第300話 おうちにもどって
結局、帰宅までには1日かかった。
こちらの世界に来てから、歩くのには慣れたと言っても、丸一日というのは堪える。
町に戻ってから3人と別れる。
「これからすぐに戻るんスか?」
「いいえ、船の手配があるので……あと二ヶ月位はこの場所にとどまります。それから船を乗り継ぎ、故郷へと帰るつもりです」
別れ際、そんな話になった。
元の世界と違って、船は毎日出ているわけではない。
特に遠方へと向かう船については、随分と待ち時間がある。
大平原の西の端にある港町まで一気に向かう船らしい。
出航まで、あと2ヶ月もしくは3ヶ月ほどかかるということだ。
「じゃあ、せっかくだからさ、暇つぶしにどっか行こうよ」
「そうですね。それはいい考えです。知ってますか? 闘技場側に、美味しいお菓子を出すお店があるんですよ」
「いいね、いいね。そこ行こう」
アンクホルタとミズキ、そしてカガミは一緒に遊ぼうという話で盛り上がっていた。
オレは少し疲れた、しばらくゴロゴロしていたい。
「わしは、もう疲れた。船の時期まで、ゴロゴロしてすごしたいものだ」
ヒューレイストが別れ際、笑いながら言った。
良かった。仲間がいた。そうだよな、休める時に休まなきゃな。
「私は、今まで何も考えてなかったからな。ゆっくり考える」
ウートカルデは何も考えていないと言って、その会話には加わらなかった。
だが、良い笑顔だったので、別に心配はしていない。
そうして別れて、別荘へと戻る。
「くつろいでるぞ」
サムソンが忌ま忌ましげに言った。
護衛を頼んだ、キンダッタと、その従者マンチョ。
マンチョに対しては許そう。なんか庭で仕事しているし。
キンダッタのやつは、まるでこの屋敷の主人のように、ロッキングチェアに揺られ、お茶を飲んでいた。
ゆらゆらと揺られ、入り口とは逆にある窓から外を見ていた。
「トッキー。少々、部屋が寒いですゾ。薪をくべて欲しいでのですゾ」
「あっ、ハイ。ただいま」
そして、彼の周りをかいがいしくチッキーが世話をしていた。
トッキーとピッキーも何やら作業をしている。
「おかえりなさいでち」
最初にチッキーが気づいて、こちらへ駆け寄ってくる。
「ただいま、チッキー。元気だった?」
「はい、みんな元気でち」
「何もなかったですか? キンダッタ様は優しくしてくれましたか?」
カガミが、チッキーに声をかける。
「悪者が襲いかかってきまちた。でも、キンダッタ様が撃退したでち」
「まじで?」
サムソンが、襲われた話を聞いて、大声を出した。
驚きのあまり、ついつい大声がでたようだ。
くつろぐキンダッタの様子を見た時に、少々釈然としない気持ちにはなったが、皆が元気でしかも悪者を撃退したというのなら、ゆるそうではないか。
というか、キンダッタのやつ本当にくつろいでいるよな。この期に及んでもなお、オレ達に気づいていないし。
「うん? チッキーお客さんかね?」
ようやくチッキーが入り口で話をしていることに気付いて声をかける始末だ。
それも、まるで屋敷の主人であるかのように声をかけていた。
「はいでち。お嬢様達が帰ってきたでち」
振り返り、チッキーが返答する。
「えっ? もう?」
びっくりしたように、裏声になったキンダッタが、ピョンと立ち上がり、オレ達を見た。
油断しすぎだろ。
確実に、あいつはくつろいでやがった。
立ち上がった拍子に、パサリと落ちたひざ掛けなど放置して、タタッとオレ達の方へと駆け寄ってくる。
「いや、皆様。無事で何よりですゾ」
「キンダッタ様も、元気そうで良かったです」
「いや、なに、ははは。では、そろそろワタクシ達は立ち去りましょうゾ。あっ、そうそう、報酬については後日受け取りに来ますゾ。皆様、お疲れでしょうし。んでは。では、マンチョ!」
「畏まりましたでゴンス」
そんなことを言って、そそくさと帰っていく。
帰りはすごくテキパキと動いて、マンチョに引かれた馬にのって去って行った。
「マンチョ様は、料理をいっぱい知っていたでち」
そう言って、チッキーがドーナツをいくつか持ってくる。
品数が増えている。
「へー、増えてるじゃん」
「はいでち。これはクリームを表面に巻いて焼いたドーナツでち」
ホワイトチョコレートのように白いソースがかけられたドーナツ。
