第335話 じゅんちょうなしんちょく
あれ?
あの時の……いや、違う。
髪の色が違った。
どちらかというと、ノアの髪の色に似ている。
他にもカガミと、彼女の後に見たこともない女性が立っていた。
「貴方は、先に広間に戻っていて」
オレに向かってカガミが言った。
その言葉に頷き、軽くブラウニー共に礼をした後、そそくさと立ち去る。
戻る途中で、背後から、チェルリーナと名乗る声が聞こえた。
チェルリーナ?
どっかで聞いたな。
そうだ。ノアが持っていた人形だ。
なるほど、さっきの女性はノアだったのか。
オレ達と同じように魔法で変装していたわけか。
あれ、もう1人は?
もう1人の正体も広間に戻った後で、すぐにわかった。
「先輩がキレかかってるって言ったら、ノアちゃんが、私が行くって言って。そしたらチッキーもお供しますっていう話になったっスよ」
「そっか、それで2人か」
「先輩とブラウニーって、相性悪いっスよね」
「もぅ。社会人なんだから少しは我慢すればいいのに」
ミズキが呆れたようにオレに言う。
「歌えとか、アホっぽいだなんて言われて、落ち着いていられるかってんだ」
「やれやれ」
「ノアちゃん達に任せて、大丈夫みたい」
しばらくして上がってきたカガミがそう言った。
そこから先は順調だった。
ノアとチッキーは、うまいことをブラウニー共を騙すことに成功して、仕事をやってもらうことができた。
「ハイホーハイホーって言って、楽しそうにお仕事していたよ」
報告を受けた時にはびっくりしたもんだ。
「あいつらはオレの時だけ、無愛想だったのかよ」
「まぁまぁ」
「やっぱりアイツらのうち、2匹くらい生贄に」
「また、物騒なことを」
そんな下らない会話が出来るくらい余裕。
あとは大したことがない。
いつもの日常が戻る。
ブラウニー共の作業は順調に進んでいた。
紙の拡大も、増やすことも、ノアとチッキーだけで出来るようになっているので、ほぼ任せても大丈夫な状態だ。
借金の返済も、予想以上の順調な推移。
領主から斡旋される仕事に、神殿からもらうスポット的な護衛の仕事。
ついでにカガミとミズキが受けるイザベラからの仕事。
ノアとチッキーがブラウニーの監督ができるので、カガミとミズキの時間が使えるようになったのが大きい。
加えて、マヨネーズ。
どうやって売ろうか考えて、パッケージを見直すことにした。
ついでにレシピも加えてセット販売。
これが功を奏した。
「売り上げがちょっとずつ伸びてるっす」
プレインが商業ギルドの報告を受けて喜んでいた。
おかげでプレインはフル回転だ。
とっておきのマヨネーズを夜な夜な作っている。
ついでにお茶の販売も少しだが、始めることができた。
温泉宿で、貴族相手に売るそうだ。
「これは収益が期待できるぜ」
バルカンが、笑みが抑えられないといった調子で言っていた。
あの様子だと、かなり手応えを感じているのだろう。
収入は増えたが、出費も増える。
ブラウニー共の転記のペースがいいので、紙の費用がガンガン飛んでいく。
もっとも、これは遅かれ早かれ支払うべき出費だ。
ということで、ギリアの町にある紙を買い占める勢いで一気に購入した。
加えて、魔道具の制作も続ける。
「これ、おいらたちに?」
「そうそう」
「こうやって、被ってね」
獣人達3人のためにガスマスクを作った。
モルススの毒に対抗するためだ。
もう二度とあんな風に苦しませるような真似はしたくたい。
「変わった兜でち」
オレ達から見ると思いっきりグロテスクなガスマスクだが、チッキー達から見ると少し変わった兜に見えたようだ。
いつもは、首輪の形状をしていて、魔力を流すとガスマスクの形状に変化する。
いろいろと機能を追加したせいで、コストはかかるが、背に腹は代えられない。
予備も含めて、あと数個作るつもりだ。
それに、神殿での買い物。
前回、聖水がうまくいったので、神殿で買えるものは何でも買うことにしたのだ。
神官達は、ニコニコ顔で出迎えてくれる。
もう買い占めるような勢いで、色々なものを買う。
聖水への祝福も忘れない。
そうこうしているうちに月日は過ぎる。
「順調ですよね。そう思います。思いません?」
「そうだな、ブラウニーの転記もうまくいっている」
「借金も結構返してる。この調子でいくと、ほんと秋には元本が返せそうだな」
「順調だよね」
「あぁ」
「ところで……だ」
『トントン』
サムソンが手元から、紙の束を取り出す。
それからオレ達全員にその紙を数枚ずつ配る。
これは。
「うわっ、見たくなかった」
「どんどん現実に、引き戻されてる気がするっス」
ミズキとプレインが嘆くような声を上げる。
ノア達が、悲しそうな目でこちらを見ていた。
「大丈夫だよ」
目の前に置かれた紙の束が、何なのか一目で分かったオレは、ノア達に優しく声をかける。
「ますます仕事じみてきたよな」
「やってることがやってることですから、仕方が無いと思います。思いません?」
そこに書かれていたのは、一定のルール。
これから巨大なプログラムを解析していく。
中にどのような機能が書いてあるのか。
そして、どのような仕組みで魔法陣が作られているのか。
それらに関するメモを書く時の一定のルールだ。
元の世界でよく使っていた書式でまとめられた書類。
「今回は魔法陣用に少しアレンジをしてある。気になることがあったら言ってくれ」
全く同じじゃないのか。
どこが違うのかわからないな。
こうやって見るとサムソンはマメだよな。
技術関連のことに関しては妥協しない。
確かに、こういったルールがないと困る。
他の誰でもない、過去の自分が信じられなくなるからだ。
「あれ? なんでオレ、こんなの書いたんだろ……って言わないようにしないとな」
紙をペチペチ叩きながら呟くように言う。
「そして、もう一つが、プログラム言語に関することだ。仕様の拡張部分をまとめておいたぞ。これで、全員が同じデータベースを使うことができる」
「これも作ったのか?」
「まだまだ完成じゃない。一部魔導具化しようと思っている。だから、少しお金がかかる」
「お金? どうするんスか?」
「最悪、借金をまってもらうようお願いにいくさ」
できる限り元本は返済しておきたい。
でも、魔法陣の解析を止めるくらいなら、借金は後回しだ。
それから先も、細部を詰めていく。
これからの魔法陣解析にかかる打ち合わせも終わりにさしかかった頃だ。
「ヒヒーン」
小さいが馬のいななきが聞こえた。
「3人。馬に乗った人が近づいてきてるわぁ」
すぐに様子を見に行ったロンロが戻ってきて、そう言った。
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