第332話 きりきりはたらけ

「きりきり働け!」


 そう言いながら、オレは広間で鞭を地面に打っていた。

 ちょっとした遊び心だ。

 地下の部屋では、ブラウニー達が必死こいて、魔法陣を描き写している。

 カガミとミズキが、監督役。

 コンパクトヒゲ親父のブラウニー。

 そのブラウニー共は、監督役が大人の女性でないと、まともに働かないのだ。

 そんなわけで2人が専任してブラウニー共をこき使っている。

 とは言うものの、ブラウニー共はとても優秀だ。

 すごい速さで、魔法陣を描き写していた。

 勢いに水を差すわけにはいかない。

 というわけで、ブラウニーを監督するカガミとミズキ、2人の女性の代わりに、オレ達男3人が領主への借金を返すために、日々あくせく働く。

 お金は稼ぐ側から返済へと消えていく。

 加えて、最近はブラウニー共の酒代や、魔道具作りのために、色々とお金がいりようになってきている。

 おかげさまで週の半分は仕事だ。

 最近は、大神殿の建設にかかるお仕事がほとんどだ。

 ギリアに、複数の神殿を集め、大きな神殿をつくる。

 巨大事業だ。


「正気か?」


 完成までに1000年を見込んでいるといわれ、反射的にそう口走ってしまった。

 ハイエルフじゃあるまいし、すごい計画を立てるものだ。

 といっても、来年までに第一段階は終わるという。

 第一段階は、それぞれの神様をまつるスペースの配分と、いずれ大神殿に移るまでの、当面の神殿を作成すること。

 ギリアに元からある神殿は、いままでどおりでいいのだが、ギリアに神殿がない神様は違う。

 神官が住み、物販や信徒勧誘のため、そしてそれらにまつわる事務のため、神殿が必要なのだ。

 そのために必要な物資の運搬やら、神官の護衛などを引き受ける。

 神官の皆さんは妙にフレンドリーだ。


「そうだ。これも神のお導き! 信徒になりませんか? いまなら、早期特典として……」


 この一言で、台無しだが。

 そんなわけで、労働三昧。

 お金は入るが、仕事はだるい。

 なんてことだ、ダラダラしっぱなしのゴロゴロライフが、いつの間にか労働に侵食されようとしている。


「なんじゃ、もう帰ってきとるワイ。ずーっと屋敷の外で働いておばいいのに」


 ブラウニーはオレ達男性陣を見る度、レパートリー豊富な悪態をつく。

 実にムカつく。

 というわけで、なんとなーく、ブラウニー共をこき使ってるイメージで鞭を振るっているのだ。

 ストレス解消。

 そして、仕事にくたびれるのはオレだけではないと、自分に言い聞かせるのだ。

 ちなみに、今振るっている鞭は、当たってもあまり痛くないおもちゃだ。

 町で売られていた。銅貨3枚。


「見られたら、あいつら怒るからやめといたほうがいいぞ」


 オレが、パチンパチンと鞭を叩きながら遊んでいると、サムソンに苦言を呈された。


「まあ、そうなんだけどさ。なんとなくだよ。なんとなく」

「気持ち、わからないでもないっスけどね」

「そうだろう? あいつらカガミやミズキに文句を言わずに、オレ達に言うじゃないか。いつも酒が同じだの、果物が傷んでいるだの」

「そうっスね。でも、今回は自信ありっスよ」


 プレインが、お酒が入った壺をポンと叩き笑う。


「自信……ねぇ」

「グラプウを使ったワインに似たお酒なんスけど、シュワシュワ泡立ってるんスよね。まるでスパークリングワインっス。美味しくて、魚料理に合うっスよ」

「あー。昨日、ミズキが美味い美味いと、飲んでたやつか」

「そうっス。あとティラノサウルスのお肉を薄切りにしたのにも、合うのでおすすめっスね」

「へぇ」

「なんかソムリエになったような気分っすね。これならブラウニーも満足するっスよ」

「そっか、プレインは前向きだよな」

「ところで、リーダ。木工細工師にキーボード作ってもらおうと思ってるんだけど」

「却下だ」

「マジかよ」

「金貨6枚だぞ、6枚」

「みみっちいな。一気にいったほうがいいぞ」


 今やお金は貴重品だ、共同の金庫から金貨六枚など出すわけがなかろう。


「自分で出せ」


