第312話 暗闇からの帰路にて

「いつだって! リーダは、私には無い発想と言葉で、勇気を与えてくれる!」


『パァン!』


 イ・アの姿が、眼前から消え。先ほどまでイ・アがいた場所に、燃えさかる鞭がたたきつけられていた。


「剣をとらぬか」


 そして、まるで瞬間移動のように、先ほどとは離れた場所に、イ・アは立っていた。


「私の目的は剣の勝負ではないですもの。あなたを退け、リーダ……様を、皆の元へ。それが目的」


『パチン』


 また何かをはじく音がした。


「魔法まで!」


 今度はイ・アへと燃える矢が向かっていくのが見える。

 魔法?

 赤髪の女性が使った魔法なのか。

 火の粉をまき散らしながら、10本を超える矢が、イ・アを追尾する。

 イ・アは高速移動しながら、剣で燃える矢を丁寧にたたき落としていた。


 だが。


『パァン』


 それを狙い澄ましたかのように、燃える鞭が、その剣に絡みつく。

 そして、受けきれなくなった燃える矢が数本イ・アへと当たった。


「リーダ様。あの光が見えますよね? あの光へと向かって。あの光の先に皆が待っています」

「貴方は?」

「私は皆さんの前に姿を現せる、そんな人間ではないのです。私は……私は……」

「誰も返さぬ」


 イ・アはふらふらと立ち上がり、声をあげる。


『パァン』


 そこに容赦なく、赤髪の女性が振るう燃える鞭がたたき付けられた。

 だが、その攻撃は彼女に届かない。

 いきなり彼女の身体から、4本のとげが生えたかと思うと、鞭を受け止めたのだ。

 それからイ・アのスカートが大きく膨れ上がったかと思うと、形を変えていく。

 巨大な蜘蛛。

 ボコボコと泡立つような音をたてて、彼女の胸元から下が蜘蛛の形をとった。大理石の彫刻を思わせる白い蜘蛛の胴体、そして胸元から上は人間の姿。


「それが正体?」

「これから、しばらくはね。人を辞めねば、少なくともお前を止められぬ。人を超えたこの身にあっては、魔力への渇望が生じ、それが少しばかり苦しい。だが、それだけだ」


 半身が蜘蛛になったイ・アの言葉に、背筋がゾワリとする。

 妙な威圧感がある。


「魔物に身を落としても、私を止めると?」

「この姿が、魔物にみえるの? 悪いのは目? それとも頭? どちらでもいいか。お前達は2人とも危険だ」


 赤髪の女性が、魔物と表現したが、イ・アの雰囲気はそれとは違う。

 確かに見た目は魔物だ。だが、受ける印象は神々しい。自分が見ている感覚と、受ける印象が酷く違い、それが不気味で怖い。


『パァン、パァン』


 炎の鞭は、すでにイ・アには効かなかった。防御するつもりもなく、ただ打たれるに任せているが、びくともしない。

 赤髪の女性も、攻撃が効いていないことを察したのだろう。

 すぐに、小さく呟き爪をはじく。

 彼女の、爪には魔方陣が描かれていた。それぞれの爪に、それぞれ小さな魔方陣。

 別の指で、爪を押さえ魔法を詠唱する。そして爪をはじく。

 すると、魔法が発動する仕組みのようだ。


『パチン』


 3本の燃える槍が出現し、イ・アへと襲いかかる。


「さきほどより、マシか」


 だが、それすらもイ・アは片手で払いのけてしまった。

 そして、ゆっくりと近づいてくる。

 近づく間にも、イ・アの外見は静かに変容していく。

 真っ白な、蜘蛛の胴体に、白く綺麗な鳥の羽が生えている。

 その羽は、ゆっくりと大きくなってきている。


「威力が……足りない」


 赤髪の女性は忌ま忌ましく呟く。

 威力。

 いける。

 イ・アの動きは酷く遅い。

 影から、タイマーネタを取り出す。


「魔導弓タイマーネタ? どこでそんなものを? ウルクフラか?」


 まずい。

 タイマーネタを知っていても、余裕だ。

 耐えきれる自信があるのか。

 つか、どんなに堅いつもりなんだ。あいつ。


「リーダ様。石の塊がありますか?」


 赤髪の女性は、タイマーネタを見て、小さく微笑んだ後、そんなことを言った。

