第296話 ゲオルニクス

「ここにあるのは、魔道具の作り方とか魔法の本がほとんどだ」

「そっか。ノイタイエルの作り方もあったのか?」


 サムソンの様子をみて、当初の目的を忘れているのではないかと不安だった。

 もともと、魔導具の作り方が載っている本を探しに来たのだ。そう、飛行島のエンジンになる魔導具。魔導具ノイタイエルの作り方が載っている本を。


「もちろん。見つけたのはノイタイエルの作り方だ」

「よかった」

「ここにも、引き出しがあるっスよ」


 プレインが土砂に埋もれた小さな棚を指さす。


「机の引き出しは、私が」


 ウートカルデが素早い動きで、棚まで近づくとなれた様子で調べだした。

 本は、オレの影の中にぶち込んでいく。

 収穫の詳細は、迷宮をでてからで良いだろう。

 アンクホルタ達が目的としている物が、どこかにないか、半壊した部屋を隅々まで調べる。


『ガラガラガラ』


 背後で、大量の石が落ちてきた音がした。


「もしや、地竜?」


 ハロルドが声を上げる。

 巨大な茶色い何かがゆっくり闇から姿を現す。

 地竜よりさらに大きい。

 その尖った頭がグルリと動いてオレ達を捕らえた。目は赤く光り、まるで車のライトのように、オレ達全員を照らし出す。

 壁に穴を開けて姿を現した、それはネズミ……いや巨大なモグラだった。

 巨大で水かきのような形状をした足が特徴的なモグラ。

 いや、ちがう。生物でない。モグラの形をした……なのだろうこれ。


「ゴーレム!」


 アンクホルタが声をあげる。

 そうだ。

 ゴーレムに似ているのだ。というより、モグラ型のゴーレムか。

 さらに、その回りには、数匹のモグラ。

 奇妙な事に、全てのモグラがその小さな身の丈にあったツルハシを持っている。


『ガコン』


 モグラ型のゴーレムが頭を持ち上げ、次に顎が外れたように口が大きく開く。

 そして口から人が出てきた。

 もじゃもじゃ頭で、もじゃもじゃのヒゲ。短パンにサンダル。上着はボロボロの布製に見える。目だけはギラギラと光り、オレ達を睨みつけている。

 ゆっくりとだが、がに股で大柄の男がこちらに向かってきた。


「何だァ、お前ら? 地竜はどこいっただか?」


 そんなことを言いながら近づいてくる。左手で頭をかきながら、右手をズボンの中に手を入れ、ボリボリと股間を掻きつつ、向かってくる。


「ひっ」


 ミズキが小さい悲鳴を上げ、後でアンクホルタ達が何かを言っている。


「姫様、後に」


 ハロルドがノアへ声をかけた。

 位置関係からみて、ノアが一番近い。

 得体の知れない人物だ、ハロルドの言うように、ノアは離れた方が良い。


「地竜はァ?」


 再び、男が質問を繰り返す。

 怪しい風体だが、敵というわけでもないだろう。


「地竜なら、つい先ほど倒しました」


 とりあえず、質問に答えることにした。

 無視する理由もないしな。


「そっか。どうでもいいだァ。追いかけてきたら、こいつを見つけるとは、おいらァ運がいい」


 男はにんまりと笑い、トーテムポールを見上げる。

 先ほどオレ達が戦った地竜を追いかけてきたのか。

 今までの様子から、この男が乗っているモグラ型のゴーレムも、地面の中を進めるようだ。

 人型でないゴーレムもあるんだな。

 アンクホルタが言うまで、あれがゴーレムだと思いもしなかった。


「そのトーテムポールが、何か?」

「とーてむぽーる? んーんー。なんでもねぇ」

「そうですか」


 とりあえず宝が目的という感じでもなく、地竜を倒したことも気にしていないようだ。

 男の興味は、トーテムポールだけのようだし、警戒する必要もないか。

 そう思った時だった。


「おめえ」


 ボリボリと体をかきながら、男がノアの方に近づいていく。

 ちょっと待て。

 ノアに近づくなら話は別だ。

