第289話 かいてきなめいきゅう

 それからもずっと順調だ、基本前衛の2人の出番はなかった。

 オレ達が魔法の矢を撃って終わり。

 1回だけスライムが天井から落ちてきてバタバタした。

 スライムは、ゲームで出てくるような雑魚キャラではなかった。

 素早く動く巨大アメーバ。

 そんなスライムにサムソンが狙われた。


『ボチャン』


 濁った水音がして、頭上から落ちてきたのだ。

 気配も感じず、あっという間の出来事だった。


「ちょっ、マジか」


 サムソンは、最初こそ混乱していたが、すぐに自己発火の魔法で、自分に被さったスライムを焼き尽くした。


「全身を自己発火の魔法で……」

「大魔法使いのなせる技だな」


 これも同行する彼らに言わせると、ありえない対応方法らしい。

 オレ達は知らなかったのだが、全身を自己発火させることなど普通はしないらしい。

 大体は手のひら。そう、手のひらだけ。

 自覚はなかったが、今までも凄いことをやっていたようだ。


「わしらがスライムに遭遇した場合はな……、奴らは火を嫌うので、たいまつであぶり、距離を取り、それから油瓶を投げつけて燃やす」

「結構時間かかりそうっスね」

「前に襲われたときは、半日以上かかりましたね」


 しみじみといった調子で言ったアンクホルタの発言に引く。

 あんなネバネバ物体を相手に半日とか、考えるだけでうんざりする。

 そんなわけで、戦闘は楽だったわけだが、同行した3人もボーッとしていたわけではない。

 上半身裸のヒューレイストは、スライムの酸攻撃で受けたサムソンの怪我を手当してくれた。 ウートカルデは、扉の鍵を外してくれ、いくつかの宝箱を開けてくれた。アンクホルタは、隠された通路や、見つけにくい宝箱を探し出してくれたりする。

