第310話 静寂した闇の中で
気が付けばまた闇の中だった。
いや、違う。
少し違う。
先程いた場所とは違うところだ。
ほんのりと床が格子状に光っている。
その光のせいで、正方形のタイルが延々と続いているかのように見えた。
そして、視線の遥か先に椅子が置いてある。ソファーが背を向け、置かれていた。大きなソファーだ。
他には何もない。
延々と続く、格子状に淡く光る床。
とりあえず椅子の方に近づくことにした。
目印になるものが他にない。
コツコツと乾いた音を立てて、進む。
風もなく、日の光もない。無機質な床と、音の反響すらない静かな空間。
一面真っ暗なのに、闇の中という感じでもない。
暗黒の空間であるにもかかわらず、自分の手や足ははっきりと見える。
まるでCGで適当に作った空間のようだ。
ただひたすらに進み、ソファーの近くに来た時に、その辺りだけ物が沢山あることに気がついた。
不思議な形をした彫刻だ。
不思議というか、不気味だな。
一見すれば蜘蛛の彫刻。ただし頭の部分には人の口があしらってあり、その口からは長い長いベロが伸びている。ベロの先には人があぐらをかいて座っていた。
あぐらをかいて座っている人の彫刻は、目を覆うように、布が巻かれていた。
近づくと彫像はほんのり白く光った。
「なんだろ、これ」
「それはな魔神の彫像」
オレの独り言に反応する声があった。
声がした方を向くと、先程オレ達が戦ったドレス姿の女性が微笑み、こちらを見ていた。
先ほどとは違い、生身の人間だ。
ゆっくりと歩を進め、さらに視線の先にあったソファーに腰掛ける。
そして腰掛けたままオレの方を楽しそうに見て笑う。
「喋れたのか」
「本来であれば、お前のような下賎の者に声はかけぬ。ただ、こたびは少し暇になったのでな」
「そうか。ところでさ、元いた場所に戻りたいんだが」
「返さんよ」
大体予想はついていたが、やはりそうだよな。
目の前のこいつは、オレをこの場所に引きずり込んで閉じ込めるつもりなのだろう。
彼女は、無言のオレを、興味深そうに目を細めて眺めたまま、言葉を続ける。
「そう、お前の思った通り。私と共にここでしばらく時間を潰してもらおうと思ってね」
「いつまで?」
「私の愛するお方が、この世に戻り、神をも超える存在になる。その時まで」
えらく壮大なことを言い出した。
「困ったな」
「ここでは空腹を覚えることも、眠りを覚えることもない。ゆっくり時間を潰そうではないか」
「気楽なもんだ。だがオレはこんなところにいたくはないんだけどな。というかここはどこだ?」
「ここはそうだな、異なる世界にして、正しい世界」
「異なる世界。異世界か」
「飲み込みが早いな。好ましいことだ。私の愛するお方は、この世界を、正しい世界として作られた。先ほどまでの、汚れ、おぞましい世界とは違い、調和と正義に溢れている。帰りたいのであれば出口を勝手に探せばいい。お前には何もできぬよ。魔法も使えず、自らの命を絶つことも、この世界ではできぬ」
そう言った後、彼女はオレから興味を無くしたかのように視線を外し、ぼんやりと虚空を眺めた。
とりあえず、言葉に甘えて周りを探すことにする。
あたり一面、どこまで進んでも何もない。
だが、妙な事に、魔法は使えるようだ。
実際に使ってはいないが、起動しっぱなしの影収納の魔法が機能し続けていることは感覚でわかる。床全体が、影として認識できていることもわかる。
まったく変な所だ。
それにしても、何もない。まいったな。
やはり、あいつから何か情報を聞いて、帰る方法を考えるべきかな。
長い散歩から戻ってみると、彼女は椅子に座ったまま、目の前に繰り広げられた映像を見ていた。
そう、映像。
宙に浮かぶ大きなスクリーンに、まるで白黒動画が映されているような感じだった。
映画を見ているように、優雅に腰掛けながら彼女はそれをぼんやり見ていた。
「飽きたか」
「何もなかったんでね」
「アハハハハハハハハ、そうであろう。出口を見つけることは叶わぬよ」
「それは?」
動画をゆび差し質問する。
不気味な動画だ。まるでゾンビのように、目隠しした集団が猫背になり行進する動画。
そんな行進する集団の背に船があった。
まるで、行進する集団の背を、波の上と見立てたかのように、船はゆらゆらと揺れ進んでいた。その上には、目の前にいる彼女と、1人の男の姿が見える。
なんだこりゃ。
「私の楽しい思い出。下僕を波に見立ててな。ほんのちょっとした余興だ。あぁ……素敵」
心底楽しそうに、恍惚な表情で、彼女はオレを見た。
気味が悪いだけだろ。
内心そう思ったが、喧嘩腰ではまとまるものもまとまらない。とりあえず話を合わせることにする。
「昔のいい思い出ってやつか?」
「そう。輝かしい私達の思い出。ああ! そう考えると私はなんてことをしてしまったのだろうか!」
彼女の表情が、さっと青ざめる。
「何かしたのか?」
オレの言葉に、彼女はあからさまに不快な表情を浮かべた。
「そう、私は気づくのが遅かった。お前達が一緒にいたあの娘、ノアサリーナだな?」
「えぇ。そうです」
言葉遣いが悪かったのかな、なんて思って、丁寧に変えてみることにした。
「本来、あの娘は今の時点では消えてなくなっているはずだった」
「消えてなくなる?」
こいつは何を知っているのだ?
