第317話 やしきをまえに

 サラマンダーにお願いして、服を乾かしてもらう。

 それから、家の外でのんびりと休憩する。

 実際のところ、家には入りたいが、カガミ達が着替えて風呂に入るというので、オレ達は外で待機。

 風呂はギリアの屋敷にもどって入ればいいと思う。


「こうやって海亀の背に乗って、移動するのは久しぶりだな」

「そうっスね」

「オレは、早くギリアの屋敷に戻ってのんびりしたいよ」


 それから、しばらくして出発。


「よく考えたらさ、ギリアで宿とっても良かったよね」


 落ち着いてきたら、いろいろと考える余裕もでてきた。

 確かに、ギリアの屋敷について、一休みできるころには夕方だ。

 茶釜に引っ張ってもらって進んでいるから、思った以上に早く屋敷には着きそうだが、さすがに帰ってすぐに動く気になれない。

 落ちついて考えると、別に逃げることはなかったという話になった。

 まあ、せっかく屋敷へ戻ろうと町を出たのだ。

 のんびりと帰って、久しぶりに屋敷を堪能しよう。


「お屋敷楽しみだね」

「家畜の世話なんかは、バルカン様にお願いしたので、ばっちりでち」

「まずは掃除が必要だと思います。思いません?」

「そうっスね。といっても、ブラウニーにお願いするんスよね」

「えぇ。いつものようにお願いします」


 掃除して、荷物を整理して……本当に落ち着けるのは明日以降になるのかな。


「久しぶりのお屋敷、楽しみだね」


 ノアも嬉しそうだ。

 旅も良かったが、家もいい。

 茶釜に引かれて、山道を進む。オレは寒いので小屋の中で待機。

 窓から外をみるだけだ。

 小屋からでて、外に居る奴らは本当に元気だなと思う。

 雪はもうほとんど溶けていた。青々とした地肌が所々に見え、春の到来を感じる。


「やっぱり久しぶりに見るとギリアってきれいだよね」


 寒い寒いと呟き、小屋に据えられた暖炉に手をかざしミズキが言った。

 確かにきれいな湖面に照らされた町並みはとても綺麗に見える。

 それに、離れた場所からギリアの町をみることで、より明確に分かった。

 町はかなり変わった。

 スカスカだった部分が埋まりつつあることが一目瞭然だ。

 オレ達が通った道だけでなく、全体が埋まりつつ、充実しつつある。

 そして、ギリアの町へと続く街道には何台かの大きな馬車が見えた。

 離れてるので分からないが、歩いている人間もいるのだろう。


「一年しか離れてなかったのに、随分と賑やかになったっスね」

「あぁ、何があったのかを知りたいよな」


 特に屋敷への道は何事もなく進む。


「なんかさ、寒くなってない?」


 ミズキが声を上げる。確かに少し冷え込んできた。

 暖炉はパチパチと軽快な音を立てている。

 火が小さくなったわけでもない。暖炉の火に包まれるように、サラマンダーが気持ちよさそうに寝ているのも変わらない。


「山だからでしょうか?」

「でも、標高が高いところってわけでもないしな」


 本当に寒いな。

 ちょっと町との気温差が激しすぎだろう。

 そんなことを考えながら道を進む。

 チッキーが用意してくれたお茶を飲みつつ、窓から外を見る。

 山の天気は怖いといった話をしながら山を登りつづける。

 旅の中でも、森の道をいくことはあった。

 だが、同じ森の道にもかかわらず、ギリアの屋敷が近いことがわかる。

 不思議なものだ。


「お屋敷が見えてきました!」


 ピッキーの声が聞こえたので、窓から身を乗り出し外を見る。

 久しぶりの屋敷。

 だが、異常に気がついた。


「ギリアの屋敷がなんか輝いていないか?」


 サムソンの言うとおり、屋敷の様子がおかしい。

 マスターキーを持った人間が遠く離れていたためだろうか?

