第325話 りそくとたいさく

 いきなりつまずいたが、始まったばかり。

 現状の確認と情報収集はまだまだ続く。

 温泉の売り上げはなかった。

 では、次はプレインのマヨネーズ事業だ。


「金貨、8枚っスよ」


 商業ギルドに入って確認したところ、金貨8枚という売り上げだった。

 プレインはマヨネーズが売れたことに大喜びだが、金貨8枚では全然足りない。


「思ったより少ない」

「貴族に売れないと、大もうけは難しいみたいっスね」


 庶民相手の商売と、貴族相手では、大きく違うらしい。


「次だ、次」


 ということで、商業ギルドの掲示板を見回す。

 ギルドの職員にお金を渡し、何か一攫千金になる夢のある話がないかどうかも聞いてみる。


「そうですねー。あっ、これなんかどうですか?」


 ピョンと飛び上がり、ギルド職員の彼女が、やや大きめの木札を手に取った。


「シナリオ求む。シナリオコンテスト?」


 木札にはそう書いてあった。


「今回は、大々的に募集してるんですよ。王様は、演劇好きで有名ですから」

「王様が?」

「はい。最も素晴らしい物語を紡ぐ者には、王より直々にお言葉と褒美が頂ける……とのことで話題ですよ」

「へー」

「ただし、締め切りが近いので急がなきゃいけないですし、それにここから王都までシナリオを送るに対して、やっぱりお金かかるのが困りものですけどね」


 それでも一攫千金で借金問題は一気に解決できそうだ。

 なんたって王様の褒美だからな。


「とりあえずこれ試してみよう。うん。これは、幸先がいい」

「うまくいくかどうかわからないのに……」

「大丈夫だ、オレ達には切り札がある」

「切り札っスか?」

「そうだ。オレ達はなんだかんだで色んな物語を見てきただろう? ゲームとかで。それを拝借する」

「えっと、それって、とうさ……」

「大丈夫だ。ここでは、それを指摘するやつはいない」

「そりゃ、そうだろうが……マジかよ」


 ということで、まずはシナリオコンテストに応募することにした。

 あれやこれやクオリティーの高い、元の世界で人気のお話を丸写しで一攫千金。

 もっとも、高額な報酬の仕事はそれほどなかった。

 賞金首も、ここ最近のギリアは治安がいいらしく、いいものがない。


「今の領主様になって、とっても平和になったので、逆に手配書は少ないんですよ」


 ラングゲレイグって、結構優秀なんだな。

 それとも、ヘイネルさんが優秀なのか。

 どこにいるのかわからないような、手配書は一杯あるけど、ギリアの町で、悪党倒して一攫千金とはいかないようだ。


「いい仕事や難しい仕事は、やはり信用第一で直接頼みますもんね」


 ギルドの職員が言った言葉に、納得する。


「コカトリス討伐……金貨400枚」


 ただし、一件だけ、なかなか報酬が高い仕事があった。


「ギリアの北部」

「えっと、これは、ここから10日ほど、北へ進んだ森ですね」


 ギルドの職員によると、コカトリスは大きな鶏に蛇の尻尾を持つ魔物だという。

 ゲームで名前を見たことあるな。

 問題は、石化。

 蛇の形をした尻尾に噛まれると、石化してしまうそうだ。


「遠くから魔法の矢でなんとかなりそうっスね」


 とりあえず、コカトリスをやっつけて、今月はしのげそうだ。

 あとは地道な仕事ばかり。

 どんなに頑張っても金貨1枚を稼ぐのも、大変だ。


「まずは文章を書いて投稿。それからミランダの居場所をなんとか調べて、家賃請求」

「あと、魔物、コカトリス退治っスね」


 とりあえず、当面の金策はこれだけ。

 庶民の金銭感覚では、金貨300枚というのはハードルが高い。

 ところがギルドでは、庶民相手ということで、安い仕事が多い。

 高額な報酬は、もっと都会に行くか、貴族とのやり取りが必要不可欠。

 ギルドの依頼をみて、職員に話を聞いたところ、そういう結論に達した。

 引き続き、お金稼ぎのネタを探すことにする。

 ちまちま稼いでも利息分にもならないのだ。

 加えて、ロープウェイに使う、張り替え用のロープを購入する。

 ロープ代が、必要だと思っていたら、なんとタダだった。

