第318話 こおりのじょおう

 いきなり耳元で、ささやかれた声に驚き、あわてて前に駆け後ろを振り返る。

 青い髪、青い目、青い唇。

 そして肩が露出した青いドレス。

 どれもが水色に近い青。

 青に身を包まれた1人の女性がそこに立っていた。

 小さく微笑み、オレを見ていた。


「ふーん。とりあえず、お前がリーダね。思ったより、いい男じゃない」

「それは、ありがとうございます」


 なんだろ。

 思っていたようなキャラじゃないな。

 もっと、残酷なイメージだったんだが、楽しそうに微笑む彼女に違和感がある。

 残酷というより、人なつっこい、そんな感じだ。

 だが油断はできない。

 彼女は、つい今し方ロンロを凍らせたのだ。

 とは言え、すこし調子が狂う。


「あの、ミランダ様でしょうか?」


 カガミが、おずおずといった様子で声をかける。

 声音といい、少し首を傾げて聞く様子に、警戒しながらも、不快感を与えないように気をつけているのがわかる。


「そうだよ。看破で見れば分かるだろ? あぁ、そういえば名乗るのが礼儀だったか。悪いね。人に名を聞かれたり、名乗ることが少なくてね。確かに、私がミランダだ」

「左様でしたか。ところで今日はなぜこちらへ?」

「んー。ノアサリーナに会いに来たの。せっかく訪ねて来たらいないじゃない。探して回ろうかと思ったけれども、面倒くさくなったんでね。だから、ここでしばらく時間をつぶさせてもらったというわけ」

「屋敷を氷漬けにして?」

「暑いのは苦手でねぇ」


 体をゆらゆらと揺らしながら、まるで雑談をするかのように、ミランダ楽しそうに言った。

 氷の女王って言われるぐらいだから、寒いのが好きなのか。

 そしてノアをみて、言葉を続ける。


「で、そこにいる小娘がノアサリーナね」

「ええ、ノアサリーナお嬢様です。ところで、ロンロをなぜ攻撃したのですか?」


 とりあえずミランダは友好的なようだ。

 だが、ロンロを攻撃した理由は把握しておきたい。

 理由によっては、オレ達も無事ではいられない可能性がある。


「ロンロ?」

「あそこに居る」

「へぇ!」


 オレが氷漬けになったロンロへと視線をやると、ミランダは驚きの表情をうかべ、大きな声をあげた。


「そうです、あそこに居る。ロンロをです」

「リーダ。お前にはあれが見えるの?」

「えぇ。見えます」

「ウフフ、ウフフフフ」


 その言葉を聞いて、ミランダが可笑しそうに笑った。そして、言葉を続ける。


「そう。こいつは本来、呪い子にしか見えない。自らを呪い子の侍従と呼ぶ存在」

「侍従?」


 そういえば、誰かがそんなことを言っていたな。

 あれは、確か……ケルワテ。

 そうだ。

 ケルワテで出会ったロンロにそっくりな女。


「呪い子にささやくの。こいつらはね。そうして、呪い子を思うままに操って、そして過ちを犯させる。お前は不思議に思ったことがないの?」

「何の事でしょうか?」

「異常な魔力をもっているとはいえ、世の中の人々、その全てから疎まれる呪い子が、満足に生きていけると? 呪い子とはいえ、人には違いない。生まれ、1人で暮らせるようになるまで、時間がかかる。生まれて、すぐに呪われてることが分かるような子供が、大きくなれると? 誰の援助もなく、大きくなれると思って?」