 2人の間に割って入ろうとやや小走りでノアに近づく。

 彼は右手を股間からだし、ノアの顔を覗き込んだ。


「おめぇ、ひょっとして……」


 そう言いながら、男は右手をノアの方へと動かした。


「おい、やめろ!」


 間一髪だ。

 ギリギリのタイミングで、オレは男の右手を弾くことができた。

 あぶない。


「なんだ、おめぇ!」


 男がいきなり大声をあげた。モグラ型のゴーレムを取り巻いていた、ツルハシをもったモグラ達も、ツルハシを構えて臨戦態勢に入ったのが見えた。

 だが、そんなことは関係ない。


「汚い手でノアに触るな!」


 この野郎、さっきまで股間を掻いていた手で、ノアのホッペに触ろうとしやがった。

 さすがに、それは見過ごせない。

 男の眉が釣り上がる。

 その瞳がチラチラと光を伴い、眼光の鋭さが増した。

 だが、怯むわけにはいかない。


「何がきたねぇだ! おらのどこがきたねぇ!」


 ドスの利いた声で、男がオレに向かっていった。

 その怒声に、ノアが怯えたのか、後ずさりしてオレの背後に隠れる。

 剣を構えたハロルドがオレの横に立った。


「リーダ」


 ミズキ、オレの側に剣を構えて立つ。

 皆、怒っている。

 そりゃ怒るだろう。


「あたりまえだろうが、この不潔野郎が」

「おらのどこが、どこが汚いだァ?」


 何を言っているんだ、コイツ。


「お前、さっきまで自分の股間触ってたろ。そんな手でノアに触れようとしやがって、常識的に考えて汚いに決まってるじゃないか!」

「何言ってるんだ、おめぇ?」


 目の前に男はそれを聞いて、意味が分からないって言った調子だ。

 さきほどまでの怒号が嘘のように、怪訝な様子で声をかけてきた。

 何をしらばっくれてるんだこいつ。

 しょうがない。

 こういう輩には、しっかり言わねばならない。


「いいか! よく聞け!」

「あぁ」

「ノアに触りたかったらまず手を洗え!」

「あぁ?」


 男が何言ってるんだ、コイツといった様子で聞き返す。


「えっ?」


 ところが、オレに賛同するはずのミズキや、ハロルドも、オレの言葉に不思議なリアクションをした。

 えって……。

 なんでお前らまで、そんな態度なんだよ。

 まるで、オレだけがおかしな事を言っているようではないか。

 まったく。

 ここで、頼りになる大人はオレだけか。

 しょうがない。徹底的に言わねばならない。


「いや、手だけじゃダメだ。つうか、とりあえず服も着替えろ。綺麗にしろ。顔も洗え、髪も洗え、綺麗にしろ。髭も剃れ!」

「ちょっと、リーダ」


 カガミが焦ったように声を挟む。

 ちょっと、言い過ぎたかもしれない。

 だが、もう、やけだ。

 こっから先も全部言ってやる。


「風呂に入れと言ってるんだ! 風呂に入って、体を綺麗に洗って、歯も磨け! ノアに近づくんだったら、まずは、そうやって身だしなみを整えてからだ」


 思いつくまままくし立ててやった。

 これだけ言えばわかるだろう。

 目の前の男は、口をぽかんと開けたままオレをずっと見ていた。


「キキキ」


 しばらく、全員が無言の時間が過ぎた後、男の肩に1匹のねずみが上り、耳元で何か囁くように鳴いた。

 ネズミといっても、とんがり帽子を被って、小さなマントを身につけている様子から、普通のネズミじゃなさそうだ。


「おめぇ、おらが風呂に入ればいいって言うたか?」

「さっきからそう言ってるだろうが」


 あれほど言ったのに、通じていなかった……。少し悲しくなる。


「風呂は嫌いだ」

「嫌いとか言うな。どうでもいいから、とりあえず清潔にしてから来い」

「あのね、温泉があるの。温泉は気持ちいいよ」


 風呂が嫌いだとかいう男に、ノアが温泉を勧める。


「温泉?」

「ギリアにね。温泉があるの。すっごく大きくて入るとぽかぽかするよ」

