第333話 ろうしこうしょう

「嫌じゃ。嫌じゃワイ」

「もう嫌じゃ」

「そうだそうだ、こんな暗いところでの仕事はもうやってられんけん。寝るワイ」


 オレが地下室に行ってみると、ブラウニー達はそう言って、ふて寝した。


「どうするリーダ?」


 ミズキが困り果てたように腕を組んで、彼らを見下ろしている。

 ブラウニー達の苦情を、オレが一通り聞いたのを見計らって、ミズキが声をかけてきた。


「まあ、確かに地下室は暗いしなぁ」


 仕事環境として、いまいちなのは理解している。

 ただし、そういう苦情はカガミかミズキに言えばいいと思う。

 なんでオレをわざわざ呼び出すのか、わからない。


「というか、オレに言わなくても……」


 そんな思いを口にしようとした時のことだった。


「お前がお嬢さん達を言いくるめて、ワシらをこんな目にあわせているに決まっとるワイ」

「そうだ。そうだ」


 そんな一言でオレの反論は遮られた。

 まったく。


「でも、ブラウニーさん達の言うことももっともだと思うんです。今日あたりは外でのお仕事をお願いしましょうか」

「それがいいワイ。カガミ様はわしらのことをよくわかってくれてるワイ」


 そう言って弾んだ声でブラウニー共は、カガミの周りをくるくると回る。

 なんてことだ。

 触媒という形で報酬は支払い済みだ。

 先払いで、いいお酒と新鮮な果物を渡しているにもかかわらず、仕事にケチをつける。

 結局、その日、ブラウニー共は屋敷の掃除ですごした。

 そして、夕方。


「じゃあ、明日はまた地下室な」

「ええ?」


 オレが地下室と言った途端に、ブラウニー共から、一斉に抗議の声が上がる。


「そんなこと言われてもなぁ。というか、お前らはいつも同じメンバーなのか?」

「そうじゃワイ。なんたって、わしらはカガミ様とミズキ様の専属じゃけん」


 専属?

 えっ、ブラウニー達ってそんなルールがあるの?

 ブラウニーって、彼らの世界に沢山いて、ランダムに呼び出されるのかと思っていた。

 でも、本当は、いつも同じメンバーが来ていたのか。

 見た目が、同じなので、さっぱり分からない。


「お前らがこの職場に飽きたなら、他のやつらと替わればいいんじゃないか? オレ達は、地下室の仕事を進めたいわけだしな」


 とりあえず、こちらの主張をしておかなくてはならない。

 魔法陣の転記は、急ぎたいのだ。

 そんなオレの一言に、ブラウニー達は腕を組んで考え込む。

 全員が一斉に腕を組み、右へ左へと、頭を揺らしながら考え込む。


「うーん、でもなぁ」

「そうじゃ、別の女の子に監督してもらいたいワイ」

「それはいい考えじゃ。気分転換にもなるけん。仕事にもはりがでる」


 ブラウニーのうち数人がそう声をあげると、他のブラウニー共も、一斉にそれはいい考えだと頷き始めた。

 さっきの専属とか言う話はどうなったのだ?

 呆れて物が言えないとは、このことだ。

 まったく。


「もぅ。面倒くさいからぁ。2、3人、生贄にしちゃえばぁ」


 後ろで聞いていたロンロは、物騒な事を言い出した。

 どうしたものだろうか。

 とりあえずミズキとカガミに、顔を向ける。

 なんか言えという合図だ。


「そうですね。即答はできないから、少し考えてみたいと思います」


 カガミが先送りを主張する。


「そうですな。急な話ですから、カガミ様にこれ以上迷惑かけるわけにもいかないワイ」


 オレにだったら迷惑かけていいのか。

 このコンパクトヒゲ親父共めが。

 憤慨するオレをよそに、ブラウニー達はそう言って去っていった。


「さて、どうする?」


 とりあえず、みんなの意見を聞いてみることにする。

 アイデアが思いつかない。

 今日の分の、お酒を損した。

 明日は、お酒のランクを落とそう。果物だって、少し古くてもお似合いだ。

 新鮮なのはオレが食べることにしよう。


「ブラウニー共め、調子に乗りやがって」

「でも、ブラウニー達の力はあなどれないぞ」

「そうですね。私たちでは、あんなに早く転記ができないと思います。思いません?」


 確かにカガミの言う通りだ。

 ブラウニー共の、魔法陣を転記する速度は、とても早い。

 1日に数百枚、おそらく千枚はいっているだろう。

 ただでさえ、転記の早いやつらが、毎日14人で進めている。

 おかげで紙を調達することに、苦労するほどだ。

 高価な紙を買ってきて、魔法で巨大化し、複製する。

 元になる紙の質が良くないと、大きくし、複製する段階で使い勝手が悪くなる。

 具体的に言うと、インクがにじむ。

 そんなわけで、早いのは嬉しいが、コストもかかる。

 だけど、そんな愚痴が言えるほど、ブラウニー共の仕事は速い。

 1年以上は猶予があるとはいえ、締め切りは不確定なだけに、出来るだけ前倒しで進めていきたい。


「誰か若い女性を雇うしかないぞ」

「でも、誰を雇いますか?」


 サムソンの言葉に、カガミが疑問を呈する。

 確かに魔法陣の確認と、魔道具の操作、そしてブラウニーの指導。

 これらができる人間でないといけない。


「他の人を雇って、屋敷に入れるってのはなんとなく嫌っスね」


 プレインのぼやきに、オレも頷く。

 確かに、他人を屋敷にいれることははばかる。

 必要以上に詮索されたくないしな。


「事情を知っていて、なおかつ頼れそうな人?」


 カガミの言葉に頷く。

 だが、それと同時にそんな都合のいい人間がいないことも事実だ。


「うーん。ラノーラさんとマリーベルさんはあの2人だったら、私たちも知ってる人だし、信用できるだろうし」

「2人はもう旅に出ている」


 ミズキの言葉に、サムソンが即座に無理だと主張した。

 旅芸人の一座だ。

 1年以上もギリアに留まることはないだろう。

 だが、そうなると本当に困ってしまう。


「バルカンの奥さんはどうっスかね?」

「温泉宿で、めちゃくちゃ働いてるよ。さすがに無理でしょ」

「うーん」


 唸るばかりで答えが出ない。


「そうだ!」


 ミズキが弾んだ声を上げる。


「何だ、何か思いついたのか?」

「もう。バッチリな考え」

「で?」

「リーダとさ、プレインにサムソンが変装すればいいんだよ」


 ミズキがとんでもないことを言い出した。

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