第298話 ほんとうのすがた

 オレ達が降りてきた坂道も、そしてトーテムポールがあった空間も、瞬く間に崩れ落ち、土砂に埋まった。

 突然のことに頭がうまく働かない。


「カガミ! とりあえず壁でオレ達を囲んでくれ」


 何とか絞り出し、カガミに呼びかける。

 オレの声に反応し、電流が走ったようにビクリと動き、彼女は服の袖を震えるてで摘まむ。

 あの辺りに壁を作る魔法陣が縫い込んであるのだろう、それからすぐに詠唱する。

 だが、焦りは明らかだった。

 震える声での詠唱は、突如止まり、頭を振る。


「もう一回初めから……」


 カガミが呟いた。

 もう間に合わない。


『ドォン』


 ひときわ大きな音が響く、そして次の瞬間崩落は止まった。


「私じゃない……え?」


 カガミが小さく呟いた後、驚きの様子でオレの背後を見た。

 その視線の先を、振り返り、オレも見る。

 降り注ぐ土砂を、体を張り、ヒューレイストが受け止めていた。

 そう。ヒューレイスト。

 だが、いつもの彼とは違う。

 オレ達の何十倍もある巨体。

 そう、その崩落を受け止めたのは巨大化したヒューレイストだったのだ。

 見下ろした彼と視線が合う。


「皆……無事のようだ。よかった」


 小さく呻いた後、絞り出すようにヒューレイストは言った。

 降り注ぐ土砂をその体で受け止めている為か、それとも土砂の重さによるものか、酷く辛そうな声音だった。


「いけません! そのままではあなたが!」


 アンクホルタが悲鳴のような声をあげる。


「お嬢。誰かがこうしなくては全滅したのです」

「だが、お前が……」

「誰がやっても良かっただろう? 老い先短い、わしがやるのが一番だった。今回は惜しかったのだ、あと、3ヶ月ある。大丈夫、きっと上手くいく」

「あ……あ……あぁ」


 アンクホルタが声を詰まらせる。


「ところで皆さん。わしはこれを支えるので精一杯だ。なんとか脱出する方法を考えて欲しい」

「えぇ。お任せ下さい」


 方法ならあてがある。魔導弓タイマーネタ。あれで天井を吹っ飛ばし穴を開ける。

 ヒューレイストに当たらないように、気をつける必要はあるが問題ない。

 すぐに魔導弓タイマーネタを取り出し、上に向ける。

 サムソンに手伝ってもらい、位置を調整し、触媒をぶち込む。

 落ち着いてやれば、問題なくできるはずだ。


「ゴホッ。ゴホッ」


 ヒューレイストの咳き込む音が辺りに響く。

 その後何かを飲み込むような音が響いた。


「もう、やめて、土砂を受け止めるなら、わたくしでもできます!」


 アンクホルタが泣きながらヒューレイストに訴える。


「ひょっとして、苦しそうなのは土砂の重さなんかが理由じゃない?」


 オレの独り言が聞こえたのだろうか、ヒューレイストが苦しげに笑う。


「そうだ、我ら巨人族がこの地で巨人になれば、モルススの毒にやられ、長くは持たない」

「でも、あれって昔話じゃなかったんスか?」

「人にとって、多くの獣人にとって、過去の話であっても……モルススの毒は、いまだ世界を覆っている。薄くなったとはいえ、我らには毒であることは変わりない」

「もういい。必要なら、私が他の者に話して聞かせる、お前は喋るな」


 ウートカルデが苦しそうに話すヒューレイストを止める。

 ヒューレイストの話を聞きながらも、オレはタイマーネタを上に持ち上げ、発射の準備を進めていく。

 サムソンも、ゴーレムの手で発射位置の微調整を手伝ってくれた。

 触媒も込めた。

 あとは発射だけだ。

 ひどく苦しそうなヒューレイストが気になる。

 急がなくては。

 ヒューレイストの顔は、すでに真っ青だ。

 苦しいのを必死にこらえて、下にいるアンクホルタ達へ慰めているように声をかけている。

 早く。早くしなくては。


「ラルトリッシに囁き……」


 いつものようにキーワードを呟き、手を動かす。

 勢いよく。

