第305話 すごいまどうぐをつくろう

「あの。これは?」

「これはお駄賃」

「こんなに?」

「面白い事を教えてくれたお礼も込みだよ」

「旦那様! ありがとうございます」


 ギリアからの手紙を持ってきた商業ギルドの使いを見送る。

 多めに渡したチップを握りしめて、全力で駆けて行く少年を寒い中元気だなと思う。


「いい笑顔だったっスね」

「お駄賃弾んだからかな」

「でも、よくギリアの領主は、俺達の居場所が分かったな」

「さすが領主ってところっスね」


 商業ギルドを通じて、ギリアから手紙が届いた。

 そろそろ戻ってこいという内容だった。

 どうやら、オレ達が旅を始めるきっかけとなった黒騎士の一件は片付いたようだ。

 戻らない理由は無い。

 ということで、カガミが戻るむねを手紙に書く間、商業ギルドからの使いと雑談をした。


「隣の町にある商業ギルドから、そのまた隣の商業ギルドへ、次々渡していくんです」

「手紙をリレー形式で、渡していくってことか」


 遠くギリアから手紙をどうやって届けるのかを聞いてみたところ、駅伝形式だという回答だった。

 内容がバレてもいいから早く情報を届けたい場合。

 極秘の内容を絶対に届けたい場合。

 状況によって、届け方は違うそうだ。

 今回は、手紙が届いたかどうかを確実に知りたいという案件で、駅伝形式を採用したと思うということだった。


「ここから大平原に向かって、大平原に入ったらすぐに北へ進路を取るんです。そこから、中央山脈を越えることができればギリアらしいです」


 しかも、ギリアへの道まで教えてもらった。

 中央山脈を越えるルートでなければ、普通は2年くらいかかる旅路。

 しかし、中央山脈を越えるルートであれば半年くらいでたどり着くという。

 オレ達は、漂流したり、飛行島に乗ったりしていたので、行きのルートが参考にならない。

 手紙を書き終えるまで待つというので、屋敷へと招き、テーブルにつかせる。

 さすがに、あの寒い中外にと立たせておくのは忍びない。

 手持ち無沙汰になったので、地図を描いて貰いながらギリアへの道乗りを聞いた。

 図で表すと、オレ達がどういったルートをたどったのかが漠然とでも分かって面白い。


「でも、よくギリアの場所を知っていたね」

「知らない地名だったんで、調べたんです。一体どこからどうやって届いたんだろうって」

「勉強熱心なのはいいことだ」


 加えて、中央山脈のふもとへは乗合馬車があること、たどり着いた先は、温泉があることを聞いた。帰り道よるのもいいだろう。


「で、いつ戻るんスか?」


 そんなギルドの使いを見送ったあと、プレインが聞いてきた。


「さぁ」

「さぁ……って」


 戻るとは返事したが、いつ戻るかなんて言っていない。

 というか、帰るのが面倒くさい。


「だって外寒いし、暖かくなってからでいいだろ?」

「そうっスね。急ぐわけでもないし」

「そうそう。その頃になったらサムソンが、魔導具ノイタイエルを作って、ひとっ飛びさ」


 あとでカガミに温泉のことをいったら、大喜びだった。


「帰り絶対に寄りましょう! 寄るべきだと思います。思いません?」


 誰も反対していないのに、力説していた。

 それからもフェズルードでののんびりした日々は続く。

 クローヴィスを呼んで、地下1フロアだけだけれど、迷宮探索をした。

 他にも、プレインが馬上弓術大会で3位に入ったりと、いろんなことに挑戦してみた。

 随分とフェズルードに馴染んではいるが、平和なものだ。


「今日あたり、ノイタイエルが完成しそうだ」


 そんなある日、サムソンが急にそんなことを言い出した。

 聞けば、ノイタイエルを作るための魔導具を作ったり、触媒を集めたりして日々をすごしていたらしい。

 やたら、意味不明な魔導具作ってるなと思っていたら、あれ全部が魔導具ノイタイエルを作るための触媒だったのか。

 さすがに、これから先の行程は、一人では無理だということなので、皆で協力して進めることにする。


『ガッチャ、ガッチャ』


 ピッキーが、木箱をもって向かってくる。


「あれで最後だな」


 リストを片手に、サムソンが木箱を数える。

 木箱の中は、ノイタイエル作成のために必要な触媒で一杯だ。

 作業は、外に触媒を運び出すことから始まった。

 10以上ある木箱。

 中には、几帳面にラベルがついた触媒が入っている。


「いったい、触媒っていくつあるんスか?」

「147個だな」


 100を超えているのか。ここまで大量の触媒を使うのは初めてだ。

 雪がちらちらと降る中での作業。

 最近は振らなかったのに、こんな日に限って雪が降る。

 一刻も早く試したいと思っているサムソンには、明日に延期という選択肢はない。

 いつもだと寒くて家に戻りたくなるが、今日は別だ。

 大量の触媒で、魔法を使い、魔導具ノイタイエルを作る。

 魔導具ノイタイエルは、空飛ぶ家、飛行島のエンジンとなる魔導具だ。

 上手くいけば、空飛ぶ家が手に入る。

 期待が、わくわくした思いが、寒さを吹き飛ばしていた。


「ところで、魔導具ノイタイエルってなんなんスか?」

「飛行島のエンジンだろ?」

「いや、そうっスけど、なんかそれだとぼんやりしているなと思ったんスよ」

「ノイタイエルは、触れたものを宙に浮かせる魔導具だぞ」

「じゃあ、人間が持ったら浮いちゃうって事っスか?」

「長時間持っているとそうなるらしい」

