第311話  統一王朝壮美省第一席、王妃イ・ア

「何者だ?」


 いままでとは違う、真剣味のこもった声で目の前の彼女が言う。


「ここにいるのはモルススの者だけであれば、罪ある私もモルススの一員ということではないでしょうか?」


 オレの後ろから声が聞こえた。

 目の前にいる彼女が振るった剣を受け止めたのは、女性のようだ。

 聞いたことのある声。

 落ち着いた澄んだ声だが、なじみのある声。

 どこで聞いたのだろうか、思い出せない。


「私達を愚弄するか?」


 再び、目の前の彼女がふわりと動き、逆サイドからオレの首を跳ねるように鋭い光が瞬いた。


『キィン』


 その一撃も、後ろの女性によって受け止められる。


『キンキンキン』


 リズミカルに音が響く。オレの体を挟んで前と後ろ2人の女性が剣激で応酬しているのだ。

 あまりの速さに、剣のきらめきと、キンという金属がぶつかる音しか把握できない。

 つうか、動いたら多分当たるな。

 場所を移動してほしいと思いつつ、2人の剣がぶつかり合う音が響き渡るなか、後ろの女性のことを考える。

 どこで聞いたんだっけかな……すごくなじみのある声だ。

 あまりにも速く、振るわれる剣の動きが見えないからか、冷静になれる。


『キン……キンキン』


 澄ん剣がぶつかり合う澄んだ音がしばらく響いた。

 音は響くが、剣の動きはまったく見えず、ただ剣がぶつかり、またたく光が見えるだけだ。

 やがて、らちがあかないと見たのか、目の前の女性は後ろに大きく跳ねるように、後退した。

 コツコツと靴を立てて後ろの女性もオレの前へと進み出る。

 赤い髪、そして赤い服を着た女性がそこにいた。左手には細身の剣。剣を軽く構えたまま、彼女は右手で赤く長い髪をかき上げた。

 あれ、やっぱどっかで見たことあるなこの赤髪の女性。

 彼女を見ていたオレの視線に気がついたのか、こちらを向いて、微笑んだ。それから、少しだけ首を傾げる。

 あれ、ノアの……。

 ノアの仕草にそっくり……。そうだ彼女の声は、ノアにそっくりだった。ノアをそのまま大人にしたような感じ。


「私は……」


 彼女は言葉を続ける。


「私はリーダを。いえ、リーダ様をこの場から、皆の元に返す使命があります。ミズキ様、カガミ様、プレイン様、サムソン様。皆の元へ」

「それはありがたいんだが、出口が」

「出口であればあちらに見えませんか? うっすらと?」


 彼女は剣を静かに動かして一方を指し示した。その先に何かが見える。うっすらとした一本の棒……いや棒ではない。細い光の柱が出現していた。


「出口を作った? お前は何者だ?」


 先ほどまで目の前に居た女性が剣を構え、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。


「ですから私も、また、モ……」

「モルススなどとうにない。世界に正しき国はたった一つ」

「どちらであっても同じ事。私は、私の望みのままにリーダ様を返します。あなたが邪魔であれば、あなたを斬るつもりです」

「そうか。お前が何者かいまだわからぬが、そうはさせぬよ」

「それは残念なことです」

「余裕だな。だが、この世界にお前はふさわしくない。この世界には、あの方と私、それ以外に必要なのは道具のみ。お前はいらぬ」

「では、どうなされるのですか?」

「処分する。お前自身の心がなくなるまで細切れにしてな。この統一王朝壮美省第一席にして王妃イ・アが直々に」


 肩書きが長い。

 とりあえずイ・アという名前は分かった。

 肩書きに対して、名前は短いんだな。

 フワリと優雅な動きで剣を前に突きつけ構えた、目の前の女性イ・ア。

 それに対し、赤髪の女性はスカートの端を片手で掴み、お辞儀し、言葉を返す。


「名乗りをありがとう。ですが、私には名乗る名前はありません。罪人たる私にはすでに名は無く、ただ罪の償いに存在する者」


「名乗りに対して名乗らぬとは、礼儀を知らぬか。それとも私をからかっているのか?」


 そう言ってイ・アは、赤髪の女性へと素早い動きで接近する。


『キィン』


 再び、剣の応酬が始まる。2人とも凄まじい速さで、攻撃を繰り出している。

 めぐるましく動き、互いに剣を振るう。キンキンと澄んだ剣撃の音と、彼女たちの足音が響いた。

 まるで踊っているように2人の女性が戦っている。

 踊るように戦う2人は素早く移動しつつ剣を振るい合っている。

 剣撃の音、そして、剣がぶつかる度に生じる光の瞬きがなければ、何をしているのかすら把握できない高速の戦いだ。

 そして。

 やばい。こちらへと向かってきた。

 戦いの場は、突如移動し、オレのすぐ側になった。

