第290話 たてあな

 それからも、迷宮探索は続く。

 特に問題はない。

 順調に進む。

 スケルトンが出れば魔法の矢。

 大きなゴブリン……ホブゴブリンが来たら電撃。

 スライムが出れば誰かが飛び込んで、自己発火で燃やし尽くす。

 今はウートカルデが宝箱を開けようと頑張っている。

 ゲームとちがって、鍵を開けるのには時間がかかる。

 1時間以上は当たり前。

 長いときは丸一日。特に寒く暗い迷宮は、作業が遅れがちなのだとか。

 今はウィルオーウイスプの力で明るいとはいっても、寒いのは変わらない。


「うー。寒い、寒い」


 先ほど、付近の様子を見て回っていたヒューレイストが戻ってきた。

 地下に降りるほど、辺りの気温は下がり、湿気が強くなる。


「寒いなら上着を着ろ」

「これはこれで気合いが入るのだ」


 作業をしながら突っ込みをいれたウートカルデの一言に、上半身裸のヒューレイストが応じた。

 確かに寒いなら上着を着ればいいと思う。

 というか、上半身裸の理由って、精神的な事だったのか。

 もしかしたら、魔術的な理由かと思っていたけれど、違った。


「それにしてもこれは暖かいですね」


 席についたアンクホルタが、布を少しだけ持ち上げて笑う。

 防寒対策の二つ目。こたつだ。

 トッキーとピッキーにお願いして作ってもらった。椅子にすわってぬくもるタイプのこたつテーブルだ。

 暖房の要は、大きな暖炉石。ギリアにある温泉を暖めるために、前に作った暖炉石を応用した。

 淡々と宝箱をあけるための作業をしているウートカルデには悪いが、寒いのだ。

 皆でこたつに入って、ウートカルデの作業を見守りつつ、過ごす。

 温かいお茶をのみ、カロメーをぱくつきながら。ほっと一息。


「あのさ、リーダ。なんだか私達って金運に難ありだってさ」


 ミズキが残念そうにそんなことを言った。

 こいつ自分のことを占ってもらったのか、金運に難ありって、酒の飲み過ぎで金が尽きるってことだな。きっと。


「何を占ってもらってるんだか……」

「フフ。ちょっとした余興です」

「まぁ。お嬢の占いは当たるが、努力次第で結果は変わる」

「んー。私は、やはり止めとこうと思います」

「じゃあ、ボクはどうっスか、金運?」


 テーブルに置いた水晶をじっと眺めたあとで、アンクホルタが笑う。


「えぇ。プレイン様はいずれ大金持ちになるようですね」

「やった!」

「1割ちょうだいね、1割」


 オレも何か占ってもらおうとおもったりしたが、いざとなると中々いい質問が思いつかない。

 仲良くなりはしたが、込み入った質問をするわけにもいかない。

 そうなると結局は、金運くらいしか聞くことがないのだ。


「やっとできたぞ」


 占いに興じているとサムソンが声をあげた。


「できたって、ヒーターですか?」

「そうだ。羽を回すようにしたぞ。ほら」

「あたたかい!」


 サムソンが作った羽のついた壺に、手をかざしてノアが笑った。

 今はオレの足に座っているノアは、のけぞるようにオレを見上げて笑っている。

 こたつテーブルにオレ達が全員座ると、少し手狭になるため苦肉の策だ。


「だろ。後はこれを……」


 サムソンは、宝箱の前に陣取って作業中のウートカルデの側へ、壺を傾けておいた。


「これは……助かる。これで、手がなめらかに動く」


 しみじみと言った様子で、ウートカルデが言葉を発する。

 以前から、手がかじかんでいて、繊細な作業に苦労していた。

 暖炉石を渡してはいたが、やはり両手が自由になる環境で手が温かい方がいいのだろう。


「なかなか、大物だ」


 それからしばらくして、鍵がようやく開いたようだ。

 中には兜。金貨。それに……。


「ん? お嬢!」

「……これは、魔力回復の薬ですね」


 大量の薬瓶。看破では魔力回復の薬と表示されていたらしい。

 アンクホルタとカガミが2人揃ってそう言っていた。

 そして、迷宮探索はさらに続く。

 洞窟探索はなかなか楽しい。

 敵を倒し、財宝を得る。

 特に強い敵がいないので、楽勝ムードが続いている。

 アンクホルタが罠を見つけてくれて、ウートカルデが簡単に外してくれる。