「んー」

「キキキ」


 ノアの言葉を聞いて、腕を組み考え込んだ男に、再びネズミが反応した。

 すぐに男は静かに首を振り、口を開いた。


「全くわからんやつだ。まぁ、風呂入ればいいなら、風呂入るわぁ」


 そう言いながらゆっくりと後ずさる。

 振り返り振り返り、不気味なものを見るような男の目が気になる。

 何だこいつ。


「其方、もしや、ゲオルニクスか?」


 ハロルドが去りゆく男に、声をかけた。

 ゲオルニクス?

 問い掛けられたその男はまたしばらく無言だった。

 歩みを止め、しばらくオレ達を見ていた。


「キキキ」

「そうだ。おらの名前はァ、ゲオルニクスだァ」

「そうか、やはりゲオルニクスにござったか」

「なんかァ、面倒になったから一旦帰るわぁ」


 そう言ってゲオルニクスという男は、モグラの口の中に入っていく。

 ばくんと、モグラが1回口を閉じたかと思うと、ノソノソとトーテムポールの方へと歩いていった。

 そして、ゴリゴリと岩を砕く音を辺りに響かせ、あっという間にトーテムポールを食べ尽くした。

 唖然とするオレ達を無視して、ゲオルニクスが乗ったモグラ型のゴーレムは、再び土の中に戻っていく。

 後に、数匹の小さなモグラを引き連れて、ゲオルニクスは去って行ったのだ。


「結局、何だったんだ、あいつ」

「ゲオルニクス」


 ウートカルデは呟くように言った。

 ハロルドも言っていたな。

 有名なのか。

 異世界から来たオレ達にはいまいちわからない。

 モルススの毒といい、知らない事がやはり多いな。


「ゲオルニクスは、伝説の呪い子でござるよ」


 そんなオレの疑問に答えるかのように、ハロルドが言う。


「伝説の呪い子?」

「おとぎ話でしか聞いたこともない方だったのですが、本当にいらっしゃったんですね」

「どんな人なの?」

「大地を喰らうゲオルニクスは心優しき呪い子。皆に怒られたくないので、地面に潜り、ずーっとずーっと地下深くへと潜り、やがて消えてしまいました」


 ハロルドは歌うように、ノアに答える。


「子供の頃に、あんまり言うこと聞かないとゲオルニクスに連れて行かれますよ……なんて、母にいわれていました」


 アンクホルタが、懐かしそうにハロルドの言葉に付け加える。

 なるほど。


「あれか」

「ん? どうしたんスか? 先輩」

「あれに似てるな。悪い子はいねぇがーって、部屋に入ってくるやつ」

「えぇと、やまんばじゃなくて……そうそう、なまはげでしたっけ?」

「確かに、リーダやカガミ氏のいうとおり、なまはげっぽい話だな」

「それにしても、まさかゲオルニクスが実在していたとは。まだまだ知らぬことばかりでござる」

「ちょっと怖かったよね」

「あれはおそらく、簡単な恐怖攻撃だったのでしょう」

「恐怖攻撃? 何も感じなかったけど」

「リーダってさ、鈍感だから」


 安心したように、落ち着いたミズキがヘラヘラと笑いながら言った。

 なにが、鈍感だ。

 誰よりも早く、ゲオルニクスからノアを守ったろうが。


「リーダは、なかなかの強者である故」

「うん。リーダがね。バッと出てきてガーって言ったの」

「そうですね。お風呂に入れ、なんて言うとは思いませんでした」

「汚れたままの手で触ったら、まずいだろ?」

「そりゃあ、そうですけど……」


 何せよ必要なものは手に入れた。

 アンクホルタ達には申し訳ないけれど、ここにはもう何もない。


「もう……戻るとするか」


 そう言っていた時だ。ガラガラと天井が崩れだした。


『ドーン』


 さきほどまでトーテムポールがあった辺りの天井が崩れ、大量の土砂が降り注ぐ。


「まじで?」


 サムソンの声が響いた。

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