第301話 閑話 旅路と目的

 ギリアにある領主の城。

 その自らの執務室にてヘイネルは遥か眼下に広がる湖を見ていた。

 湖の氷はもう既に溶け、本格的な雪どけの季節は間近だ。

 そんな時期に、一足早く仕事に励む港の領民を見下ろしていた。

 満足そうに小さく頷くヘイネルの側に、そっとお茶が差し出された。


「あぁ。ありがとう、エレク様」


 お茶の入ったカップを手に取り、ヘイネルがお茶を持ってきた少年に声をかける。

 真新しい深い青の服に身を包んだエレク少年は、身をすくめ首を振った。


「エレク様はやめてください。エレクとお呼びください。ヘイネル様」


 そして、手を小さく前で振り懇願するようにヘイネルに言った。


「そうか。では……エレク。ありがとう」

「はい。ところで、そろそろ雪解けの季節ですね。夏前にはリーダ様達は、戻ってくると聞いております」

「ふむ。確かに。連絡はついた。戻ってくると即答だった。おそらく雪解けを待ってから中央山脈を越え、ギリアまで戻ってくるのではないかと思う」

「それにしても、まさか帝国領にいるとは思いませんでした」


 エレク少年の言葉に頷き、ヘイネルは外を見ながら呟く。


「確かにな。勇者の軍にいる者が噂しなければ、フェズルードにいることすら分からなかった」

「領主様が、勇者の軍に伝手があってこそですね」


 エレクの言葉に、ヘイネルが頷く。


「当初、ラングゲレイグ様は3ヶ月だと見ていた」

「領主様が? 3ヶ月ですか」

「誰にもバレずに隠れていられるのはせいぜい3ヶ月。特に、あの者たちは目立つからな。どうやっても静かにできない者達だ」

「えぇ。確かに」

「なので、ラングゲレイグ様は、3ヶ月間の内に、一件の後始末にケリをつけるべく動かれていた。彼らが見つかった時には、問題がないような形にしておく、そういう計画だったのだ」

「なるほど」


 エレク少年は大きく頷く。

 その姿を見てヘイネルは小さく息をはいた。


「だが、彼らは、はなから領主の命令など聞くつもりはなかったようだ」

「それは一体?」

「まず、彼らはクイットパースまで向かった。途中の町にはよらず、真っ先にクイットパースまで。それもとんでもない速さだ。王都からの使者によれば、昼夜問わずに馬を走らせたと思われる……そうだ」

「潜伏ではなく、逃亡を選んだということですね?」


 エレク少年の断言するかのような問いに、ヘイネルは苦笑した。


「当初は、我々もそう思った」

「はい」


 頷くエレクを見て、ヘイネルはしばらくして口を開いた。


「だが、やつらはクイットバースで、のんびりと過ごしていたようだ。王都の使者が追いつく直前までな。しかも、潜伏するつもりなどまるでなし、立派な宿にとまり、夜な夜な飲み歩き、職人を集めて、なにやら工作までして遊んでいたそうだ」

「それは……」


 忌々しげに語るヘイネルとは違い、エレクの顔は、好奇心に満ちていた。

 そんなエレクの顔を見て、再びヘイネルは小さくため息をついた。


「それから、彼らは王都の使者がクイットパースへと到着する直前に船に乗り、南方へと向かった。国外に出るというのだ。そういう判断も悪いとは言わない。打ち合わせの時間もなかったしな。だが……」

「だが?」

「彼らは行く先々で、話題を振りまいていた。隠れるつもりがないことが、誰の目にも明らかだった」

「確か南方にて、白魔ピデドモを討伐したと」

「はっきりはしないが、おそらく彼らだろう。南方の土地へ、我々はここにありと、宣伝しつつ、彼らは進んだ。にもかかわらず、誰も彼らの足取りが追えなかった。ようやくつかめた居場所が、あの迷宮都市フェズルードだったということだ」

「迷宮都市フェズルードは帝国領、しかも、迷宮都市は特殊な事情があり入るための許可はおろか身元確認すらしない。帝国領だからこそ、ヨラン王国としては手が出しにくく、そしてリーダ様達にとっては滞在しやすい場所」


 すらすらと出てくる、エレクの言葉に、ヘイネルが小さく頷く。


「そうだ。確かに、ヨラン王国からの影響を考えることなく滞在する場所としては十分な条件が整っている」

「さすがリーダ様ですね。考えてみると、これ以上ないという好条件です。加えて、ギリアからも中央山脈を越えてすぐと、比較的近い位置にあります。素晴らしい判断です」


 リーダを褒めるエレク少年を、ヘイネルば眉間にしわを寄せ黙って見ていた。

 だが、たしなめるようなことができない。

 エレクという少年の、今の立場はリーダ達によるところが大きい。

 彼らによって、エレク少年に秘められた魔法の才能は、開花した。

 そして彼はそれから成功への階段を駆け上がった。

 それを考えると、何も言えようはずがない。


 だが。


「しかし……だ、私には彼らが、いやリーダという者が、そこまで深く物事を考えて動いてるかどうか疑問に思うのだ」


 ついつい、苦笑しつつエレク少年に対し言葉を発する。


「そうなのですか?」

「なんとなくだが、彼らは行き当たりばったりで行動してるのではないか……そう思えてならないのだよ」

「まさか? 行き当たりばったりにしては、上手くいきすぎです。足取りすら追えなかったのも、考え抜かれた計画があってこそかと」


 エレクは楽しそうに笑い、明るい声で否定した。


「ふむ。何にせよ、彼らには戻ってきてもらわねばならない。いればいるで次々と騒動を起こすが、いなかったらいなかったで、これもまた厄介だ」


 そう言ってヘイネルため息をついた。


「厄介な者達だ」


 加えて、誰に聞かせるでもなく小さく呟く。

 そして、手に持ったお茶をしばらく見つめたあと、一口飲み、言葉を続けた。


「戻ってきてもらわなくてはならない。彼らに説明もしなくてはならない。今、彼らが置かれてる状況を。そのために、関所に人を配置した。クイットパースにも念のために人をやっている。彼らが、どういう判断を下すのかわからない。だが、伝えるべきことは伝えなくてはならない」

「はい、それは確かにそうです。このようなことになるとは、想像だにしておりませんでした」

「確かにな」

「ですが、ヘイネル様」

「うん、何かね、エレク?」

「私は少し気になることがあるのです。気になるというか、予感なのですが……」

「予感かね? 言ってみなさい」

「はい、あのリーダ様達が、まっとうな方法で戻ってくるでしょうか?」


 お茶を飲みつつ、エレクの言葉を聞いたヘイネルが眉間にしわを寄せる。

 それが起こったのはちょうどそんな時だった。

 ヘイネルの視線の先。ギリアにある湖。そこに巨大な水柱が立った。

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