「そして、私をここまで追い込んだあの力」
魔改造した聖水か。
「聖水ですね」
「神を超えるために、神々の敵にまわらざるえなかった。それが私達の弱み。それをついた、お前の力。お前達は警戒すべき相手だ。そして、ウルクフラ」
「ウルクフラ?」
「お前達は、ウルクフラとつながりがあるのであろう? お前たちはあの場所にいてはならぬ存在。なれど私は、もはやあの世界にあって自由にならず。口惜しいこと」
「オレ達が邪魔ということか」
「そう。お前以外は、あの場に対応できていなかった。つまり、お前をここに封じ、残りの者達はじっくり殺していけばいい」
「目障りだから殺す?」
「そう、これ以上の狂いは許されない。問題がある存在は全て、壊し、潰し、そして後は、私の愛するお方にお伺いを立てることにして、おしまい」
「ところで、愛する方って、今どこにいるんだ?」
「お前に言う必要はない」
さてと、どうしよう。
今までの会話で、帰る方法のヒントなんてまるでない。
ずっとこの場所にいる気なんてない。
ノアを残して、同僚たちを残して、こんなところで時間を潰すわけにはいかない。
きっと心配している。
無言の俺を見て、彼女は楽しそうに笑い、さらに言葉を続ける。
「もう指示は送った。これから、私と共に、あの方に……王に仕える者達が、不出来な世界に残ったお前の仲間達を殺す」
指示……。こいつの仲間が、ノアや同僚を殺しにいくってのか。
「ますます、この場にいるわけにはいかないな」
「お前が、その場にいたとしても無駄なこと。強大な魔力を持った呪い子。1国の軍隊にも匹敵する兵士の群れ。お前達の知らぬ知識を駆使する知恵者。それらを、すべてお前達でどうにかできると? できやしない。お前の仲間は、絶望の中で苦しみながら死んでいく。お前の役目は、それをここで眺めることだ。それ以外にはない」
「ロクなことじゃないな」
ノアの味方を増やそうと頑張っていたら、別件で敵が増えたってやつだ。
まったく、困ったものだ。
「あぁ。困ったこと」
「何をだ?」
次はなんだ?
彼女は、ソファーからゆっくり立ち上がり、オレの方へと歩いて近づいてきた。
いつの間にか、手には細身の剣が握られている。
「お前はまだ諦めていない。お前には一度、苦しんで生きていることに後悔してもらうことにしよう。死の無い世界なれど、死の苦しみは存在する。あの汚れた世界で、お前の仲間が死ぬまで、もう少し間がある。それまで、お前を苦しめて、勝利までの余興にしよう」
「やばい!」
彼女の微笑みに、危険を感じ、大きく後ろへ飛ぶ。
「遅い」
ニヤリと笑って彼女は、オレの首を目がけて、剣を振り抜く。
『キィン』
彼女の剣は、オレの背後から伸びてきた剣により受け止められた。
「なんだ? お前は?」
目の前の彼女が、大きく目を見開いて言葉を発する。
彼女とオレ、そしてこの場には、もう1人いたのだ。
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