 それが確かに不思議に思っていた。

 ノアには、母親がいた。だから、母親がノアを育てていた。

 では、他の呪い子は、どうなのだろうかと。

 親は当然いるだろう。だが、全ての親が、育てきることができるのだろうか。

 呪い子を育てるというのは、大きな重荷を背負うことでもある。

 この世界は、オレ達がいた元の世界よりも過酷だ。

 ただ生きるだけでも過酷だ。

 耐えきれなくなり、呪い子をそうそうに捨てるかもしれない。

 呪われると分かっていても、それでもだ。


「つまり、子供の呪い子に、ロンロのようなものが生きるための助言をしていると?」

「助言……そうねぇ。それだけではないけどねぇ。最初は……姿を見せない。呪い子の呪いを隠し、大人に育てさせ、頃合いを見て呪いを発現させる」

「呪いを隠す? その、ロンロみたいなのが、侍従とかいうのが、呪いを操るというのか?」


 言われて思い出す。

 確か、ケルワテで出会った呪い子も、急に呪い子の気配をまといだした。

 同じように、赤ん坊の頃は、呪いを隠して、大きくなったら呪いを発現する……ということか。


「物心がついた後、呪いを発現させる。孤独になった時点で、呪い子の前に姿を現し、それから先は助言を与える。頼るべき者がいない呪い子は、いいなりになるほかない」

「呪いというわりには、やたらと……なんというか、こう、手間をかけるという印象だな」

「そう。呪い子には役割がある。少なくとも、侍従はそう思っている。そして、彼女達は、呪い子を育て、自らの目的のために使う」


 ミランダの言っていることは、ケルワテで出会ったエッレエレの境遇に合致する。

 でも、ロンロにはそんなそぶりがなかった。


「ところで、その侍従の目的というのは?」

「さて、そこまでは分からないねぇ」

「言っていることは理解しました。ですが、ロンロからはそんな印象を受けません」


 ロンロは、間抜けなところはあるが、いつもオレ達の味方をしてくれていた。

 ノアの事を本当に思っていた。


「ふぅん。似て非なる者かもね。じゃぁ、私からも質問。なぜ、お前は、アレが見える? 他にも見える者がいるの? 他にも同じようなのを見たことあるの?」


 ミランダは、オレ達の知らないことを知っている。

 できれば、今後のためにも、情報交換ができる状況にもっていきたい。

 そうであれば、こちらもできる限り情報を提供することにする。

 少なくとも、ミランダは争う様子はなさそうだしな。


「見える理由はわかりません。そこのカガミも、プレインとサムソンも、ミズキも見ることができます。あとは……同じようなのには会ったことがあります。殺されかけました」


 隠し事しつつ、有益な情報交換なんてできない……というか、オレにはそんな器用な真似できない。相手は、恐れられているミランダだ。

 嘘を言う必要はないだろうと、正直に答える。


「あぁ、そうなのね」

「ところで、ロンロは見逃してもらえませんか?」

「見逃す? ただ、凍らせただけ。私は、私の言葉をこいつに聞いて欲しくはない」


 そういって、ロンロの側までミランダは歩く。

 そして、握った手で、コンコンと軽くロンロをたたいて、言葉を続ける。


「殺してはいないわ」


 その言葉に引っかかりを覚える。

 殺すことができるのか?

 こいつを、ロンロを。

 今まで、誰も触れることもできなかった。

 だがミランダはそれができるという。

 実際に氷漬けにしてみせている。

 どうやって、それを可能にしているのかわからない。

 オレ達を遙かに超える魔力を持つノア。

 そのノアを超える魔力を持つ呪い子ミランダ。

 さらに彼女は、その強大な魔力に加え、支配者たる王の権限を持つ。

 世界最強の呪い子と名高い、氷の女王ミランダというのは伊達ではないようだ。


「では、ミランダ様。あとでかまいません。助けて欲しいと思います」


 カガミが、ミランダへと声をかけた。

 その言葉を聞いて、ミランダが小さく、そして悪戯っぽく笑う。


「どうしようか」


 そういうとミランダはオレの方へと近づいてきた。

 すぐオレの側まで近づき、下から見上げるようにこちらを見て、オレの額へと手も伸ばしてきた。


「ダメ! ダメなの!」


 そんな時に、ノアがオレとミランダの間に割り込んで両手を広げた。

 まるで通せんぼするように。

 ノアは、ミランダを見上げながら睨みつける。

 一瞬、ノアが危ないとミランダの顔を見たが、すぐに大丈夫だと思った。

 ミランダは笑いをこらえるように、顔をこわばらせていた。

 両手を軽く上にあげて、指をヒラヒラと動かしている。


「いいじゃない」

「ダメなの!」

「そんなにいっぱいいるんだから、1人ぐらい私にちょうだいよ」


 ミランダが、思わず笑みがもれた様子でニマニマ笑い、ノアを見下ろす。

 対してノアは真剣そのものだ。


「ダメ!」


 どうにも、見る限り、年上のお姉さんが子供をからかっているような感じだ。

 だが、ノアは自分がからかわれているとは考えてもいない。


「じゃぁ、あっちの背の高いお兄さん……いや、やっぱりリーダがいいな」

「ダメ! ハロルド早くこいつをやっつけて!」


 ノアが必死な声をあげた。


「ハロルド?」


 その言葉を聞いて、ミランダが怪訝そうな声を上げた。


「久しぶりでござるな」


 そこで初めてハロルドはこちらに近づいてくる。


「げぇ! ハロルド!」


 ミランダが心底驚いた声を上げて、後ろに大きく下がった。

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