 最初の時と同じように、イ・アがオレの正面、赤髪の女性がオレの背後に立ち、オレを挟んで剣を振るい合う。

 だが、最初と違うのはオレが動いている途中だったことだ。

 その場から距離をとろうと動いた直後だったのだ。

 あまりの速度に反応が遅れる。

 さらに、その場から立ち退こうとしたオレの動きがあだとなった。

 リズムをくずされた赤髪の女性は、イ・アの剣を受け止めきれずに、その剣撃で斬られてしまった。


『カラン』


 剣が落ちる音が響いた。


「勝負あったな」


 ニヤリとイ・アが笑う。

 しくじった。


「すみません」

「いえ、リーダ様が謝る必要はありません。この者は、もともとリーダ様を盾にとり、私の動きを封じるつもりだったのです」

「否定はせぬよ。だが、目の前の男が足をひっぱったのも事実」

「いえ。違います。私より、あなたの方が剣の腕は上でした。にもかかわらず、このような手を使ったのは、貴方がリーダ様に一度負けた腹いせに、思いつきの復讐をしただけでしょう?」


 赤髪の女性が放った一言に、イ・アの顔が曇る。

 いらついた顔が怖い。

 そんなイ・アに、赤髪の女性はなおも言葉を続ける。


「敵はおろか、傷つける存在すらいないはずだった黒の滴。そして外界での体。しかし、リーダ様は、1つの聖水に神々の力を束ねることで、神の威光すらはじく黒の滴を破壊してしまった。それは貴方の誤算。敗北以外の何者でもないでしょう?」


 嬉しそうに語る赤髪の女性に、いらついた様子のイ・ア。

 しばらく2人は無言で見つめ合っていたが、ふっと視線を外したイ・アがオレを見た。


「では、お前はどんな気分だ?」


 そして、今度はオレにイ・アの質問が飛んでくる。


「どんな気分?」

「お前がいなければ、後ろの者は、もう少し戦えた。お前がいなければ、後ろの者は、この場に現れることなく、これから訪れる苦しみも味わわずにすんだ。全てはお前の責任。どう弁解する? どう切り抜ける? そうだ。命乞いでもいいぞ。楽しい命乞いなら、私の気が変わるかもしれぬ」

「リーダ」


 イ・アの楽しそうな言い方に、赤髪の女性が弱々しくオレの名を呼ぶ。

 その態度がイ・アには心地がよかったようだ。


「アハハハハ。そう。そうだ。その顔、とても素敵。さぁ、次はお前の番だ。後ろの者に負けないように、私を楽しませておくれ。さぁ! さぁ!」


 急に上機嫌になったイ・アが、オレの顔をのぞき込むように見つめ「さぁ! さぁ!」と繰り返す。

 勝ち誇った顔で「さぁ! さぁ!」と繰り返す。

 何言っても許す気なんてないくせに。

 とは言っても何も言わないのもしゃくだ。

 時間を稼ぎ、後ろにいる赤髪の女性が反撃するチャンスを伺うか……。


「さぁ! さぁ!」


 それにしても、先ほどから、さぁさぁうるさいな。

 赤髪の女性に反論できなくて、矛先をオレに代えてストレス解消ってやつか。

 どうしたものか。


「まったく。特に言うことはないっての。それとも、あれか……」


 イ・アの繰り返される「さぁ! さぁ!」の言葉にまぎれて、うつむき悪態をつく。

 ところが、オレが、悪態をついている途中で、イ・アはいきなりピタリと掛け声をやめてしまった。


「私のために争うのはやめて! とでも……」


 そのせいで、オレの適当なコメントが辺りに響く結果となった。

 こんなに響くなら、もう少し別のこと言えばよかった。


「ぷっ」


 後ろから、吹き出すような声が聞こえた。


「この期におよび」


 前に立つイ・アは怒っている。

 本心じゃないというか、急にお前が掛け声やめたせいだろ。

 心の中で反論する。


「リーダ! しゃがんで!」


 だが、そんな思考などお構いなしに、オレを挟んで立つ2人の反応は素早かった。

 悪態をつき終わる前にイ・アは激昂し剣を振りかぶり、後ろからはしゃがめという声が飛んだ。

 わけもわからず、しゃがみ込んだ直後。


『ドガァ』


 殴りつける音が響いた。

 ふと前を見ると、やや後方へ下がったイ・アがややうつむき、オレをにらんでいた。


「足蹴とは下品な……」

「私は……私はなりふり構ってられないの! 過ちを二度と起こさないために! 私がどんな目にあっても! どんな蔑みにあっても! それでもリーダは返さないと!」


 赤髪の女性が、はっきりとした声音で訴える。

 さらに赤髪の女性は小さく何かを呟いた。

 何を言っているのかはわからない。


『パチン』


 背後でとても小さく、何かをはじく音がした。

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