第307話 とつぜんのくらやみのなかで

 水音がした直後、辺り一帯が真っ暗になり、様相が一変した。

 風の冷たさも、足下にあった雪の感触も、何も感じなくなった。

 チラチラと青白い光の粒が空中で瞬き、オレ達と地面を照らしている。

 青白い光により、照り返される地面が、先ほどと一緒なので、別の場所というわけではないようだ。

 だが、どうにも距離感がおかしい。

 近くにいたサムソンが、とても遠くに見える。

 不思議な感覚と、不思議な光景。

 一体、どうしたというんだ?


『ガラガラ……』


 先ほど、トーテムポールの爆発からオレ達を守るため、ノームが盛り上げた土が、ボロボロと崩れる。

 その跡地に、1人の女性が立っていた。

 純白のドレス姿で金髪の女性。

 真っ暗な空間で、彼女だけが光に照らされるようにはっきりと見えた。

 ウエディングドレスを彷彿とさせる真っ白で装飾がされた、そしてこれで歩くのは大変そうだなという長いすそ。

 まるで、1人スポットライトを浴びている女優のように、オレ達を微笑み見ていた。

 無表情だが、酷く優しげな微笑み。

 そして、恐ろしいほどの美人だと思った。

 オレ達を一通り見回し、その女性はニコリと笑う。

 それから、澄んだ声で歌い出した。

 まるでオペラを歌う俳優のように、優雅で大ぶりな身振りで、歌い出した。

 暗闇の中で、1人美しく輝く彼女の歌声は、辺り一帯に響き、やがてその声はゆっくり小さくなる。


「うぅ……」


 プレインの呻くような声が聞こえた。

 いや、泣いている……あれは、泣き声だ。


『ガン……ガンッ……』


 何かを打ち付ける音が響く、音がした方をみると、下を見つめて四つん這いになったサムソンが地面をひたすら殴り続けていた。

 何を言っているのかわからないが、カガミの声も聞こえる。

 なんだ?

 何が起こっている?

 そんな中、歌声が再度響き渡ってきた。


「これから先、あなたは……」


 だが、歌声はすぐに消え、別の声が聞こえてくる。

 聞こえてくるのは女性の声ではなく、男の声だ。

 随分昔に聞いたその声。

 繰り返し、繰り返し聞いたその声の主……。

 これは。

 もしかして。

 オレの頭の中にその声が響き渡る。

 駄目だ。これに耳を貸すわけにはいかない。

 即座に他のことを考えようとする。

 だがその声は、オレの心に響きわたる。

 言葉は、まるで、こだまするように頭の中に響く。

 ゆっくりとボリュームを上げるように、頭に響く声は大きくなる。

 急に、吐き気に襲われ、口を手で覆う。

 このままでは不味い。

 必死に別のことを考えようと、とりあえず周りの状況を観察する。

 無心に、ただひたすらに現象だけを心の留めようと観察する。

 この声を聞いては駄目だ。

 だが、それすらも許してくれない。

 ゆっくりと、オレの心を、頭に響く声は捉えようとする。


『カタリ』


 箱のふたを外す音が、心の中に響いた。

 箱。

 そういえば、ノアに昔、箱の話を……。

 箱。

 内緒話。

 皆に秘密にしておきたいことを、秘密のままにする工夫。

 ノアに心の中に箱を思い浮かべて、内緒の事を閉じ込めてしまえばいいとアドバイスしたな……。


 そうだ!


 ノアはどうしている?

 心に思い浮かべた箱を、無理矢理開けられそうだという不快感と苛立ちから、オレはノアの事まで気が回らなかった。


 ノア?


 ノアは予想外の行動をとっていた。

 たすき掛けにしたカバンの中からナイフを取り出し、自分に突き立てようとしていたのだ。

 オレの事など、どうでもいい。

 必死になって駆け出して、間一髪のところでノアの手を掴んだ。

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