 それで、フルパワーだ。大丈夫。貫けるはずだ。

 そして、タイマーネタを発射する。

 ただ、発射の瞬間。


「ダメ!」


 ノアがタイマーネタの射線上に飛び上がった。

 いや、射線上のさらに先へと身を乗り出し、その先にある何かを掴もうとしたのだ。

 慌てて手の動きを止める。だが、完全には止められない。

 フルパワーで発射されなかったが、巨大な魔法の矢が、ノアへと襲いかかる。


『ドォン』


 爆裂音をたてて、砂埃がヒューレイストの体によって作られた空洞に舞う。

 大量の血とともに、ノアが地面へと落下する。

 ノア!

 不味い。なんてことだ。


「ノア!」


 大声で叫ぶ。

 ノアは叫ぶオレの顔を見て、大きく口を開けて凍りついたように動きを止めた。

 よかった無事だ。

 でも、あんなに血が……。


「カガミ!」

「大丈夫。怪我はしていない……でも」


 いち早く、ノアに駆けつけたカガミがノアをみて、声をあげる。


「怖かったよね。ノアちゃん?」


 優しく声をかけるカガミをチラリとみて、ノアが泣き出した。

 大きな泣き声が小さな空間に響き渡る。

 でも、どうしてノアは飛び出したんだ?

 何があったんだ?


「大丈夫だ。嬢ちゃん。わしは平気だし、それにほら」


 巨人となったヒューレイスト震えながらも片手をゆっくり降ろし、手を開いた。

 大量に流れた血は、ヒューレイストが手を怪我をして流した血だったようだ。

 そして、ノアとヒューレイストが、必死になってかばったもの。

 それはモグラだった。

 先程、ゲオルニクスが連れていたモグラの1匹のようだ。

 射線上にそいつはいたのだろう。

 なんてことだ。

 気がつかなかった。


「ごめんなざい。ヒック……ごべんなさい……ごめんなさい」


 泣きながら、えづきながらノアが繰り返し謝る。


「気にすることはない。わしはかすり傷だ。ほれ、このとおり巨人だから、流す血もほんのすこし多めなだけ。だから泣くな。な?」


 ヒューレイストが、ことさらにゆっくりと声を出した。

 苦しいのを耐えながら、ノアを思いやって、ゆっくりと。

 そうだ。ノアが謝ることはない。

 そもそも、射線上の確認が不足していたオレのミスだ。


「もうわかっただろう。わしはもうすぐ死ぬ。モルススの毒、はたまた迷宮の瘴気、すでに手持ちの薬ではまにあわん。それに、わしは怪我をしても当然だ。死んでもしょうがないだけのことを、そなたたちに思っておった。いざとなれば、お前達を捨て石にするつもりでおったのだ」

「でも、そんな」


 それは違う。思うのは自由だ。

 オレだって、いざとなればノアや同僚を優先する。

 そんなのは死んでもいい理由にならない。


「だから、これでお互い様。さて、先程のやつをもう一回ぶちかますんだろう?」


 そうだった。

 こんな話をしている間も、ヒューレイストの様子はどんどん悪くなっている。

 急がなくては。


「サムソン、頼む」

「まかせろ」


 もう一度、魔導弓タイマーネタを持ち上げる。

 今度はきちんと、射線を確認して。

 間違わないように狙いをつけて。

 前もそうだった。

 あれほどの大破壊力を持つ攻撃を放つというのに、オレは前方に何があるかどうかをロクに把握していなかった。

 前回は油断から。そして今回は焦りから。

 オレが射線上をきちんと把握しておけば、こんなことにはならなかったのだ。


「ノアのせいじゃないよ」


 えぐっえぐっと、しゃっくりをあげるノアに声をかける。

 ノアのせいではない。泣く必要なんてないよと、声をかける。

 今度は何もないことを睨みつけ、もう一度タイマーネタを発射すべく触媒を込める。

 その時だった。


「てやんでぇ」


 その場にいた誰でもない声、甲高い声が聞こえた。

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