第283話 したみにいこう

 目的地である迷宮ランフィッコは、フェズルードの町中にある。

 町中といっても、ほぼ廃墟の地区だ。

 犬だか狼だかわからない生き物の死骸があったくらいで、誰も居ない。

 茶色と灰色が目立つ地面に、うっすらと雪が積もった路地を進み、迷宮を目指す。

 空を見上げると、チラチラと雪が降り、歩くうちに吐き出す息が白くなった。

 屋敷から、1時間ほどの距離だった。

 この世界にきてから、徒歩1時間なら近いなと思ってしまう。ずいぶんと慣れたものだ。


「看板がある」


 寒さでほっぺが赤くなったノアが、アルファベットのAに似た形をした建築物を指さす。


「ランフィッコ入り口。入場料……小金貨1枚……あとは読めないな」

「入場料。これって今は違うよね?」


 周りを見回しても人がいない。

 しかも、看板もしっかりと設置されていない。外れかかって傾いている。


「昔は、入場料とっていたってやつだろ。看板も外れ掛けてるし、誰も居ない。大丈夫、大丈夫」


 誰かにいわれれば払えばいいやと思い、看板の入場料を無視して、中へと入る。

 薄暗く不気味だ。

 だが、問題ない。


「ウィルオーウィスプ! 周りを照らしてくれないか」


 オレ達にはたいまつが必要ない。手が塞がらない状態で明かりが得られるというのはとても便利だ。

 何の飾り気もない、石作りの壁と通路、そして天井。

 材質が同じなのだろう、やや暗めの灰色一色だ。

 壁には延々と、細い溝が掘ってあった。


「地下で光を得るためぇ。あれに油を差して火をつけるのよぅ」


 ロンロの解説で、溝の正体が分かるまでは、何のためにあるのか不思議だった。

 通路は緩やかな下り階段が続く。


『カツーン、カツーン』


 足を踏み出す度に、靴音が響く。

 靴の違いだろうか、先頭を進んでいるミズキの足音が目立って響く。

 そんな道だった。

 しかも足場が少し湿っていて、気をつけないと滑ってしまいそうだ。


「うわっ、思ったより寒い」


 両肩を抱えるようにしてミズキが言う。

 確かに寒い。外はちらほらと雪が降るぐらいなのだから寒いのは当然だが、外の寒さと比べ物にならないぐらい寒い。

 ひょっとしたら、水筒の水が凍るんじゃないかって言うぐらいの寒さだ。


「これは……厚着してきた方がいいかもしれないな」


 サムソンが言うとおりだ。厚着をしてきた方がいい。

 下見をしてよかった。


「でも、本当に何もないよね」


 下見に備えて、冒険者ギルドでミズキが地図を買ってきてくれた。

 迷宮ランフィッコはもう調べ尽くされているので、地図も破格の安さだ。

 のんびりと地図を見ながら進む。

 赤茶色の壁画が描かれた壁があるくらいで、ミズキが言うとおり何もない。


「牛だ」

「こっちは……人か」

「いや、これは猿だぞ」


 最初こそは、壁画に何が描かれているを興味深く見ていたが、すぐに飽きてしまった。


「何もないよね」

「一応さ、一通りみたら帰ろ」


 寒いのもあって、下見は早々に切り上げ、帰ることにした。

 魔物もいないし、何もない。

 探索されつくした迷宮というのは間違いがないようだ。

 何かがあるとしたら、隠し通路か……部屋かな。

 もっともどうやって見つければいいのか見当がつかない。

 寒いから、ちまちまと探すのも面倒だ。

 対策は……帰ってから皆で考えるしかないか。

 寒さに震えながら、ゆっくりと戻る。


「あらぁ。人がいたわぁ」


 先行して進んでいたロンロが急いで戻ってきて、そう言った。


「人?」

「男の人2人と女の人1人ぃ」

「悪人?」

「うーん。多分冒険者かしらぁ。バックパック背負ってるわぁ」


 何もないところで冒険者か。

 せっかくだ、オレの方から挨拶してみよう。

 探索され尽くした迷宮。そこに人がいるというのは、少し気になる。

 もしかしたら隠し通路があるのかもしれない。

 こちらにはハロルドがいる。

 いさかいになっても対応可能だ。

 ロンロの案内で、通路を進む。


「ここを曲がってぇ。その先」

「あれ?」

「いないわぁ」


 ところが、ロンロが見たという人影はそこにはいなかった。

 曲がり角を曲がった先は、まっすぐ進む通路が延々と続く。

 地図によると、先には小部屋があり、行き止まり。


「見間違え?」

「違うの、えっとぉ、こっちに通路があってぇ」


 ロンロが言うには、まっすぐな通路だけではなく、左側にそれる道があったということだ。

 つまりT字路。さらにT字路があったとされる、場所の天井を指さす。

 天井をつついていたということだ。

 見た感じ、色が違うとか、コケが生えているとか、そういうことはない。

 今まで通りの石造りの天井。


「なにかあるのかな」


 ミズキが、手に持った槍で天井をコツコツとつついた。


『ガコン』


 小さな音が響き、左側の壁がカラカラと動き出した。

 そして、通路が現れる。

 隠し通路!

 先程の男女は、これを知っていたのだ。

 探索され尽くしたといわれる迷宮は、まだ先があるということになる。

 スライフの助言によれば、きっとこの通路の先に目指す物があるのだろう。


「どうするの?」

「そうだね。この奥に入ってみたい気はするけれど、今日は一旦戻ろう」

「戻るの?」

「そうだね。寒いし」


 通路が現れた時、冷たい空気も一緒に吹いた。通路の先は、さらに寒そうだ。

 影収納で服は持ち込んでいるが、他にも防寒対策をしておいたほうがいいだろう。


「服をさ、もうちょっとあったかい服で、冒険に使えそうな服を用意してから来よ」


 寒さに震えながらミズキが言った。

 いわれてみれば、今持っている服は、裾が長かったりと、迷宮の探索向きではない。


「服以外の対策あったほうがいいぞ」

「そっちはまかせるよ」

「とりあえず、隠し通路があったんだ。十分な収穫だ。急いで帰ろう。寒いし」

「ところで、この通路ってどうやって元にもどすんだろ」


 ミズキが天井を槍でつつきながら、ぼやく。

 隠し通路を出現させたのと同じ部分を突いても反応がないようだ。

 天井の周りも突いたりして、しばらく元に戻そうとやってみたが、どうにもならなかった。

 結局、一旦放置して屋敷へ戻ることにした。

 そんな時だ。


「動くな」


 背後から声が聞こえた。

 すぐ後だ。いつの間にか誰かが立っている。

 振り向こうとしたオレの首に、短剣が突きつけられた。


「えっ」


 ロンロが驚いた声をあげる。


「ガルルル」


 ハロルドがノアの足元でうなり声を上げる。

 しかし、誰も動けない。

 オレはいつの間にか、ナイフを突きつけられ、人質となっていたのだ。

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