 そんな思いで、一言でサムソンの懇願を打ち切る。

 時には非情にならざるを得ない。

 なんでも必要経費として、共同財産から持ち出すわけにいかない。

 限りある資金は大切に使いたいのだ。


「いや、さすがに魔導具の材料に金貨6枚はつらいぞ」


 自分のお金を使うのは嫌らしい。

 まったく。

 魔道具作りには、意外とお金がかかった。

 簡単な物であれば、適当で大丈夫なのだが、使い勝手のいい物を求めるとお金がかかる。

 高価な材料を使った方が、仕上がりも抜群に良くなるのだ。

 特にキーボードなど、手触りが大事なものは、部品にお金をかけたほうがいい。

 そんな中で、元の世界で何気なく使っていた様々な道具のデザインは、素晴らしいものだったことも再確認した。

 特にキーボード。

 いろいろと試行錯誤してみたが、結局は、元の世界にあったキーボードにそっくりな代物になった。

 キーの配列も、元の世界と一緒。

 なんだかんだといって、いろんな人が長年使い、その中で培われた創意工夫は、簡単にはひっくり返せないようだ。

 だから、最終的にはほとんど一緒の代物になった。

 材質などは一緒にできなかったので、木製。

 モペアが作った木片に、職人が文字を彫り込み、そして墨を入れる。

 最初に深く考えず作ったものとは違い、木工細工師に依頼をして組み上げたベースに、魔法陣を仕込んで作ったキーボードは、今までよりも格段に使い勝手が良くなった。

 1度使ったら戻れない。

 いいものは皆が持つべきだということで、全員分のキーボードを作った。

 結構な出費になったが問題無い。

 いい道具は、作業効率を高めるのだ。

 だが、普段使いする道具は、更に良いものを求めがち、際限がない。


「キーボードのストロークが、あと少し欲しいんだがなぁ」


 サムソンが言っているのも、その一環。

 キーボードをより深く押し込みたいと、希望するがゆえの言葉。

 だけど、そんな金はない。

 ちょっと、資金面でピンチなのだ。


「調子に乗って魔道具を色々作ったのがまずかったスよね」

「気が付いたら領主の借金、利息分がまかなえなかったからな」


 先月は返済がやばかった。

 手に入れたお金を、魔道具の材料費に使ってしまったのだ。

 魔導具は一度作り出すとなかなか楽しい。

 特に、フェズルードで手に入れた本に載っていたものと、もともとオレ達がこの屋敷で手に入れた本。それらを試す中で、面白い物をいっぱい作ることができた。

 ほとんどがジョークグッズだけれど。

 例えば避けるスプーン。

 シチューなどをすくい取って口元に運ぶと、グニャリと柄の部分が動いて避けるのだ。

 だからなんだと言われると何とも言えない。

 口に運ぶと、ピョコピョコ動いて避ける様子が見ていて楽しい。

 誰かの食器を、こっそりすり替えるのだ。

 引っかかってくれると最高に楽しい。

 これを作った時はゲラゲラと笑っていたが、しばらく遊んだ後、少し落ち着いてくると、原価が銀貨20枚を超えるということに気がつき、悲しくなった。

 思いつくのまま魔導具を作ったり、パソコンの魔道具の使い勝手を良くしたりして過ごす。

 もちろん借金返済のため、労働も欠かさない。

 男性陣3人はそうやって過ごし、女性陣2人は、ブラウニーの監督。

 いつもの調子でのんびり過ごしつつ、少しだけの労働。

 昨日もそんな日。

 今日もそんな日。

 オレ達は頑張っている。

 だから、ブラウニー共も、きりきり働けばいいのだ。


『パチン』


 おもちゃの鞭を振るって、気晴らしをする。

 結構練習したおかげで、丸っこいコマを、鞭で叩くだけで回せるようになった。

 皆が、少しだけ積極的に動く日々。

 大体こんなことで、もうすぐ2ヶ月が経とうとしていた。


「リーダ。ブラウニーさん達が、リーダを呼んでくれって」


 おもちゃの鞭でコマを回しているオレの元へ、嫌な予感満載の言葉を、カガミが伝えてきた。

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