 加えて金貨20枚という大金までもらえた。

 なんでもオレ達が、公爵からもらった船を貸し出す形で運用していたそうなのだ。

 これはギリアの港での取り決めだそうだ。

 長期に所有者が不在になった船は、特に希望しない限りは自動的に貸し出される仕組み。

 そして何年間か、不在になった期間が続けば、その船は自動的に売りに出されるらしい。

 今回はその仕組みに助けられた。

 予想外の臨時収入が続く。

 カガミとミズキが広告塔になった、ギリアの貴族であるイザベラの依頼だ。

 何でも売り上げが、予想を超えて伸びたそうだ。

 旅先で、遊び歩いていたのがプラスに働いたらしい。

 そんなわけで、臨時収入の金貨100枚。

 やはり貴族相手の商売になると、金銭的な桁が上がるようだ。


「なんだか、来月分の利息までクリアできそうっスね」

「そうだな」


 しかも、オレ達には一攫千金っていう切り札もある。

 将来に向けた展望が見えてくると、緊張感は消えて、気が楽になってきた。

 ただ、楽観的だったのはオレ達、つまりはオレと同僚だけだった。


「リーダ。どうしよう」

「どうしたの?」


 数日して後、ノアが何かを書き込んだ紙を持ってきた。

 テーブルの上に広げる。

 ノアの可愛らしい字で、数式が書いてあった。


「あのね。お金をいっぱい返さないと、いつまでたっても借金が減らないの」


 オレ達を見回して、ノアが言う。


「おいらも一緒に計算したんですけど……」


 トッキーもしょぼくれた調子だ。

 カガミが、ノアの書いた数式を見て、涙目になってうつむいた。

 ノアがそんなカガミの様子をみて、さらに悲しそうな顔になる。

 書いてあるものを見ると、ノアなりに利息を計算していたらしい。

 くわえて返済計画も。

 目で、ノアの書いた数式を追っていくうちに、一つの誤りに気が付いた。

 計算式は立派なのだが、契約条件の理解が間違っている。


「大丈夫だよ、ノア」


 心配している皆のために、オレは解説してあげることにした。

 ノアの計算では毎月利息が発生する。

 それは正しい。

 だが、返済したお金をどう使うかが、ちょっとだけ間違えていた。

 領主との会話で、契約面については確認したのだが、ノアには難しかったようだ。

 ノアは、返済するお金を、優先的に利息へと使っていた。

 つまり、月あたり金貨300枚発生する利息を、優先的に返すという考え方だ。

 こうなると、元本は減らないので、金貨300枚の利息は発生し続ける。

 さらに、ノアは金貨300枚返せなかった時のことを考えて、どんどん返すお金が増えていくと心配したわけだ。

 だが、今回は条件が違う。

 まず元本を優先的に返済する。

 元本が減れば発生する利息も減る。

 つまり、金貨100枚を返済すれば、元本の金貨3000枚の借金は2900枚となる。

 そうなれば、次に発生する利息は金貨290枚だ。

 だから、相手が許してくれれば、ちまちまと返すことで借金はいずれなくなる。

 これが、元の世界だったら、とんでもないことになっていたはずだ。

 絶対に元本からの返済なんて、許してくれない。

 ありがとう、異世界。

 ということを、かいつまんで説明する。


「だから、こっちの塊からお金を減らしていくんだ」


 2つの円を紙に書いて、図を使ってノアに説明する。


「こっちの塊はお金が増えないの?」


 ノアが利息と書いた円を指さす。


「そう。増えない。だから頑張ればいつか全部返せる」

「そっか、頑張らないとね」


 ノアとトッキーは説明が理解できたようだが、ピッキーとチッキーが首をかしげていた。

 まぁ、難しいもんなこれ。

 勉強好きなトッキーならともかく、子供には難しい。

 でも、カガミがこのことについて、思い至らなかったのは意外だった。

 ……と、思っていた。

 だが。


「こんな小さい子供が、利息の計算をして、返済計画で悩むだなんて……」


 違う意味で嘆いていた。

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