第322話 かめんのおとこ
「無事だったようだな」
部屋に入るなり、ギリアの領主ラングゲレイグはオレ達を眺め、そう言った。
領主の言葉をうけて、ノアは1人前に進み頭を下げた。
そして、側に浮かぶロンロのアドバイスを受けて口上を述べた。
「はい、皆無事で、旅より戻りました。神々の導きと、幸運がありました。そして領主ラングゲレイグ様の慈悲と温情によるものでございます。本日は、無事をお伝えする機会を与えていただき、加えて言葉をかけていただけるとあって、嬉しく存じます」
ラングゲレイグはノアの言葉を一通り聞いた後、大きく頷き、口を開く。
「元気そうで何よりだ。そうだな……まず隣の者だが」
ラングゲレイグがチラリと横にいる仮面をつけた男を見る。
背はラングゲレイグと同じくらい。
短く青い髪をしていて銀色に鈍く輝く仮面で目元を隠している。
服装は領主よりも立派に見えるというか、領主よりも威厳がある気がする。
「私は、領主補佐として務めさせていただいております。フェッカトールと申します。皆様が、この町をたたれてから、程なくしてギリアへとまいりました」
そう言って、仮面の男フェッカトールは、ノアの前へと歩き、しゃがみこみ、ノアと目線を合わせ口を開いた。
「特に、ノアサリーナ様におかれましては、かような幼い身でありながら、長く厳しい旅路を歩ませてしまうことになり。申し訳ございません」
そう言って深く頭を下げた。
「な?」
その様子を見て、ラングゲレイグが小さく声をあげる。
すぐに落ち着きを取り戻すかのように咳払いをし、フェッカトールを見る。
「ああ、すまない。私にも幼い娘がいるので、ついつい気持ちが入ってしまったようだ」
「うむ」
弁解するように言ったフェッカトールの言葉を聞いてラングゲレイグが頷く。
領主補佐か。
なんか立ち位置から見ると、ヘイネルさん降格したっぽいな。
一生懸命頑張ってたのに、かわいそうに。
澄ました顔で、部屋の入り口近くに立っているヘイネルさんを見て同情する。
この世は諸行無常。
多分、どっからかお偉いさんが来て、そこをどけと蹴り落とされたのだろう。
こんな仮面をつけた人に。
そんなことを考えているとラングゲレイグが口を開いた。
「さて、ところでミランダはどうなった?」
その言葉に、ノアは「リーダ」と言い、チラリとオレを見た。
「ミランダは、どこかに行ってしまいました。特に大きな問題はありませんでした」
「そうか。いきなり訪れたので驚いたぞ。お前達に用があると言ったので、条件付きで、滞在を許した」
「条件ですか?」
「あの屋敷から出歩かないように、このギリアの町に入らないようにという条件だ。まぁ、何にせよ、お前達が何とかしてくれて助かった」
「ところで、ミランダはどうして貴方方に会いに来られたのですか?」
仮面の男フェッカトールは手にノートを抱え、まるで取材するかのようにオレ達に声をかけてきた。
「ノアサリーナ様に、会うため訪れたということです。ただ、顔を見て何かに満足したようですぐに立ち去られました」
全部答えなくていいだろう、要点だけ話せばいいと思い答える。
ロンロの事など話しても、あいつは見えないし、しょうがない。
「ふむ、他には何も?」
「そうですね、他は、特に、何も」
「そうですか」
「ミランダについてはわからんな。さて、では、お前達の無事は保証されている」
「はい、ありがとうございます」
「ということでだ、リーダ。お前に貸した宝石。残っている分を一旦返せ。使った分は後でいい」
ラングゲレイグが突然そんなことを言い出した。
「は?」
意外な言葉に思わず声がでる。
「は……って、お前まさか……」
「一応、残っておりますが」
えっ?
あの宝石って、くれたんじゃなかったのか。
急な話に驚きを隠せない。
残ってはいるが、宝石が2・3粒。ほとんど、使い切ってしまっている。
「まさか、返却を求めたのが、意外だったか?」
「いや、いただいたものかと思いまして……」
「なぜ、お前に金をやらねばならぬ」
呆れたようにラングゲレイグがいう。
そういや、何で、金くれたんだったっけ?