「へー、前の注意書きっていうのは……」

「そういうことのようだぞ。長時間抱えることがないように、注意が必要だと、本にもあった」


 雑談をしつつ作業を進める。

 サムソンの指示の元、魔法陣を広げ、触媒を置いて、魔法を詠唱する。

 基本はこれの繰り返し。

 魔導具が触媒になって、触媒になる新しい魔導具が作られる。

 複数のソースにわかれたプログラムをまとめて、立派なソフトを作るようなものだ。

 部品となる魔導具が出来る度に、きちんとできているかチェックしつつ、工程を進める。


「さて、これで最後だ」


 朝から初めて、お昼過ぎくらいになって、ようやくゴールが見えてきた。

 目の前には、円筒形の石柱。

 最後の触媒となる魔導具だ。

 まるでコンクリート製のように、灰色の石。

 前に見たノイタイエルは半透明だったので、随分と見た目が違う。

 多分、次の魔法を唱えると、これが半透明になって完成するのだろう。


「あれだけあった触媒がごっそりなくなって、この円柱だけになるなんて、本当に魔法は不思議だと思います。思いません?」

「言われると確かにそうだね。どの木箱も空っぽ」

「これで最後なんスね?」

「さっき言った通り、最後だ」

「よかったぁ。私、もう喉が渇いちゃった。これ終わったら飲むよ」

「大丈夫だ、最後は俺が一人でやるぞ」

「そうなんスか?」

「最後は、いうなれば登録の魔法だ。呪文も短い」

「登録?」

「あぁ。触媒を揃えて魔法を詠唱すれば誰でも作れる魔導具じゃないってことだ。魔導具ノイタイエルを作るにあたって、極光魔法陣のうち1つへ登録する必要がある」

「でもさ、登録するって言っても魔法唱えるだけでしょ? 今までと、やること変わらないじゃん」

「そうなんだが、この最後の魔法陣、識別記号……認証された記号を書き加える必要がある」

「識別記号?認証?」


 なんだろう。

 識別記号に、認証による登録か……元の世界でも同じようなことをやった経験があるな。

 あらかじめどこかで、認証を受けた証明がないと登録出来ないという仕組みは、仕事で遭遇した経験がある。

 人間の考えることは皆一緒ってことか。

 そういえば、昔仕事で作ったスマホアプリ。

 ストアで公開するお金がもったいないとか言って、登録の料金を払わないことに決めたらしいけれど、どうなったんだろうな。

 いまさら、どうでもいいけど。


「その識別記号はどうやって手に入れたんだ?」


 オレの質問に、サムソンが本を軽く手で叩きながら、答えた。


「この本の作者は、魔導具ノイタイエルを途中まで作っていたらしいんだ。それで、そのノイタイエル用に、取得した識別記号を使ってみようと思う」


 なるほど。すでに認証済みのものがあるから、それを使うと。


「でも、それって昔の話じゃん。今も使えるの?」

「さぁ。だが、認証が失敗してもノイタイエルが完成しないだけらしい。だから、試してみて成功すればもうけものだし、失敗したら、もう少し調べるつもりだ」


 なるほどな。ノーリスクなら、試す価値は十分にある。


「物は試しってことっスね。急ぐ話じゃないし」

「うまくいけばさ、とりあえずこの別荘を飛ばしてみたいよね」

「そうだな。オレ達が自由に飛ばせる飛行島が完成ってことだ」

「もっとも、推進力を得るためには別の魔法陣なり魔導具が必要なんだけどな」

「難しいの?」

「いや、すぐに出来そうだ」

「じゃあさ、チャッチャとノイタイエル作っちゃって、飛行島作ろう。それさえあればどんな所もひとっ飛びだしさ」


 ミズキが楽しげな声をあげる。

 オレも同感。自由に使える、空飛ぶ家。すごく楽しみだ。

 それも、自分達で1から作るとなると、愛着がわくというものだ。


「というわけで、作ったのがこの魔法陣だ。この辺り……」


 サムソンが地面に大きく布を広げ、一部分を指で押さえる。

 ウルクフラバル5ミ42カルメアサ……。

 よくわからない文字列だな。


「じゃあ、最後の仕上げをいくぞ」


 サムソンが魔法を詠唱する。

 本当に短い魔法だった。

 すぐに詠唱が終わる。


『キィィン……キィィン』


 まるで電子音のように、高く澄んだ音が鳴り、半透明の緑色をした円柱がフワリと宙に浮いた。

 淡い緑色の光がとても綺麗だ。


「完成……したように見えます。見えません?」

「成功したっスね」

「結局、出番がなかったでござるな」

「きれいでち」


 別に看破で見る必要はない。

 これは成功している。魔導具ノイタイエルの完成だ。

 認証部分に、まだ不明な部分はあるが、サムソンならなんとかしてくれるに違いない。

 上手くいけば、飛行島が一人一台も夢ではない。

 夢がふくらむ。


「皆! 上! 何か落ちてくる!」


 そんな時、ミズキの焦りを含んだ声が響く。

 見上げると、何かが落ちてきている。

 凄いスピードで!


「皆、離れろ!」


 大声をあげて、ノアを抱えて走って距離をとる。


『ドォォン』


 けたたましい音を立てて、ノイタイエルを踏みつぶすかのように、大きな金色の円柱が地面に突き刺さった。

 それは。


「これって、あの迷宮で見たトーテムポールじゃん!」


 落ちてきた物体。

 それは、迷宮ランフィッコの地下で見たトーテムポールそっくりなものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る