 キラキラと日の光に照らされたギリアの屋敷が輝いている。

 それも、輝きすぎなほどに、輝いている。


「少し注意し進もう」

「そうですね」


 ゆっくりと進んでいく。


「何だこりゃ?」


 異常は続く。

 氷の塊が落ちていた。

 いや、ただの塊ではない。

 よく見るとガーゴイルが氷漬けにされて地面に落ちていた。

 遠くの方に、さらに一体のガーゴイルが氷漬けにされている。


「さすがに、冬が寒かったというのが理由ではないと思います。思いません?」


 さすがに気楽に進むわけにいかない。完全に警戒すべき事態だ。


「ロンロ、ちょっと屋敷の様子を見てきてくれないか?」

「わかったわぁ」


 困った時のロンロ頼み。

 偵察役にうってつけなロンロにお願いして屋敷を先行して見てきてもらうことにした。

 その頃には、ギリアの屋敷はすぐ近くだった。


「凍ってる……」


 そして、信じられないことに、屋敷全体が凍っていた。

 輝いていたのは、屋敷ではなく、屋敷を包み込むような氷だった。

 氷に包まれた屋敷は、夕日に照らされ美しく輝いていた。

 さすがにこれ以上は、近づけない。

 何が起こっているのかを確認するまでは、近づくわけにいかない。

 こんな時、誰にも見つからないロンロの特性は本当に頼りになる。


「町に戻った方がいいかもしれないぞ」

「そうだな」


 待っている間に、外に出たとたんキャンキャン吠えるハロルドの呪いを解いてもらう。


「これはミランダでござる」


 ハロルドは、呪いが解かれ、オークの戦士にもどった途端、開口一番断言した。


「この氷が?」

「そうでござる。これはミランダの仕業」

「じゃあ、あの屋敷にミランダがいるってことっスか?」

「わからぬでござる。ミランダは気配を完全に隠せるでござる故に」

「そっか。じゃあロンロ待ちかな」

「ヌネフは? 何か感じる?」

「うーん。悪意は感じないですねー」

「そっか」


 ミランダは興味を無くして、何処かにいったのかもしれない。


「ここまで戻っては来たけれど、一度町で情報収集するかな」

「確かに、それがいいと思います」


 ほどなくして、ロンロが戻ってくる。


「屋敷、凍らされてたわぁ。カチンコチンの彫刻みたいにぃ」


 それは見ればわかる。

 暢気なもんだ。

 知りたいのは、その先だ。


「誰かいた?」

「誰も、いなかったわぁ」


 それはロンロがそう言った直後のことだった。

 周りが白く冷たい霧に包まれた。


「まずい」


 ハロルドが剣を構え、周りを見回す。

 白く冷たい霧はすぐに消える。

 だが、霧が消えた直後、背中にヒヤリとした感触があった。

 先ほどまで、まったく気配がなかったにもかかわらず、唐突に感じる人の気配。


「リーダ!」


 カガミの焦りを隠せない声が聞こえる。

 冷たい感触があった。

 オレの顎の辺りを撫でられた。

 視線をやると、か細い女性の指が見える。

 水色に爪が塗られている女性の指。

 いつの間にか背後にピッタリと誰かがついていた。


「何だ何だ?」


 皆の視線が、オレの背後にそそがれる。

 誰かがいるのはわかる。

 すごく冷たい感触。


『ドン』


 えっ?

 ロンロ?

 一瞬のことだった。

 ロンロがキラキラとした輝きに包まれ、氷漬けにされた。

 そして、ドンという音を立てて地面に落ちた。

 ロンロが。

 オレ達とノアだけが、声を聞くことができて見ることができる存在。

 だが、誰にも触れる事ができない人間。

 正体のわからない空を飛ぶ変なやつ、ロンロ。

 そのロンロが氷漬けにされて、地面に落下した?

 予想外の事態。

 オレの後ろにいた奴がやったに違いない。

 背中に感じる冷気がさらに強くなる。


「ごきげんよう」


 耳元でささやく女性の声があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る