間に少し変化があった。
「もしよろしければ、お邪魔でなければ、同行させていただいてもよろしいでしょうか?」
旅の途中で出会った老夫婦の発した一言。
それがすべての始まりだった。
なんでも、オレ達が簡単に魔物を撃退するのを見て、オレ達と一緒にいれば安心と考えたらしい。
特に断る理由もないので承諾する。
海亀に、貴族の馬車に、老夫婦の馬車。
増えた一行の旅から数日後。
「お礼も致しますので、是非とも同行させていただけないでしょうか?」
「お見舞いに行く途中なのです。ぜひともお慈悲を」
いろんな人が、オレ達の海亀の周りに集まってきた。
皆、思った以上の治安の悪さに不安だったらしい。
最初は、海亀1匹、そして馬車2台。
そんな一行は、馬車が10台以上、総勢100人を超える大部隊となって隣町までの道を進むことになった。
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