第284話 せんきゃく
「お前達は何者だ?」
背後から抑揚のない声が聞こえる。
手をほんの少し上げ、仲間達に合図し落ち着くように伝える。
合図が通じたのだろう。オレが冷静と判断して、皆が落ち着きを取り戻してくれた。
ハロルドも、うなり声をあげるのをやめ、睨むだけだ。
「何者と言われましても、迷宮を探索しようかと思いまして」
できるだけゆっくりと、落ち着いた声音で返答する。
正直言って、怖い。喉元に刃物を突きつけられるのは初めての経験だ。
思ったより、この刃物大きいな。
「なぜ、隠し通路のことが分かった?」
「なんとなく」
「そんなわけがないだろう」
確かに言われればそうか。こんな長い通路の、特に印があるわけでもない所を見つけたのに、なんとなくはないか。
「あなた方がここで何かをしてるのを見たんですよ。で、先程まであったはずの通路がなくなっていたので調べたというわけです」
しょうがないので本当のことを言う。
見ていたのはロンロだ。気配を感じなかったのだろう。
「うっ」
背後の男は、オレの答えに言葉を詰まらせて無言だった。
随分と長い間、無言の時が過ぎた。
「其方が気配を察しきれなかっただけだろう」
通路から男の声が聞こえた。背後に居る男とは別、もっと年配の声だ。
「ウートカルデ! 刃を下げなさい」
さらに、今度は若い女性の声が聞こえた。
「いや、しかし……」
刃物はそのままで、背後の男が反論する。
「もう一度言います、刃物を下げなさい。ウートカルデ。これは命令ですよ」
命令ですという言葉に反応してパッと刃物が取り除かれた。
安全になったかと考えて、ふと振り向いたが、男の姿のなかった。
少し離れた場所、通路の奥に女性の姿が見える。
そして男が2人立っていた。2人とも筋骨隆々な男だ。
1人は丸腰。両手に何も持っていない。このクソ寒い中に上半身裸で、灰色の短髪。両手に身につけた金属の小手だけがギラギラと鈍く光っていた。
もう1人は薄着の皮鎧を着た男だ。先ほどまで首につきつけられていた短剣を持っていたことから、先程まで、オレの背後にいたのはこの男だろう。
確か、ウートカルデと呼ばれていたな。
そして一番後ろ1人の女性。薄手のローブに身を包み、両手で抱え込むように巨大な水晶玉を持っていた。ローブの上からさらにパーカーに似た上着を羽織っている。パーカーの頭の部分には猫の耳があしらってあった。
彼女はオレの前まで歩いてくると、パーカーの頭の部分を、スリーと後ろへ倒し、ニコリと微笑む。
紫の色の髪をした女性。髪の色は、深紫。ノアの髪よりもずっと深い紫色だ。
瞳も紫。
「御無礼を皆々様方。既に枯れ果てた迷宮、誰も近づくことはないと思っていた所へ、的確に道を見つけたのです。少し警戒させていただきました」
「いえ、びっくりしただけです」
オレもその謝罪に静かに応じる。
ノアがオレの袖を引っ張った。
見下ろすと、不安そうにオレを見ていた。
「大丈夫だよ。ノア」
小声でノアに笑顔で答える。
「ところで皆様はどうしてここに?」
「ちょっとした……そう、探検ですよ」
「なるほど、そうでしたか。もしよろしければですが、私たちと一緒にこの迷宮を探索しませんか?」
彼女はいきなりオレ達に同行の提案をしてきた。
今、会ったばかりの人間にする提案とは思えない。
「いきなりの提案ですが、一体どうしてそのような提案を?」
オレと同じことを考えたのだろう、サムソンが警戒心を隠すことなく、彼女へと聞き返す。
ミズキもサムソンを一瞥し、腕を組んだまま、彼女を見つめていた。
「この通路のことは、あまり人に知られたくないのです。とはいえ、何度も、地下深くへ潜ろうと挑戦してみましたが。少しばかり力不足を実感してもいます。そこで、あなた方が来たのも何かの縁と考え、お誘いしました」
微笑みながら、彼女がそう答えた。
言っていることに一理ある。確かに、こんな所にある隠し通路を見つけている者は、そうそういないだろう。
彼女たちは自分達だけで独占しようとしていたが、オレ達が見つけてしまった。
そうであれば一緒になって探検し、見つけた物を山分けした方が良いと考えたのだろう。行き詰まっているとも聞く。
もっとも、彼女の言うことが全て本当であればだが……。
「ですが、お嬢。こんな得体の知れないやつらを引き入れて、しかもこいつらどう考えても探索慣れしているとは思えないです。私は反対です。正直言って我らが望むものと、こいつらが同じものを望んでいたら、いかがされるのですか?」
まくし立てるように抗議する短剣を持った男の様子で、彼女の言葉が真実であると確信した。
演技には見えない。
「お嬢の判断は今までずっと正しかった、わしはお嬢に従う」
「ヒューレイスト。お前まで何を……」
上半身裸の男が頭をかきながら、短剣を持った男ウートカルデへと言葉をかけた。
そう言われたウートカルデは首を振り、女性を見つめた。
「どうでしょうか、みなさま。この者は、迷宮にある罠や、隠された物を見つけ、対処できる技術があります。そして、もう1人は格闘技術に優れています。加えて、医師として治癒術士として十分な力量があります」
水晶玉を持った女性は、そんな短剣を持った男の抗議のこもった視線を無視し、アピールをはじめた。
なおかつ、彼女に近づき何かを言おうとした、短剣を持った男の手で制し、言葉を続ける。
「わたくしも多少なら魔法の心得がありますし、ほんの少しの予知ができる術も心得ております。同行するにあたって、足手まといにならないと思いますが、どうでしょうか?」
メンバー構成的に悪い話ではない。
むしろ、罠を外したりできるというのは、オレ達に欠けている技能だ。
一応、キンダッタというあてはあるが、選択肢は多い方が良い。
彼女の提案を、受けてもいいのかもしれない。
「では、少し考えさせてください。仲間とも相談したいですし」
「えぇ、そうでございますよね。わたくしはアンクホルタと申します。良いお返事を願っております」
そう言って彼女は自分達の泊まっている宿を教えてくれた。
「この宿……」
「場所は分かりますか?」
名前を聞いた瞬間に場所が分かった。
キンダッタの泊まっている宿だ。
人気のある宿なのかな。
彼女達も、今日の探索はおしまいということで、一緒に戻る。
ちなみに、通路の向かい側にある壁の下を思いっきり蹴ることで、隠された通路は消え、ただの壁にもどることがわかった。
とりあえず下見の成果は十二分にあった。対応は……皆と相談かな。
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