第299話 まるでおとぎばなしのように

「てやんでぇ」


 まただ。


「誰の声だ?」

「なになに?」

「次から次へと、今日はわけがわからぬでござる」


 ハロルドが困惑したようすで感想を漏らす。


「てやんでぃ」


 モグラ?

 誰が話しているのかと思ったら、モグラだった。

 モグラがキョロキョロと辺りを見ながら「てやんでぇ、てやんでぇ」と、鳴いている。

 でも、そんな声でなくモグラなんて知らない。

 異世界モグラだからなのか?


「妙な鳴き方をするモグラでござるな」


 ハロルドも首をかしげている。

 異世界でも珍しいのか。

 それとも、何だ? モグラじゃないのか?

 そして、モグラは立ち上がり、地面を見つめ、何かを持ち上げた。

 小さなツルハシだ。小さなモグラが、その背丈に似合う、小さなつるはしを取り上げる。


「てやんでぇ、てやんでぇ」


 そう鳴きながら、コツコツと、地面を打ち付け始めた。

 何をしているんだ?


「てやんでぇ。てやんでぇ」


 ひたすら「てやんでぇ」と鳴きながら、コツコツとツルハシを打ち鳴らす。

 打ち付けられるツルハシによって、地面に小さな窪みが出来上がる。

 だが、それだけだ。

 何がしたいのだろうか。


「まさか? それは?」


 アンクホルタが、何かに気がついたようだ。


「アンクホルタ様、これは一体……」


 オレが問いかけようとしたとき。


『ゴゴゴゴゴ』


 地響きがした。

 とても強い揺れを伴った地響きだ。


『ドンドン……ドォン』


 さらに3回ほど大きな爆発音がした。

 随分と遠くの方で鳴り響いたように聞こえる。


『ドォン』


 更に続いて、爆発音がして、天井に巨大な穴が開いた。

 タイマーネタで開けた穴ではない。急に穴が空いたのだ。


「てやんでぇ。てやんでぇ」


 モグラは、そんな爆発音はお構いなしに「てやんでぇ」と鳴きながら、ツルハシを振るい続ける。

 さらに天井に開いた穴はどんどん大きくなる。

 そこには、元々、土などなかったかのように、土は消え去り、穴が大きく広がる。

 やがて、空がはっきり見えるようになった。

 透き通るような青空が。


「やはり、その子はノーム」


 ノーム?

