第327話 あかるいてんぼう

「おんや、徹夜したのかね?」

「えぇ。間に合わせるために、ちょっと頑張りました」

「無理はしないようにねぇ」


 服の採寸に訪れたプリネイシアに、シナリオコンテストへ応募する原稿を渡す。

 彼女が王都まで原稿を運んでくれることになったのだ。

 シナリオの投稿、特に知っている物語を文章にするだけなので簡単だと思っていた。

 ただ、世の中そんなに甘くはない。

 大筋を覚えていたとしても、シナリオとして書き上げるのにはなかなか苦労する。

 どういったふうに書けばいいのかよく分からなかったので、ギルドでサンプルを購入し、それを参考にした。

 しかも誤算はまだあった。


「なんとか間に合ったんですね、良かったと思います」


 真っ先に書き上げたカガミは、他人事のように笑う。

 他人事なんだけど。

 もう一つの誤算。

 それは募集要項の中にあったのだ。

 悲劇求むの一文。

 悲劇?

 そう。テーマは悲劇。

 悲劇なんか知らないよ、タコ。

 気が付いた瞬間、そう思った。

 同僚たちは悲劇と聞いて、すぐに思い当たる物語があったらしく、どんどんと書き上げていく。

 オレはと言うと、悲劇なんて言われても、現実以外に思い出せない。

 延々と悩んだ挙げ句、締め切り間際になって苦し紛れに書き上げた。


「なんで、皆、こんなにハッピーエンドじゃない話が好きなんだろ。後味悪いの、嫌だと思うんだが」

「そうですね、お話ですし、現実じゃないから」

「世界はこんなにも悲劇に彩られているというのに」

「はいはい」

「では、これで私はもう戻るさね」

「原稿の提出、お願いいたします」

「また、お会いできる日を楽しみにしています。プリネイシア様」

「あぁ。お嬢ちゃんが、ほんの少し大きくなった頃また来るよ。旅のお話もしたいねぇ」

「はい。是非」


 採寸の後、一晩泊まり、朝食を食べてからのんびりと帰るプリネイシアを見送る。

 ノアは、プリネイシアとの話が楽しかったらしく、温泉でのぼせるくらい熱中して話をしていた。


「巨獣を倒したお話に、びっくりしていたよ」

「そっか」

「プリネイシア様は、巨獣と出会った時ね、追いかけられたんだって」

「へぇ」


 プリネイシアも、大平原に行ったことがあるのか。

 そういえば旅が好きだって言っていたかな。


「おいかけられて、一生懸命に逃げたから、食べることまで気が回らなかったって」

「確かに追いかけられると怖いもんね」

「うん」


 ここのところ順調だ。

 返済もコンスタントに、金貨300枚以上を稼いでいる。

 収入源となる仕事のネタは、なんだかんだと言って領主であるラングゲレイグが世話してくれた。

 仕事は多岐にわたる。

 本の校正や、資料の作成。

 そのような事務仕事から、ゴーレムを使った工事のお手伝い。

 くわえて、魔物の討伐だ。

 一番最初に受けたコカトリス退治のように、魔法の矢で遠距離射撃。

 大抵そんなもんで終わる。

 コカトリスの時は、かなり準備をした。

 石化対策に、治療薬を作って挑んだ。

 だが、結果は魔法の矢で遠距離射撃。

 相手がオレ達を見つけることなく、一方的に攻撃して終わった。


「ありがとうございます」

「こんな……薬を無償で!」

「ノアサリーナ様の慈悲に、感謝いたします」


 作りすぎた石化治療薬は、周りに石像となって乱立していた、被害者の皆さんに使った。

 おかげで随分と感謝された。

 なんというか、被害にあった人から、お金を取る気にもなれず。

 加えて、大量に治療薬があまっているのに、見捨てる気にもなれず。

 コカトリス退治をした日は、丸1日かけて、石化した人へ、薬を使って回ることになった。

 それ以降の魔物退治は、楽なものだ。

 1回だけ魔法の効かない、紫色の体表をした飛竜に出会った。

 だけど、そいつも、茶釜にのったミズキが、簡単に倒してしまった。

 なんとなくいいように扱われている気もしたが、だが、楽な仕事で大金が稼げる。

 さすが領主様。

 ちなみに、今進めている仕事は、プレインとサムソンの2人が頑張っている。

