第328話  さんかんび

 げ!

 テストゥネル様だ。


「テストゥネル様?」


 ノアが、大きな声を上げる。

 クローヴィスはなんとなく嫌そうに後ろにいる母親を、チラリと見た。

 そりゃ嫌だろうな。

 遊びに母親同伴だなんて。

 テストゥネル様は、そんな様子は、気にもしない様子でノアに微笑む。


「久しいな、ノアサリーナ」

「えぇ。お久しぶりでございます」


 ノアはスカートの裾を小さく摘まみ、頭を下げた。

 オレも澄ました顔で、ノアに続いてテストゥネル様に向かい頭を下げた。

 視界の端に、他の皆も同じように頭を下げているのが見える。

 クローヴィスはなんだか居心地が悪そうだ。


「良い、今日はこの子の母親として、参っただけ。楽にしてよい」


 恐縮するオレ達に気を使ってか、テストゥネル様は少し手を上げると、そう言った。

 無礼講ってやつでいいのだろう。

 それからノアとクローヴィスをほっぽって、オレの方に歩いてくる。


「タイマーネタか。随分と珍しいものを持っておるな」

「はい」


 さすがテストゥネル様だ、これが何なのかは分かったのだろう。


「だが、よく使えたものよの」

「えっ、ここに使い方が書いてありますよ。手を置いて呟け、ラルトリッシに囁き、冠の先に柱はあらず、右手は体を、左手は剣を、戒めと罰を命じと。それから、爪先は敵から離すことなく右肩から腕をなでよって」

「ラルトリッシ……神の処刑人? クローヴィス!」

「なんでしょうか、母上」


 ノアと話をしていたクローヴィスを手招きし、オレが見ていた文章を指差す。


「其方には何と読める?」


 言われて、クローヴィスが暫くタイマーネタに浮き上がる文章を眺める。


「知らない文字です。母上」

「そうか。そうであったな」


 あっ、そうか。

 これは、普段使わない文字だからな。

 何でも読めるオレ達と違って、他の人は読めないのか。


「ではこれに書くがよい」


 どこからともなく、テストゥネル様は真っ白い板と、先が黒く濡れた筆を取り出す。


「えっと」


 クローヴィスは筆を手に取り、まるで絵を描くように、いったりきたりと筆を動かし、文字を書き写す。


「最初の一文だけで良い」

「はい、母上」


 しばらくして、文字を書き写し終える。

 それを見た時に不思議なことに気がついた。

 へルエトロスに伝え?

 オレがラルトリッシに囁きと見えた文字が、クローヴィスには違う文字に見えていた。


「やはりそうか」

「見る人によって、文字が違って見えるの?」


 ノアが興味深そうに、クローヴィスの手元をのぞき込み首を傾げる。


「ノアサリーナ、其方もやってみるがいい」

「はい」


 クローヴィスと同じように、白い板と筆をノアも受け取り、チマチマと字を書く。

 ノアが書いた文字も、やはり誰とも違った。


「マクタレイオに囁き」

「弓兵小隊長の呼び名よな」

「へぇ」

「なにやってんの?」


 ミズキとチッキーも近くによってくる。プレインも少し遅れて近づいていた。


「これこれ」


 魔導弓タイマーネタの文字を指さす。


「使用法が書いてあるやつ?」

「そうそう。見る人によって文字が違うみたいなんだ」

「ラルトリッシに囁きって書いてあるやつ?」


 ミズキはオレと同じでラルトリッシに囁きと読めるのか。


「チッキーは?」

「読めないでち……」

「あのね。私もなの」


 そう言って、ノアは手に持っていた。白い板をチッキーへと渡す。

 チッキーもノアに習って文字を書くが、その文字も誰とも違う。


「コルホマイオに伝え……か」

「呼び名で何かかわるんだろうか?」

「試してみればよかろ?」


 テストゥネル様が事も無げに言った言葉を聞いて、試してみることにした。

 まずは、クローヴィスが書いた言葉。


「ヘルエトロスに伝え……」


 声を出した途端、小さな魔法の矢が発射された。

 あれ?

