第336話 きらびやかなてがみ

 玄関から表へ出る。

 念のために、ハロルドの呪いを解いてもらう。

 馬に乗った3人の女性。

 門の前で、様子をうかがっていたのは3人の女性だった。

 全員身なりがいい。

 多分、貴族とその従者なのだろう。


「出迎え、ご苦労」


 警戒しつつ近づくと、馬に乗ったままの、女性の1人がオレを見て声をかけてきた。


「いえいえ。何かご用でしょうか?」

「ここはノアサリーナの屋敷で間違いないな?」

「左様です。お嬢様に何かご用でしょうか?」


 返答したオレを見た後で、女性は後ろの2人と、二言三言、言葉を交わしてオレに向き直った。


「あぁ。まぁ、いいか。お前でいいだろう」


 そして、胸元から、小さな筒を取り出す。

 それを投げるようにオレに渡してきた。

 黒い木製の筒。

 小さめだが、卒業証書などを入れるような筒に似ている。


「これは?」

「さる方から、ノアサリーナに宛てた手紙だ。お前は、主に手紙を見せ、よい回答を得るように努めなさい。私は、ジャルミラ。私を含め全員が、一月程ギリアにある暁の白土という宿に滞在する」


 馬から降りることなく、一方的に命令口調でまくしたてる。

 もっとも、オレの身分は奴隷階級なのでしょうがないだろう。

 物言いから相当身分が高そうだなと思った。


「返答や質問がある場合は、我らを訪ねてくるがいい」


 オレが何かいう余裕もなく、3人は、そう言うとさっさと去って行った。

 しばらく、去りゆく姿を見送り、館へと戻る。


「言いたいこと言って、帰って行ったよ」

「そうだね。でもあの騎乗服、結構良かったかも」


 オレのやや後に控えていたミズキが、そんなことを言った。

 部屋に戻るとノアとプレインが駆け寄ってくる。


「なんスか、それ?」

「ノアに宛てた手紙だって」

「誰からですか?」

「さる方だって。自分の名前しか言わなかったし、せめて素性くらいは教えてもらわないと対応に困るじゃないか」

「あらぁ、それ」


 手元の筒を見て、ロンロが首を傾げる。


「知ってるもの?」

「そうねぇ。その紋章は帝国のものよぉ」


 ロンロが、オレが手に持っていた筒に彫り込まれた紋章を指さす。


「帝国?」

「そぅ。イフェメト帝国。世界において、ヨラン王国とイフェメト帝国は、大国として最も有名で強大な国ねぇ」

「へぇ。ヨラン王国って、意外とでかいんだな」


 イフェメト帝国か。そういえばフェズルードは帝国領だって、誰かが言っていたな。

 飲み屋のおじさんだったかな。


「とりあえず、その筒の中身を確認してみません?」

「ノア宛ての手紙だよ」

「いいよ、リーダが先に見て」


 ノアは自分宛だと言われた手紙について、特に興味を示さなかった。

 しょうがないか。

 どこの誰かが分からない人間が送ってきた手紙だ。

 ダイレクトメールに、愛着を示す人間などいないだろう。

 引っ張って、キャップを外す。

 本当に卒業証書を入れる筒にそっくりだ。

 もっとも、こちらの方がすごく立派だけれど。


『ジャラジャラ』


 中には小さな宝石がたくさん入っていた。

 そして、手紙。

 手紙の紙も立派だ。紙の周りを細かく細工された金で囲まれた手紙だ。


「宝石じゃん、これ」


 その宝石を見て、ミズキが嬉しそうな声をあげる。

 だがオレは、逆に不安な感じを抱いた。

 手紙は……。

 煌びやかな手紙には驚くべきことが書いてあった。


「ノアの父親からだ」


 少なくとも手紙の主は、そう書いている。


「ノアノアのお父さん?」


 ミズキがノアを見ると、ノアが首を振った。


「これは……まず、ノアが見るべきじゃないか」


 手紙の冒頭、ノアの父親だと名乗る一文を見た後は、特に最後まで目を通すことなく一旦テーブルの上に手紙を置いた。

 プライベートな内容だ。

 どうする?