木の実が混ぜ込んであるドーナツ。
ドーナツの種類が増えている。
「今日はおいらたちがおもてなしします」
加えて、給仕の仕方などを習ったそうだ。
迷宮探索で、疲れていたこともあり3人に任せることにした。
「何か大がかりな料理を作ってるっぽいっスね」
「ほんと」
「火ならサラマンダーに頼んでもいいよ」
台所からミズキの声が聞こえた。
「忘れていたでち」
そういえばオレ達がいない間、サラマンダーやウンディーネがいなかったから、火や水は大変だったろうな。
しばらくの間、新作ドーナツを食べながら3人の活躍を待つ。
「できたでち」
「魔法もいっぱい使う、すごい料理です」
出されたのは意外な料理だった。
「これ! 米じゃん!」
「さすが、ご主人様達。知っておいでですか」
「凄いでち」
とりあえず食べてみる。
変わった食器だな。この料理を食べるためのスプーンらしい。長方形で先がへこんでいる。つまり長方形をしたスプーン。
見た感じ、やや黄色がかった米に、刻んだ野菜が散らしてある料理だ。
さっそく食べてみる。
「うん、米っスね」
「だけど、普通の米とはちょっと違うな」
異世界だしな。しかし、お米だ。懐かしい味。
「何ていうか、洋風の米?」
「タイ米に似てるっスね」
「そうそう、これって何だっけあれ」
ミズキが、手をふらふら動かして何かを思い出そうとしていた。
あれじゃわからない。
でも確かにどこかで食ったことある。有名な料理だ。
「会社の飲み会で……ほら、食べた」
「あっ、パエリア。パエリア」
思い出した! そうだ。パエリアに似ている。
でも、米がこの世界にもあったのか。
パンを作るための麦があるので、存在していても不思議じゃないけれど。
いままで見なかったから、この世界には存在していないと思っていた米料理。
「こんな料理を覚えてくれるなんて、嬉しいよ」
そうオレが言うと、3人はすごく照れたように笑った。
「一緒に食べないんスか?」
3人は料理が出来上がって、皆の席によそおった後も立っていた。
「はいでち」
「特訓の成果を見せます」
「マンチョ様に、客人のおもてなしの方法を習いました」
なるほど。一緒に食べなかったのは、特訓の成果を見せたいからか。
「じゃあ、今日はおもてなしを受けようか」
3人はちょこまかと動いてお茶をついでくれたり、料理を追加してくれたりと、目まぐるしく動いてくれた。
聞けばキンダッタやマンチョが、護衛の傍らこういった料理を教えてくれたり、給仕のやり方なども細かく指導していたらしい。
「いっぱいお客様を呼んで練習したでち」
「本番が何よりの練習だと言っていました」
なんだと。
あいつ、護衛のついでに、客まで呼んでいたのか。
「くつろぎすぎだろ、まったく」
「まぁ、護衛をしっかり務めてくれたっていうことなので、いいと思います。思いません?」
少々釈然としないが、料理に給仕と獣人3人の成長も著しい。
何より3人が楽しそうなので、よしとするか。
チッキーは、キンダッタが呼んだ客人から、服と、服の飾りをとても褒められたらしい。
着ていたのはギリアで買った服だそうだ。一番立派な服。
「カガミ様と、ミズキ様に選んでもらったお気に入りでち」
その服に、カガミがギリアの貴族からもらった装飾の一つをつけていたという。
細やかな木工細工、加えて色鮮やかに塗られた飾りは、基本は髪飾りだが服につけてアクセントにもできるらしい。
ちなみに、今回の米料理。この世界ならではの、不思議な方法で米を調達していた。
「でっかい……お米?」
「皮をむくまでトウモロコシかと思った」
元々は大きな一つの白い、お米の粒に似た野菜。
これを魔法で縮小し、更に増殖させる。
そうすることによって、米のように大量の粒を作り出していたのだ。
実演する様子をみると、チッキーの小さい手からあふれるように米が出て、ちょっとした手品を見ているようだった。
「久しぶり、魔法はやっぱり凄いと実感したぞ」
「まぁ、結局はさ、キンダッタに任せてよかったじゃん」
久しぶりの米が嬉しかったのか、ミズキが笑顔でお代わりをお願いした後、笑って言った。
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