 それに、数ヶ月にも及ぶ迷宮探索の経験は頼りになった。


「そろそろ、この辺りで休みましょう」


 大きな部屋に来たとき、アンクホルタが提案した。


「うむ。ずっと起きておくわけにも行かぬからな」

「ノアノアも寝ちゃってるしね」


 そうなのだ。

 ノアは寝ている。

 とても、起伏の激しい通路があった。大人だと、ヒョイと跳び越えることができる起伏でも、ノアには辛そうだった。

 そこで、ノアをおんぶして進んだわけだが、その途中で寝てしまったのだ。


「ずっと洞窟で時間の感覚が狂っているが、多分、外は夜だぞ」

「ノアちゃん、眠いの我慢してたのかも……そう思います。思いません?」


 言われてみると、結構疲れているな。

 飯くってから随分と時間が過ぎている。


「じゃ、今日はここで一旦休憩っスね。そう考えると、結構良い場所っスね」

「えぇ、大きな部屋に扉は2つだけ。見張りさえしっかりしていれば、安心して過ごせるかと」


 アンクホルタの言葉で、この場所で休むメリットに気がつく。

 経験者の言葉だ。素直に従おう。


「じゃ、家を出すから。応援よろしく」

「了解」

「全員でやったほうがいいな」


 海亀の背にあった小屋を持ってきているのだ。

 ゆっくり影から持ち上げる。

 迷宮内で休む場所として用意したもののうち1つだ。


「い……家!」


 ウートカルデが言葉を失っている。

 残り2人も、驚きを隠せないでいる。

 なんとなく嬉しい。


「さて、皆様もどうぞ。客間……は無いですが、皆様の分のベッドも用意しますよ」


 少々手狭になるが、問題はないだろう。

 ベッドは……ノアとカガミ辺りが一緒に寝れば間に合うはずだ。


「フフフ」


 アンクホルタが笑い、言葉を続ける。


「こんな、迷宮探索になるとは、夢にすら思いませんでした」


 確かに、影収納の魔法がなければ、家なんて持ってこないだろうしな。


「おい、ヒューレイスト。準備は必要なさそうだ」


 背負っていたバックパックから、何かを取り出そうとしていたヒューレイストに、ウートカルデが言葉をかける。


「じゃあ、今日は私が料理しようと思います」


 カガミが手をあげる。


「なにつくるん?」

「寒いので具だくさんのスープにしようかと思います」

「火とか使って大丈夫なのか?」

「煙が立ちこめても私達が困らないように、風で運んでくれるとヌネフが言っていました」

「へー。やるじゃん」


 皆、よく考えているな。オレは適当に物を持ってきただけで、火を使った後のことなんか考えてもいなかった。

 確かに、地下で火を焚いて煙まみれになるのは嫌だ。

 それはともかく、ミズキ……あれ、手に持っているの酒だろ。

 まったく。緊張感のかけらもない。


「見張りはどうするっスか?」


 プレインの一言に、ミズキがやばいって顔をしていた。

 見張りのことを忘れてやがったな。あいつ。


「ワンワン」


 ハロルドが、くるくると回りながら吠える。

 ロンロと、ハロルドでなんとかなりそうだな。


「とはいえ、犬に任せるわけにはいかないだろう」


 ヒューレイストがハロルドを見下ろし言った。

 確かに、正体をしらなければただの子犬だしな。

 ロンロだって、オレ達以外には、見ることも、その声を聞くこともできない不思議人物だし。


「私が、最初の見張りに立とう。今日は余裕がある。一晩、私一人でもいいくらいだ」


 結局、彼が最初の見張りに立つことになった。

 ロンロとハロルドが見張っているので、安心はしているが、見張りは多い方がいいだろう。

 でも、今日を通して一番働いていたのは彼だと思う。

 鍵開けに、罠を外す。どれも神経を使う仕事だ。

 あまり根を詰めないでいて欲しいな。


「でも、食事だけでも先に取ってくださいっス。ボクがとりあえず見張っておくっスから」


 同じことをプレインも考えたのだろう、プレインが見張りは自分が立つから、食事を取るように勧めた。

 そんな感じに、誰が見張りに立つかを決めているうちに、良い匂いが立ちこめてきた。


「はっはは。いやはや、皆様、規格外ですな」


 ヒューレイストが、突如大笑いした。


「ひょっとしてお腹すいてた?」


 ミズキが、笑って応じる。


「そうですな。良い匂いだ。我々は運がいい。やはりお嬢の判断は正しかった」


 暖かい料理がそんなに嬉しいのかな。

 そんな今日の料理は、ティラノサウルスの肉が沢山入ったスープ。

 それにチーズを挟んだパン。


「暖かいご飯は嬉しいですね」

「いつもはどのようなものを?」

「そうですね。日持ちがして、少ない量で十分な栄養が取れるもの……でしょうか」


 なるほど、荷物が限られていると、食べ物も選択肢が限られてしまうのか。

 結果的に、美味しくない食事が続くと……。


「尽きたら、地上に戻らざるえない。こう、無尽蔵に物が持てるというのは、迷宮の探索において素晴らしいことですな」

「今回のようにテーブルについて食事が取れるとは思いませんでした」

「あとで、あちらでお風呂にはいって、それから上のお部屋を使ってください」

「お風呂にさ、変なカエルいるから。その子に言うとお湯降らせてくれるからさ」


 カガミとミズキが、この小屋について説明する。


「まぁ、ありがとう」


 アンクホルタは、とても嬉しそうに笑った。


「なんだか、意味がわかんなくなってきた」


 そんなオレ達のやり取りをみて、ウートカルデが下を向いてボソリと呟いたのが聞こえた。

 睡眠は大事だ。

 快適な環境で休めたおかげで、皆が元気に迷宮探索を再開する。

 ちょっと寒いのは問題だが、後は快適。

 美味しいご飯を食べ、のんびり気分で迷宮を進む。敵もそんなに強くない。1回トロールが出たが、火柱の魔法で焼き尽くした。

 火柱の魔法については、すぐに使えるように、取ってのついた魔法陣が描かれた板を用意したのが役に立った。カガミが常に携帯していて、ロックを外すと蛇腹状になって折りたたまれた板が広がり、火柱の魔法陣を展開する。取っての部分に、小さく起動の魔法陣を描き込んでいるので、手に持ったまま火柱を撃つことができる。

 すぐに使えて超強力。

 それはさておき、地下にある迷宮では、時間の感覚がなくなりがち。

 そのような環境にあっても、地上から光が差す場所もあったりする。

 本当に、小さな日の光なのだが、光を浴びるとやはり太陽の明かりって言うのはいいものだと実感できる。


「先に進めば進むほど、体力はすり減り、物資は尽きていく。逆に赤龍の力なのか、魔物はより強力な個体が増える」

「迷宮の探索は、いままで消耗する自分との戦いだったのですよ」

「今回は運も良い。まだまだ、我々が苦戦するほどの魔物が出てきていない」

「それがなくとも、皆様のおかげで予想以上に順調に進めています。ありがとうございます」


 下に進んでいく時に、アンクホルタがオレ達に向かって、改まった調子でお礼を言った。


「時間がないのでな」


 それにヒューレイストが付け加えたのが気になった。

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