 土木工事。

 ゴーレムを動かして、土木工事を行う。

 うまくゴーレムを動かせる人間は、そんなにいないらしく、オレ達は重宝された。

 加えて、将来的な展望も明るい。


「もう。やだやだ」


 モペアが愚痴りながら戻ってきた。


「モペアちゃん。今日は鹿の丸焼き」

「ちゃんはやめろ」


 収益が上がるまで何年もかかると予想されていたお茶畑だったが、森の精霊ドライアドであるモペアが力を貸してくれた。

 精霊の力で、促成栽培。

 何回かに分けて手を加えることで、今年から、安定した収穫が見込めるようになった。

 加えて、お茶の葉の加工方法は、カガミが知っていた。

 おかげで、比較的簡単においしいお茶を用意することができた。

 テストで作ったものも、バルカンや試飲してもらったヘイネルさんも納得の、なかなかの出来栄え。

 もっとも、これを加工して商品として売って、さらにお金を手に入れるのはまだまだ数ヶ月先だ。

 だが、上手くすれば、毎年一定の収入が見込める。

 バルカンが言うには、今年は無理だろうが、何年か後には、年に金貨数百枚にはなるそうだ。

 ギリアの屋敷に帰ってから、もうすぐ3ヶ月が過ぎようというところだ。

 最近はポカポカ日和で、外で寝っ転がるのも気持ちがいい。

 当初は途方もない金額に感じた金貨3000枚の借金も、あれよあれよという間に返済は進んでいる。

 元本は、既に金貨2000枚を下回っている。

 つまりは利息も、月あたり金貨200枚以下だ。

 この調子でいけば今年中に元本を完済できるかもしれないってペースだ。


「危ない! 茶釜達と遊ぶなら、別の所でやれ」

「リーダが、こんなところで寝てる方がわるいんじゃん」


 屋敷の裏で、ゴロゴロしていたら、ミズキにひき殺されかけた。

 最近は、再びダラダラ生活に戻りつつある。

 領主の仕事だけをこなして、後のお金稼ぎは後回しだ。

 代わりに、屋敷の地下にある魔法陣の検証や、旅先で手に入れたものの整理などを進めている。

 順調にいかないミランダの捜索も後回し。


「ミランダってあいつ、どこほっつき歩いてるんだろうな」

「さぁ、でも大丈夫なんですか?」

「何が?」

「ミランダに復讐されるとか?」

「大丈夫だろう」


 ミランダを、警戒しているのは、カガミとノア。

 オレはそんなに危険視していない。

 もし、ミランダが俺たちに危害を与えるのであれば、前回会ったときに、攻撃していただろう。

 だが、彼女は終始そんな素振りを見せなかった。

 ただ、ロンロに対する敵対心だけ。

 だから大丈夫だと思う。

 家賃にしても、仮にも一国の女王様だ。

 金貨3000枚ぐらい、簡単に出せるのじゃないかと思う。

 もっとも、この世界の金銭感覚はイマイチ掴みきれないところがある。

 でも、大丈夫だろう。

 ミランダの行方は、ノアも気にしている。

 今度やってきたら、ハロルドと協力して叩きのめすらしい。

 先日もハロルドと作戦会議をしたそうだ。

 一生懸命作戦を考えているノアの話が面白い。


「リーダ」


 タイマーネタを影からだして、説明書きを読んでいたときに、ノアが声をかけてきた。

 鞄をたすき掛けして、側には子犬のハロルド。


「今日も、対ミランダ作戦会議?」

「ううん。クローヴィスを呼んでいい?」

「いいよ」


 今日は久しぶりにクローヴィスを呼ぶことになった。

 オレ達が旅から帰ってきて、初めて呼ぶことになる。

 なんでも彼は国の行事でしばらく遊ぶことができなかったらしい。

 先日、その行事も、無事終わったそうなので、都合の良い今日呼ぶことになった。


「フェズルードで会って以来だね」

「うん」


 いつものように、クローヴィスを呼ぶために召喚の魔法陣を広げる。

 触媒を置いて魔法を唱える。

 久しぶりに会うことになるクローヴィス。

 だけど、その日は1人だけではなかった。

 クローヴィスが現れた後、続けて彼の母親である龍神テストゥネル様が現れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る