 罠を解除し、鍵を外すのに時間がかかることはあるが、オレ達は待つだけ。


「あはは。ノアノア、わかりやすい」

「むー」


 待ち時間は、回りを見張りつつ、こたつテーブルで時間を過ごす。

 今はトランプで時間を潰している。

 ちなみに遊んでいるゲームはババ抜き。

 さっきからオレとノアの連合軍は負けっぱなしだ。

 皆、容赦がない。

 ノアは自分の手札にババがあるとき、一言も喋らない。加えて、その手札からババが抜かれそうになると、オレを見るのだ。


「ふむ。この度は、わしが一抜けのようだ」


 ヒューレイストが、嬉しそうな声をあげる。


「おい。ちゃんと見張りしてるんだろうな?」


 そんなヒューレイストに、ウートカルデが言葉をかけた。

 最近は、ウートカルデがかわいそうに思えてきた。

 彼一人、延々と仕事している後で、オレ達は遊んでいるわけだからな。

 ということで、ここ数日、ウートカルデは見張りは免除で過ごしてもらっている。

 今回の宝箱はすぐに開いた。

 中身は銅貨。

 それにしても、敵を倒して、財宝を手に入れて、これぞファンタジーって感じだ。

 財宝とは言うものの、実際のところ大したものは見つかっていないけれど。

 でも、楽しい。

 宝箱を開けて、束の間、やや大きめの広間へと出た。

 このくらいの広間は、いままでもあったが、今回は少し違った。


「これは……縦穴……」

「随分と深い穴のようだぞ。これ」


 サムソンがのぞき込み感想をもらした。

 確かに、真っ暗で見えない。

 湿気た風がしたから吹き付ける。ひんやりした風がほほをなで、穴を覆う暗闇をいっそう引き立てる。

 試しに石を投げ落としてみたが、地面に石が当たった音は、いつまで経っても鳴らなかった。


「目指すものは、この下にあるようです」


 アンクホルタは水晶を見てしばらくして口を開いた。


「じゃあ、降りようよ」


 ミズキが簡単な調子で提案する。

 だが、どういう方法で降りるかだ。

 3人の同行者は特に、いいアイデアがなかったようだ、ロープが足りないっていうことでギブアップ。

 最終的に、オレ達が2チームに分かれ、を念力の魔法で浮かせて降りることにした。

 2つのベッドにそれぞれカガミとオレ、プレインとサムソンとミズキが乗る。


「アンクホルタ様は、ミズキの方へ、ヒューレイスト様とウートカルデ様はこちらに座っていて欲しいと思います」

「これで、どうされるのですか?」

「念力の魔法で、ベッドを浮かせるのです。念力の魔法は視認していないと動かせないので、互いに互いのベッドを動かして、進む予定です」


 片方が視界ギリギリまで下ろし、もう片方がその後、相手側のベッドを降ろす。

 順繰り順繰りに。

 降りる前に、少しテストしてみて問題なかったので即実行。

 途中、コウモリなどが襲ってきたが、念力を使っていない他の人間が、弓矢で撃ったり、叩き落としたり、はたまた魔法の矢で射落としたりと、順調に対処し降りていく。

 延々と続き、いい加減飽きてきた頃になってようやく地面へと到着した。

 そこは開けた空間だった。

 巨大な空間。

 ふと上を見上げると、暗闇の先に、うっすらと地肌が見える。

 オレ達が降りてきた縦穴は、途中でやや斜めになっていたようだ。


「どうやら……先客がいるようです」


 アンクホルタが緊張した面持ちで言う。

 その声は少し震えている。


「たーいへん。向こうに……」


 ロンロが慌てた様子で声をあげる。


「あぁ、ちくしょう」


 ウートカルデが忌ま忌ましげに剣を構える。

 何かがいるのはわかるが……あれは、何だ?

 アンクホルタやロンロ、そしてウートカルデが警戒する相手。

 魚? ゴツゴツとした体表をしているが、正面から見た姿は、鯉に似た魚だ。

 独特の威圧感があるから魔物には違いないが、何だ、アレ……?


「覚悟はしていたが、相手をしたくなかった」

「あれ、魚っぽいけど、何スか?」


 プレインの言葉に、ヒューレイストが前に進みファイティングポーズをとりながら言う。


「地竜だ」

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