 本当にノアの父親かどうかわからない。


「先に、ノアが見るといいよ」


 結局、まずはノアに読んでもらうことにした。

 反射的に言った。自分の言葉に従うことにしたのだ。


「うん」


 ノアに手紙を渡す。

 そのまま広間から出ていく、自分の部屋に行ったのだろう。

 ロンロが後をついていったので、何かあれば連絡があるはずだ。


「ノアのお父さん」


 カガミが小さく呟く。


「それにしても、この宝石、結構な量っスよね」

「そうだな、金貨3000枚は超えるはずだ」


 どう見てもラングゲレイグからもらった量よりも多く、より綺麗な宝石だ。

 もらったっていうか、借りたんだけど。


「お父さんって、大金持ちってことじゃん」

「かもね」

「どうしますか」

「手紙の内容も気になるし、これは保管をしておこう」


 筒の中に宝石を戻し、蓋を閉める。


「帝国って言われても、この世界のことよく分かんないっスよね」

「ハロルドは?」

「そうでござるな……。帝国は、ヨラン王国と並ぶ世界二大大国の一つでござるよ」

「二大大国っスか?」

「歴史はヨラン王国の方が古いが、勢いは今は帝国のほうがあるでござる」

「へぇ」

「古くから、ヨラン王国とイフェメト帝国は、領土を巡って戦争が絶えぬでござるよ」

「そうなんスね」

「ほんのつい最近まで、戦争を繰り広げておったでござるからな」

「最近までか」

「今は魔神復活が囁かれているゆえ、休戦状態でござるな。もっとも、拙者も北方の国については知らぬでござるしな」

「ヨラン王国も帝国も北方にあるってことですか?」

「中央山脈を隔て、南側が南方、北側が北方と呼ぶのでござるよ。大国は北方に偏ってるでござるな」

「じゃあ、ハロルドは、この筒って誰からかとかはわかんないんですね?」

「面目ないでござる。ただ、おそらく相当な身分の者でござろう」

「そりゃねぇ。宝石あんだけ詰め込むんだしさ」

「それだけではござらんよ。先程手紙を持ってきた3人の女性、彼女たちもそれなりの手練れに見えた」

「そうなんだ。確かに凜々しくて、ただ者って感じはしなかったよね」

「それに、あの手紙には紋章が描いてあった。あの紋章を調べれば、どこの誰なのかがわかるのでは、なかろうか?」

「紋章か。気がつかなかった」


 領主あたりに聞けばわかるかな。

 今度、借金返済の時にでも聞いてみるかな。

 そうこうしてると、すぐにノアが戻ってきた。

 意外と早い。


「どうだった?」

「難しかった」


 オレの質問に、ノアが一言そう答えて、手紙を突き出し、口を開いた。


「やっぱりリーダ達も読んで」

「そっか」

「この手紙ぃ。言い回しが難しいのよねぇ」


 ロンロがぼやく。

 確かに手紙は装飾華美といった感じだ。

 紙もそうだし、書いてある文章の言葉遣いもそうだ。

 私の娘、ノアサリーナよ。

 手紙は、その言葉から始まっていた。

 ノアサリーナの名前が帝国まで流れてきたことで、ギリアにいることがわかった。

 ずっと探していた。

 私は役目上そちらには伺えないが、是非とも会いに来て欲しい。

 路銀として、宝石を渡す。

 使いに出した3人の女性は、お前の道案内になるだろう。

 内容は、まとめるとこんな感じだ。


「うーん」


 思わず唸ってしまう。

 結局、誰からの手紙なのかが分からない。


「ノアノア、どうする?」


 ミズキの質問に、ノアは小さく頷くだけだった。

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