ぼんやりとそんなことを考えていると、ラングゲレイグは、なおも言葉を続けた。
「身を隠すにしろ、逃亡を図るにしろ、お前達の馬車には何もなかったからな。急ぎにしても、準備が不足しすぎていた。そう考えたから、お金を貸した。あの時、言ったであろうが」
そういうことだったのか。
領主だから、このくらいは、はしたがねだと思っていた。
なんてことだ。
返せとか、けちくさい。
「嵐の中で、うまく聞き取れませんでしたので……」
「身分を隠し町に滞在するとなると、口止めに金を握らせる必要があることもある。家の手配などにも、金が必要であろう」
「なるほど」
合点がいった。
それであれば、この話に乗っかる他ない。
その中で金を使いきったことにしよう。
うまくチャラにしてくれないかな。
だって、領主だし。あれくらいは小銭だろう。
「左様でしたか、確かにあのお金は役に立ちました。潜伏し、息を潜め行動するときなど、特に。はい。確かに厳しい状況だったので、お金が飛ぶように消えていったのです」
「おかしいな。私が聞いたところによると、お前達はクイットパースで豪遊していたそうではないか?」
げ。
バレている。
「いえ、あれは目くらましの偽装でして……」
話の展開にしどろもどろになる。
なんだろう。同僚の視線が痛い。
お前達も豪遊してたじゃん。こういうときは、連帯責任だよな。
この場で、同僚達に話しかけるわけにもいかない。
心の中で、そう念じる。
そうだ。こういう時こそロンロさん。
何かいい台詞を。
「なーに、リーダ? 私ぃ、お金持ってないわよぉ」
クソ。役に立たないコメントしやがって。
困ったな、どうしようかな。
「クイットパースでのことは、目くらましだったのです。ただ、そういった生活の中で、結果的に、その、お金を結構使ってしまいまして」
なんとか取り繕って、お金を使ってしまったことをうまくごまかそうと考える。
「お前、あれだけの金だぞ? 普通使わないだろう?」
ところがラングゲレイグは、思ったよりも必死に、オレを問い詰めてきた。
えっ、あれってラングゲレイグの、自分の金だったのかな。
「いやまぁ」
「一旦、お金を貸した状態。借金ということにしておけばよいのではないでしょうか?」
そんな時、仮面の男フェッカトールが口を挟んだ。
「な? あっ、いや。うむ。仕方が無いな。金貨3000枚相当の宝石。金貨か、もしくは宝石にて、速やかに返却するように」
「はい、かしこまりました」
まぁ、しょうがない。
さて、どうしようかな、金策。
「では、定例通り、利息については1月あたり金貨10枚につき1枚を利息ということでよろしいかな?」
続けて、仮面の男フェッカトールが言った言葉に驚く。
月に金貨10枚につき、金貨1枚の利息。月1割。
利息が高すぎるだろ。
ちょっと、おかしいおかしくないか?
「利息が高くないでしょうか?」
「いや、ヨラン王国の法では、金銭の貸し借りについて、月あたり金貨10枚につき金貨1枚。それは基本であるのだが?」
意外なことを言われたという調子で、当然のように言い返される。
いやいや。そんな高い利息はまずい。
利息だけで、いっぱいいっぱいになるじゃないか。
「えっと、利息制限法とかは?」
「何ですか、それは?」
オレの言葉に、仮面の男フェッカトールは、とても興味深そうに身を乗り出して聞き返してきた。
やばい。ここは異世界だった。
元の世界の法律など通用しない。
そう考えると、この世界の利息はやばいぐらい高い。
よくこんな考え方で経済が回る。
「いえ、言い間違いでした」
「今回は、契約書を交わしていない金銭の貸し借り。確かにだ、基本的な利息が適用されると考えてよかろう」
ラングゲレイグは大きく頷いた。
「ちなみに、利息について、ちょっと、あのー、異論がある時は?」
「その時は、城の役人か、もしくは商業ギルドが判断することになります。だが、事情が事情だけに、今回は領主ラングゲレイグ様が判断すべきでしょう」
領主の判断って、当事者じゃないか。
「うむ。そうだな、最終的には私が判断することになる」
仮面の男フェッカトールの言葉に、ラングゲレイグも頷くことで同意した。
「では、今回の件は、どうあっても領主様が判断することになると?」
「そうなります」
「なんだ、リーダ。お前、私の判断が信用できないというのか?」
「いえ、そのような。ちなみに今回の件で、利息が高いと言ったとしたら、領主様はどう判断されますか?」
「無論、利息は国の定めに基づいてるので、正しいと答える」
「さすが領主様。素早く、正確な判断です」
仮面の男フェッカトールも大きく頷く。
くそダメだ。
なんてことだ、借金プラス法外な利息。
オレ達の前に、新たな問題にして、現実的な問題。
つまりは、金銭問題が立ち塞がった。
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