 何か考えがあるのだろう。

 石の塊ということで思いついた。

 レンガを無造作にとりだして、彼女の足下になげる。


「これでいい?」

「はい。あの者に効くまでタイマーネタを撃ち続けましょう」

「そのつもりだ」


 発射準備は手慣れた者だ。

 じわじわと近づく、イ・アへと向けて、魔導弓タイマーネタをセットする。

 タイマーネタの矢を模した彫刻を向けられてもなお余裕だ。

 だが、他に方法はない。

 何度でもフルパワーで撃ってやる。


「ラルトリッシに囁き……」


 いつもの言葉を呟いたとき、イ・アの表情が変わった。

 あの蜘蛛の姿になって、ずっと無表情だったのに、その顔が驚愕にゆがむ。


「なぜ、お前がラルトリッシに囁ける?」


 そして、素早い動きで横へと移動する。

 加えて、空中に人の手を模した白い彫刻を大量に作り出し、こちらに向けて飛ばしてくる。

 こいつ。

 素早く動けたのか。

 しかも、あの白い手で、攻撃まで。

 狙いが定まらない。


「念には、念を入れていて正解でした」


 赤髪の女性の声が聞こえた。

 巨大なゴーレムの手が、イ・アの体をとらえて、タイマーネタの射線上に押し出す。

 加えて、飛びかかってくる白い手を、燃える鞭で、叩き落としていく。


「貴様!」

「石を操るに、ふさわしく魔力の色を調律しましたが、限界はあります。リーダ様、急いで!」


 赤髪の女性が叫ぶように言った忠告を聞き終わる前に、腕を大きく振るい、フルパワーでタイマーネタを発射する。

 光の帯が出現する。

 轟音をたてて、この暗い空間を一瞬だけ昼間のように明るくし、イ・アの体を貫く。


「あ……あぁ」


 それでも、イ・アは死ななかった。

 だが、大ダメージを受けているのは見て取れた。


「お前達……は、何者?」


 息も絶え絶えで、イ・アは言葉を続ける。


「そうか……いや、おかしい。お前がここにいて、なぜノアサリーナが、あちらにいる。2人が同時に存在……」

「もう一撃」


 オレがそう呟いて、触媒をセットしたのを見て、イ・アは笑う。


「なんということだ。お前を連れてきたのが間違いだったというのか。考えてみれば、お前が一番おかしい……なぜ、歌声が届かなかった。なぜ、あれほどまでに神の力を行使できた? なぜ、魔法が? なぜ、ラルトリッシに囁ける? 半神となった私でさえ知見がおよ……」

「魔導具に書いてあったからな」

「ア……ハハ。だが! お前達も……」


 オレが2発目のタイマーネタを発射したとき、イ・アがそう言った。

 タイマーネタの作り出す光の帯が、イ・アを飲み込む。

 光が消えたあと、そこには何も残っていなかった。


「倒した。倒したんだよな?」


 このまま、この場所にいてもロクな事にならない。


「えぇ。お見事でした。とりあえず、一旦、ここを出ましょう」


 2人で、細く伸びた光へと走って行く。

 なんとか間に合ったようだ。

 オレの足が、高く伸びた光の線へとかかったときに、浮遊感を憶えた。

 周りの景色が次第に白く、明るくなる。

 振り返ると、赤髪の女性は、オレから離れて暗闇に立っていた。


「早く!」

「ごめんなさい。私は……私には、資格がないのです。だから、リーダ様だけでも、皆が待っているから」


 そう言って、赤髪の女性は静かに微笑む。


「何を?」

「私はここに残ります。あちらに行けないのです。私は。でも、私は……。リーダと一緒に戦えて、お話しできて……」


 オレも彼女も動いていないのに、ゆっくりと距離が離れていく。

 2つの世界が離れていくように。


「名前は?」


 結局、彼女は誰だったんだろう。

 随分離れてしまったが、遠くにみえる彼女へ声をかける。


「ノアサリーナ……」


 え?

 ノア?


「……手帳に……名前」


 途切れ途切れだったが、そんな言葉が聞こえた。

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