第295話 モルススのどく
「何の魔法陣っスかね」
「保存の魔法陣だと思います。思いません?」
念の為、アンクホルタに占ってもらったところ、大丈夫という結果だったので、さっそく物色する。
テーブルの上にある大量の本。適当にパラパラとめくり、よく分からない物は影の中にかたっぱしにぶち込む。
部屋の奥には蓋がずれた箱が置いてあった。
オレ達の目当ては本だ。
とりあえず箱には興味が無い。
逆に、アンクホルタ達は、別の物が目当てなようだ。
だからこそ、片っ端から宝箱をあけていた。
そして、今回のように箱があれば、余さず確認する。
「あの。箱の中に、本もあれば……」
「えぇ。何があっても、必ず報告いたします」
「お嬢!」
ウートカルデは、箱を一通り確認し、罠が無いと判断したようだ。
無造作に蓋を開けて中から何かを取り出した。
本を調べながら、チラリと見たところ小瓶のようだ。
アンクホルタがその小瓶を見て、顔を曇らせていた。
「無いよりかはマシだ」
「申し訳ありません。わたくしの力不足で……」
「何、これはこれで、いいものだ」
「そうです。このように保存の魔法陣があったにもかかわらず、瘴気にやられて品質が劣化したのでしょう」
「どうかなされたのですか?」
アンクホルタ達の意気消沈した声音が気になったのだろう。
カガミが、恐る恐るといった調子で声をかける。
「いえ。ご心配なく。これが箱の中にあったのですよ」
そういって、テーブルのうえに、数本の小瓶と、ぼろ切れ、パイプやボロボロの袋を置いた。袋の中には土が入っていた。かっては何か別の物で、劣化して土になったのかもしれない。
小瓶は、薬類のようだ。
「毒消しに、病気を治癒する薬品ですね」
カガミが、小瓶を少しだけ睨み、言葉を発した。
看破の魔法でみたのだろう。
「病気を、病を癒やす……私達は、これが欲しかったのですよ」
アンクホルタが力なく笑った。
その様子から、彼女達が望む物ではなかったことがわかった。
だが、この迷宮に、これ以上、他に進む道はなかった。
つまり、ここにある物で、この迷宮の宝はおしまい。
彼女の力ない笑みは、失望を示していた。
だからこそ、アンクホルタの力ない笑みに、オレ達は何もいえなかった。
あったのは、薬と本か。薬。毒消しに、病気の治療薬。毒に病気か。
「そうですか。もしかしたら、この部屋の主はモルススの毒を用心して、そんな薬を用意したのかもしれませんね」
置いてある薬から、先ほどスライフから聞いたモルススの毒を思い出した。
ちょっとした雑談だ。
あまりアンクホルタ達の様子に深入りしたくなかったので、話題を変えたかったのもあった。
「モルススの毒?」
「でも、どうしてモルススの毒なのです?」
モルススの毒。
オレの言った、その一言に、ヒューレイストの表情が変わり、アンクホルタが語気強くオレに問い返してきた。
何か不味いことを言ったのだろうか。
というか、よくよく考えるとオレの発言自体、さきほどの薬瓶から離れていなかった。
「いえ、先ほど、この地下にはモルススの毒が渦巻いていると聞いたもので、それでふと思い出したのです」
「ここに、モルススの毒が?」
「ふむ。フェズルードにある迷宮に渦巻くのは瘴気のはずでござるが……。あの黄昏の者は、瘴気をモルススの毒と呼ぶでござるか」
モルススの毒、ハロルドも知っているのか。
「確かにスライフはそう言っていたけど……一体、モルススの毒って、何か特別な物なのか?」
あまりにも、回りの食いつきがすごいので、なんだか無性に気になってくる。
「特別というか、昔話に出てくる毒の事でござるな」
「昔話?」
「世界を統一した王朝。モルススという、病を操る国。別名、病の王国。そのモルススが世界中にばらまいた病を引き起こす毒。それがモルススの毒と呼ばれる代物なのです」
アンクホルタが、オレをみて言った。
昔話をするにしては真剣な顔に、違和感を覚える。
「そんな怖い国が、世界を統一したのか」
毒ガスもどきを世界中にばらまいて世界統一とか、非道すぎるだろ。
「えぇ。世界を統一し、栄華を極め、そして魔神により滅ぼされた。最も古く、最も強大な国といわれる国です」
アンクホルタの言葉に、ハロルドも頷く。
有名な話なのか。
ん?
でも、そんなに有名なのに、今までモルススなんて国を聞いたことがないな。
吟遊詩人の話にも、魔神についての話の中にも、モルススなんて名前は出なかった。
「確かに、瘴気の症状は、モルススの毒に似ている……、もしや瘴気の……」
「まぁ、あまりモルススの事は言わぬがよかろう」
ヒューレイストがモルススの毒について話をしようとしたところを、ハロルドが止めた。
ピシャリと言った様子の、物言いが気になる。
「どうかしたのか? ハロルド?」
「んん? あぁ、そうでござるな。モルススの事を言うと、黒の滴に襲われるといわれるでござる」
「くろのしずく……」
「うむ。そうでござるよ姫様。黒の滴。巨大で真っ黒な水の粒。死の象徴と呼ばれる代物でござる」
「それも、昔話とかそんなのなんスか?」
「違うでござる。黒の滴は実在する。ほんの十数年前にもヨラン王国に落ち、かの国に大混乱を引き起こし、回り巡って世界動乱の引き金となったこともある。確かに実在する存在でござるよ」
「あのね、怖いよ。モルススのこと言うの止めよう」
ノアが、オレの裾をギュッと掴んで声をあげた。
ハロルドの言い方もあって、怖くなってしまったようだ。
「そうですね。暗い迷宮で、怖い話は、止めた方がいいですね」
アンクホルタが小さく微笑む。
「では、お嬢。休憩はおしまいにして、もう少し、探してみましょう」
ウートカルデが、アンクホルタに声をかける。
そうだな。
お話は、この辺りを調べた後にしよう。
そんな時のことだった。
「見つけた!」
サムソンが大声をあげた。
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