 3回試したが、小さな魔法の矢が発生されただけだ。

 いつもと違って、声に出した直後。腕を動かす暇も無い。

 次はノアの書いたやつだ。


「マクタレイオに囁き……」


 いつもと一緒だ。腕を動かさないと発射しないようだ。

 腕を動かすと、大きな魔法の矢が発射された。

 思い切り腕を振ってみたが、光の柱が立つようなものではなく、矢の本数が5本に増えただけだ。


「言葉によって、効果が違うみたいっスね」


 プレインの言葉に頷く。


「さて、最後はチッキーの書いたやつだな。えっと、コルホマイオに伝え……」


 キーワードを口にした瞬間、辺りが光に包まれる。


『キィィィ……』


 甲高い音が辺りに響き渡る。

 光はしばらく続き、音が鳴り止んだ時にはタイマーネタは消え失せていた。

 円形に深い穴が開いている。


「何だこれ?」

「自爆したようじゃな」

「自爆?」


 テストゥネル様が穴の縁までトコトコと歩を進め、下を眺める。


「こんなことだろうと思うた」

「こんなこと……って?」

「言葉によって効果が変わる。敵が手にしたら自爆するように仕込んでもある。妾が結界によりタイマーネタを封印せねば、ここにいた全員が死んでおったな」


 そう事もなげに言った。


「母上?」


 大きく目を見開き、クローヴィスがテストゥネル様の顔をまじまじと見上げる。

 ふと見ると、テストゥネル様の右目が人の目ではなく、まるでトカゲのような目の形になっていた。


「何、妾の龍神としての力を使わねば、結界を維持できなかったのでな。右目だけ龍神たる姿に変えただけよ。すぐ元に戻す」


 そう言って笑う。

 つまり、キーワードを間違えてたら、あんな風になっていたと。

 それに、タイマーネタを失ってしまった。

 あの火力は今後も必要になる。

 対策は、後で考えよう。

 それから後は平和なものだった。

 屋敷の庭でキャッチボールをやって、それからエルフ馬である茶釜に乗って遊ぶ。

 食後は、カードゲームをする。

 カードゲームを遊ぶ中で、クローヴィスが暗算で、点数計算をしているのを見て、テストゥネル様がひどく驚いていたのが面白かった。

 カップを手に取り、口をポカンと開けたまま、ずっとクローヴィスを見ていた。


「そうだ」


 そんな時、ノアが声をあげた。


「どうしたの、ノア?」

「クローヴィスとね、ミランダをやっつける作戦を考えてもいい?」


 突然、そんなことを言い出した。


「かまわんよ。外でがんばって対策をたてておいで」


 ちらりとテストゥネル様を見ると、笑って頷き了承した。


「テストゥネル様も、いいと言っているし、がんばってね」

「うん!」


 2人とハロルドがトコトコと出ていくのを見送った後、再びテストゥネル様がカップに口をつけて、口を開く。


「妾の知っているミランダとは随分と異なるようであるな」

「そうなのですか?」

「うむ。妾が最後にミランダを見た時、あの娘は、辺り構わず、当たり散らすように危害を加える、そんな娘であった」

「全然印象が違いますね」

「お前達の知っているミランダであれば、ほっておいても大丈夫だろう」


 そう、結論付けた。

 そっか、前評判とオレ達が受けた印象が違うのは、ミランダ自身が変わったという理由だったのか。


「あの別人ということは?」

「はてな、おそらくありえんだろうよ。あれほど強大な魔力を持った娘が、そう何人もいることはあり得ぬ」


 さすがテストゥネル様だ。

 オレ達の心を読んで、どんな人物なのかを知ったのだろう。

 ミランダは安心か。

 そういえばそうだった、忘れかけていた。

 あのお茶畑にかかった費用だ。

 きっちり請求せねば。


「ところでございますですが、テストゥネル様」

「お茶畑は、妾ではない。知らぬ」


 オレが質問をする前にピシャリと拒絶される。


「えぇ」


 知らぬって……もしかして、逃げるつもり……。


「しらばっくれて逃げるわけなかろうが」


 さっきから心を読んで、先手、先手と打ちやがる。


「其方は、相変わらず失礼な者よな。少しはノアサリーナを見習えばよいものを」

「申し訳ありません。うちのリーダが」

「よいよ。あれはジタリアじゃ」

「ジタリア?」

「妾と一緒におったであろう?」


 あの短髪の女の人か。

 いや、でも、部下の失態は上司の責任。

 ちらりとオレをみて、笑いながらテストゥネル様は口を開く。


「帰ったら、ジタリアには言っておこう」


 そしてそう言った。


「では、ミランダの居場所を教えていただけませんか?」

「ミランダの居場所? ん? クク……ハハハ。本当に其方は、とんでもないことを考えるものよな」

「家賃請求がですか?」


 屋敷を使っていたのだ、当然の権利だと思う。


「ああ、世界中から恐れられる氷の女王。そのミランダに対し家賃を払えとはな。ミランダはどこにいるか、それは妾にもわからん」


 あれ?

 意外だな。テストゥネル様だったら、わかるのかと思っていた。

 なんたって龍神だし。


「前のハロルドのようには?」

「あの娘は、自分自身を凍らせておる」

「凍る?」

「心も気配も、ほとんどないようなものだ。ゆえに妾としても居場所を、察するのが難しい。大体の場所がわからねば、探せぬ」


 すごいな。ミランダ。

 でも、困ったな、どうしたものか。

 途方にくれていると、テストゥネル様はオレ達の顔を、1人1人見た後に小さく息を吐いた。


「妾が考えていた以上に活躍しておるようよな」

「活躍?」

「神に近い力を持つ黒の滴を廃したのだろう?」

「えぇ」

「それに加えて、ノアサリーナの願いを着実に叶えておる。結果、お前達に絡みつく命約の茨も随分と減ったようだ」

「命約の茨が減った?」

「自らを、看破でみるがよいよ」


 テストゥネル様がそう言った途端、視界に文字が浮かび上がる。

 看破を使ったときと同じだ。

 いろいろな物の、名前や値段などがチラチラと見える。

 意識して見ることで、半透明の板に、よりくっきりとした文字が浮かぶはずだ。

 自分の手のひらを凝視する。

 名前や、年齢……そして、自らの身分である命約奴隷の文字。

 そして、命約数。

 命約奴隷は、所有者と命をかけた特殊な制約魔法で結ばれた奴隷。

 大事なのは、命約数。

 命約数はその交わした約束の数。

 ノアとオレ達が知らないうちに結んだ契約。

 それがあるうちは、オレ達はこの世界に留まっていられる。

 だけど、尽きてしまえば、望む望まないにかかわらず元の世界へと帰還する。

 ノアを置いて、帰還する。

 その残りの命約数が、31。

 初めて見たときには120あった命約数が31。

 31。

 オレの手のひらに、予想外の数字が浮き上がっていた。

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