第314話 だいきょじん

「巨人族の秘術の1つだ」


 ヒューレイストの言葉に、アンクホルタは頷くと、おもむろに髪をバサりと切り落とした。

 長い髪の3分の1ぐらいを、バッサリと。

 いきなりの行動に驚く。


「これだけあれば十分でしょ?」

「お嬢?」

「大丈夫、髪は生えてきますもの」


 話の展開についていけない。

 これから何をやるのだろう。

 鳥かご?


「えっと、これから何を?」

「そうだな、其方達はこれに乗るといい」


 ヒューレイストは、腰の鞄から小さいボールを取り出した。

 ぽいっと、地面にそれを投げると、地面に落ちたボールはむくむくと巨大化した。

 何かの植物で編み込まれた丸い籠だ。これが巨人の鳥かごなのか。


「私はこちらを」


 そう言って、ウートカルデが、編み込まれた蔓を手で掴み、無造作に広げる。

 ヒューレイストと二人で協力し、隙間を大きく広げた。


「これだけ出入り口を広げれば、あの海亀も入るだろう」

「さぁ、皆さんは、中へ。エルフ馬も、ロバも、全て」


 開かれた籠の中は、わらが敷いてあった。

 この広さなら、なんとか海亀は入れるだろう。少し手狭になるが、海亀の背に、皆が乗れば問題ない。


「この中に入って、どうするんスか?」

「大巨人の秘術で、この籠を、遠くに投げやる」

「投げやる?」

「着地は?」

「この籠の中で、衝撃は感じません。中の物は、確実に守られます。そういう魔導具なんですよ」


 へぇ。

 投げるという言葉が、少し気に掛かるが、この状況だ。

 町をひとっとびで、エスケープするのは、悪い提案ではない。


「さて、で、どこをゴールにするかだが」

「あちらに」


 ヒューレイストの言葉に、アンクホルタが水晶を睨みつけつつ、ある方角を指差す。


「何かあるんですか?」

「皆さんの故郷であるギリアがあります」

「ギリア? 遠すぎません?」


 町から抜ける手段として、話を聞いていたが……ギリア?


「中央山脈を越えれば、ギリアですよ」


 オレの疑問に、アンクホルタが当然のように答える。


「でも、ギリアまで、3、4ヶ月がかかるんじゃ?」

「それは山道だから。飛び越えればそんなに距離はありません」

「そこで大巨人ってわけだな」

「大巨人……ですか?」

「巨人族の秘術の一つだ」


 カガミの質問に、ヒューレイストが答える。

 そして、小さく咳払いすると、さらに説明を続ける。


「捨て巨人が、このように人の形を取るものであれば、大巨人は巨人を更に巨大化させたものだ。触媒には、捨て巨人と同様に、巨人族の髪の毛」

「でも、モルススの毒が……」

「なぁに、大巨人になるのはほんの一瞬だけだ。薬もある。モルススの毒といえども、十分耐え切れる」

「わたくし達は恩人に恩を返せて嬉しい。みなさまは助かって嬉しい。それで、よいでしょう?」

「軍隊はどうするスか?」

「私達3人は手配されていません。少なくとも、私は領主のすぐ側を駆けてまいりましたが、放置されていました。おそらく、皆さんだけを目標に絞っているのかと」


 ウートカルデが言う。結構危ない手段で、領主の意図を探ってくれたのか。


「心配するな。わしらはどこかに隠れてやり過ごすさ」

「そういうことです。早く、みなさまは、鳥かごへ」


 特に他の選択肢がないので、せかされるままアンクホルタ達に従うことにする。

 海亀を乗せ、茶釜達エルフ馬を誘導し、そしてオレ達が乗り込む。

 植物のつるで編まれた巨大な球体は、外から見たときよりも、中が広く。

 意外と余裕があった。

 これを巨人が、さらに巨大化し、遠くへと放り投げるという。


「着地の衝撃は大丈夫だっていうけど、何か怖いっスね」


 プレインが笑いながら言う。


「でもアンクホルタさん達が嘘を言うわけないですし、信じるだけだと思います。思いません?」

「そうだよね」


 そんな時に、オレは不穏なものを見てしまった。

 バレーのスパイクを打つような仕草を、ヒューレイストが繰り返している。

 まるで、これからやることのリハーサルだ。

 というか、まさかあれを、この鳥かごにやるつもりじゃないだろうな。


「ひょっとして、まずいんじゃないか? 怖くなってきた」

「アハハ。なんかリーダが楽しいこと言ってる」


 オレが不安を口にすると、ミズキが笑った。


「いや、冗談じゃない。ちょっと他の手段を……」


 そんなことを知らない様子で、アンクホルタが籠の外からこちらへと手を振る。

 次の瞬間、巨大な手がオレ達の乗り込んだ籠を掴んだ。

 そしてぐんと大きく重力を感じる。

 やっぱりそうだ!

 次に見たのはヒューレイストのにこやかな顔。

 眼下に広がる雲。

 その雲すら、さらに小さくなる。

 一体どれだけ高く飛んでいるのか見当がつかない。

 というか、この世界には宇宙空間とかないのか?

 雲の遙か上、そこは夜だった。

 そして、夜の闇に緑や黄色の淡いカーテンが見えた。

 近くにも、遠くにも、淡く小さく輝く光のカーテンだ。


「魔法陣だ! 巨大な魔法陣があった!」


 サムソンが嬉しそうな声をあげる。

 空に漂うようにかかるカーテンには、サムソンが言うように魔法陣が描かれていた。

 あれは……極光魔法陣か。


「素敵!」


 カガミも楽しそうだ。

 こいつら怖い物なしか?

 最後に見たのは巨大な掌。

 やっぱりだ! スパイクだ!

 バレーボールのスパイクよろしく、巨大な手の平が鳥かごをたたき付ける。


「うわぁ!」


 皆が揃って絶叫をあげる。


『ドガァン!』


 耳が痛くなるほどの破裂音がした。

 なんだか訳が分からないまま、キィンという高音を響かせ、進む。

 景色がめまぐるしく変わり、そしてオレ達が乗っていた鳥かごが砕け散った。


「冷た」


 次に水が流れ込んでくる。


「どこだ、ここ」

「あれってもしかして……」


 ミズキが、すぐ近くにある建物を指さす。

 ギリアの城だ。


「あっという間に、ギリアについてしまった」

「どういうルートで帰ってきたんだ?」

「分かりませんが、あの、船が近づいてきています。軍艦に見えます。見えません?」

「とりあえず、まずは陸に! 水が冷たくて、しょうがない」

「そっスね」


 こうしてオレ達は、ギリアに戻ってきたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る