 どこかで聞いたことあるな、土の精霊だったかな。

 確か昔遊んだゲームに出てきた。

 この世界にきて……そうそう、ケルワテ。

 勇者の軍が通るための、聖剣までの道をつくった精霊だ。

 こんなモグラだったのか。


「てやんでぇ。てやんでぇ」


 驚くオレ達に目もくれず、ノームは必死になってツルハシで地面を叩き続ける。

 穴はさらに広がり、ヒューレイストの支えが無くても、安心な程の大きさになった。

 巨人となっていたヒューレイストは倒れこむと、すぐに小さく元に戻った。

 そんなヒューレイストへとミズキが駆け寄る。


「いいよね?」

「もちろんだ」

「それは……?」

「いいから、いいから。助けてもらったんだし」


 ミズキはヒューレイストへエリクサーを飲ませた。

 彼の体は輝き、タイマーネタによって傷ついた手の怪我もすぐに消えた。


「まさか?」

「胸の焼けるような痛みが……腕の傷も?」

「ヒューレイスト!」


 3人が驚きの声を上げる中、ノームの活動は止まることなく続く。

 今度はオレ達いる場所が、ゆっくりと持ち上がる。


『ドォン……ドォン』


 ゆっくり、ゆっくりと、爆破音を立てながら。

 まるでエレベーターに乗っているかのように、地面は持ち上がり、瞬く間に地上へと到着した。

 すごいなぁ、ノームは。

 閉じ込められた状況から、あっさりと地上へと戻ることができた。

 これほどの土木工事をやろうと思ったら、相当な時間と人手が必要になる。

 元の世界でも、これだけのことをやったら、相当なコストがかかりそうだ。

 当のノームはというと、ツルハシを放り投げ、仰向けになり、ぜえぜえと荒い息を上げていた。

 もう全力でやったというのがありありとわかる様子だ。

 おかげで助かった。

 完璧に、安全に、オレ達を地上まで送り届けてくれた。


「お嬢……」


 傷が完全に回復し、体調も戻ったヒューレイストが、泣きながら抱きついていたアンクホルタへと声を上げる。

 助かった安堵というよりも、何か申し訳なさそうに見えた。


「いいんです。いいんです。あなたが無事であれば」

「ああ、そうだな。まだもう少し時間がある。大丈夫だ。きっと」


 アンクホルタも、ウートカルデも、慰めるように声をかけていた。


「だが! 私が我慢すれば!」

「我慢できようがないじゃないですか。あのままだと、貴方は死んでいたのですよ」

「ですが、お嬢」


 アンクホルタ達の会話でなんとなく分かってきた。

 多分。目的の代物ってのは。


「すみません。もしかして、皆さんが迷宮都市フェズルードへと来たのはエリクサーを探してでしょうか?」


 確認の言葉を投げかける。

 エリクサーを飲んで、体の傷、そしてモルススの毒に侵された体を回復した。

 ヒューレイストがそれに負い目を感じる理由。思い至る理由はたった1つ、他には思いつかない。

 何らかの理由でエリクサーを必要としていたのだ。他に助けたい人間がいたのだろう。


「あぁ。そうだ。でも、貴方達の行為にとやかく言うつもりはなく、感謝している」


 やはりそうだった。

 エリクサーが、目的か。


「そうでしたか。ところで、先ほどのは、お嬢様を助けていただいたお礼です。そして、あれだけでは、私達の分が足りません」


 小瓶を取り出し、アンクホルタ達の前に置く。


「これは……ははは」


 ヒューレイストが乾いた笑いをあげる。


「こんなことが……こんなことが……」


 ウートカルデがうわごとのように、呟いた。


「本当に、本当に、皆様はおとぎ話でも出てくる人達のようですね」


 アンクホルタは涙を流しながら笑っていた。


「エリクサーを探していたのですか」


 カガミがオレ達の方へと近づいてきた。


「えぇ。エリクサーが……必要だったのです」

「誰かを癒やすために?」

「いや、違う」


 ウートカルデがゆっくりと首を振り言葉を続ける。


「我ら巨人族。その里を、取り巻く結界を復活させるためだ。触媒に、エリクサーを使う大魔術」

「えぇ。過ちにより、失われかけている結界を……結界を取り戻すため。わたくし達の旅はそのためにあったのですよ」


 エリクサーを触媒に使う魔法ってのがあるのか。

 もう、使う触媒を聞くだけで、凄い魔法ってことが分かる。

 巨人族は巨人本来の姿を取り戻すと、モルススという国が振りまいた、毒に負けてしまう。

 だから結界を張ってしのいでいた。

 でも、何か理由があって結界が駄目になった。

 だから結界を張り直す。そのためには、触媒にエリクサーが必要だった。

 そういうことか。


「でも、これで助かる。結界は張り直せ、巨人族は助かる」

「それで、ヒューレイスト様は、巨人の姿になってから急激に体調を崩されたのですね」

「そういうことだ。生きながらえることができるとは、思わなかった」

「本当に、本当に、ありがとう」


 アンクホルタが涙声で、俺たちにお礼を言う。

 これでオレ達は本を手に入れて、彼女達はエリクサーを手に入れることができた。

 今回の迷宮探索は大成功だったってことだ。

 それから、のんびりと歩いて帰ることになった。

 オレ達が出た場所は、フェズルードから随分離れた場所だった。

 遠くに見えるフェズルードまで歩くことになる。

 まばらに雪が積もった茶色い地肌の荒野を、寒い寒いといいながら歩く。

 数日の間、ずっと迷宮探索をしていた間に随分と移動したものだ。


「徒歩でこんなに歩くのって久しぶりですね」


 吐き出す息が白くなる中、トボトボと帰る。


「たまにはさ、こんな感じで、のんびり歩くのもいいよね」


 寒いと言いながらも、達成感があり、全員が笑顔だ。


「ノアちゃん疲れてない?」

「ううん、大丈夫なの」


 ノアも疲れた様子であったが、小さく笑って答える。


「あれ、ノームがついてきてるじゃん」


 そして、随分離れた場所にノームがいた。

 一緒についてくる様子だ。


「さっき、一緒に来るかどうかを聞いたっスよ」

「で、何て?」

「てやんでぇって。そうっスよね。ノーム?」


 プレインの言葉にトコトコと走って、こちらに駆け寄ってきた。


「もしかしたら、ゲオルニクスさんが迎えに来てくれるもしれないね」

「それだったらさ、それでいいよ。帰りたければ帰ればいいし、それまでは一緒にいよう」


 オレの言葉に、ノアが嬉しそうに笑った。

 会話の中身が分かったのだろうか、ノームはオレ達の周りをくるくると駆け足で回った。

 軽やかな足取りは、嬉しそうに見えた。


「てやんでぇ」


 そして、小さく鳴いた。

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