第282話 おうごんのしし

「こんな誤算があったとは」


 出発前になって大きな問題にぶち当たった。

 迷宮には罠がある。

 扉や宝箱、そして床。

 至るところに張り巡らされた罠は、未踏の場所に行くには避けて通れない。

 罠を迂回したり、解除したり、とにかく罠にかかることなく進まなくてはならない。

 加えて鍵のかかった扉もある。

 当初、オレ達は魔法を使って対処することにしていた。

 鍵開けの魔法と罠を無効化する魔法。

 ところがだ。

 出発前にテストしてみようということになり、店で練習用の鍵や罠を購入して試してみたところ、予想以上に手こずった。

 まず必要な魔力が桁違いだ。

 ひとりの力だけでは魔力が足りない。

 余裕を持って起動させるためには、3人がかりで使う必要がある。

 そのうえ体感的には1日に2回使うのが限界だようだ。

 ノアには難しいようで、成功率があまり良くない。

 練習すれば使えるようになるだろうが、そうなれば迷宮に行くのが少し先になりそうだ。

 今すぐ迷宮にいくとしたら、オレ達が使えなくてはならない。

 かといって、触媒を使うとなると、今度は触媒にお金がかかる。

 金と鉄。

 この2つがどちらの魔法にも必須だった。

 ところが触媒にはさらに条件付けがあった。これらは魔法で増やしたものは利用できないという。

 魔法で増やしていない金属はバカ高い。

 となると、触媒を使って鍵を外したり、罠を解除したりすれば、相当なお金が必要になる。


「困ったっスね」

「プレイン氏のいうとおりだ。困った。魔法でなんとかするなら、かなり使いどころを考えていかなきゃ不味いぞ」

「床に罠があった場合は、私達は飛翔魔法で飛び越えるべきだと思います。思いません?」

「そうだな。他にも、別の魔法で対処できるなら、そうした方が良いぞ」

「魔法で増やした触媒がダメってのが痛いっスね。魔法で増やしていない金属だとこんなに高いんスね」

「ていうか、20倍だよ。20倍。信じられない」

「では、冒険者ギルドで人を雇うでござるか?」


 人を雇うという方法もあることはあるが、そうなると別の問題が発生する。


「だが人を雇うにしても、頼りにしていいかどうかは別問題だぞ」


 そうなのだ。雇った人が駄目な場合だってある。

 昔から、数分の面接で、人となりがわかるはずがないだろうと常々思っていたし、この世界に来ても人は外見では判断できないと思う。

 しかも今回は、誰も知らないノウハウ、鍵開けや罠の解除だ。

 加えて問題は、もう一つ。

 茶釜たちエルフ馬に海亀の世話だ。ここは、やはり治安が悪い。一月を超えて生活する中で、治安の悪さは実感できた。

 実際に屋敷へ泥棒がやってきたことが何回かあったのだ。

 ロンロが見張っていたので見つけることができ、警告し魔法の矢を浴びせて追い払うことができた。

 迷宮に入るにあたって見張りなしで、海亀などを放置することはできない。

 それに食事の世話などもある。

 そんなわけで、出かけるときは誰かが留守番する。

 見張りは、ロンロかヌネフ。

 迷宮に入るとなると長い間、屋敷の警備は手薄になる。

 家畜の世話などがあるので、獣人達3人には留守番をお願いする予定だ。だが、3人だけを、こんな場所に放置することはできない。

 迷宮に誰が行き、誰か留守番するのかを決めなくてはならない。


「リーダァ」


 買い物への道すがら、そんなことを考えていたらロンロが間の抜けた調子でオレを呼んだ。


「何だ? ロンロ」

「イアメスをぉ、見つけたわぁ」


 イアメス?


「えっ、どこにいるんですか?」


 ふわりとロンロが路地を進み、1人の獣人の上でクルリと回る。

 それから、歩いて行く人物を指さした。

 後ろ姿だったので顔は見えなかった。だが、後ろ姿からイアメスということで間違いなさそうだ。

 顔をみたロンロが間違いないと言っているので、間違いなく、イアメスだろう。


「どこに行くんだろう?」


 目的はわからないけれど、この辺りの道だったら把握している。

 先回りが出来そうだ。


「せっかくだ。先回りして驚かしてやろう」


 そう言って、早足で先回りすべく行動を開始する。

 ちょっとした悪戯心が芽生える。

 急に居なくなったのだ、少しくらい脅かしてもバチは当たらないだろう。


「ちょっと待って、リーダ。迷子になるって」

「大丈夫。心配しすぎだ」


 トコトコと後からついてくるミズキを、放置して進む。


「まったくもう」


 ミズキの呆れたような声が背後から聞こえた。

 複雑な小道を進み、予定していた場所に到着する。

 イアメスらしき人物が、先程の歩くペースと同じであれば、もうすぐここを通りかかる筈だ。


 ――よう、イアメス。


 あいつが、接近したタイミングで飛び出し、そんな風に挨拶するつもりだ。


「カガミがさ、金獅子、金獅子って言わないでねって言ってたよ」


 オレがいざ飛び出ようとしたタイミングで、ミズキに忠告を受ける。

 はいはい。

 内心そう返事する。金獅子、金獅子って言わないでね……か。

 気にしているのだっけかな。金獅子って言われるの。

 うぉ!

 思ったよりタイミングが遅かった、めちゃくちゃ近くにアイツはいた。

 直前で早足になったのか。

 イアメスと目があう。

 かなりびっくりしている。

 思った以上に近くにいたアイツにオレもびっくりだ。

 その上、ちょっと驚かせるつもりだったが、驚愕の顔をして手に持っていた剣をポロリと落としたところを見て、少し気の毒になった。

 こんなに驚くとは思わなかった。

 取り繕うように、手をあげて優しく彼に語り掛けることにする。


「よぅ。金獅子!」


 しまった!

 ミズキが金獅子、金獅子いうから。間違えた。


「あっ」


 オレの視線の先、イアメスよりもずっと先にいるカガミが、何か言いたげに口をパクパクさせていた。

 加えて、カガミの責めるような視線が刺さる。

 いや、だから、ミズキが直前で金獅子金獅子いうから……。


「えっと、ごめんごめん。イアメス様」


 とりあえず取り繕うように、挨拶し直す。


「……おっしゃる通りですゾ。リーダ様の言われるとおり、ワタクシ……そう、ワタクシの正体は黄金なる獅子、金獅子が1人、キンダッタですゾ」


 そんな風にあっさりと白状した。

 すごく恐れられている気がする。

 それに、なんだか申し訳ない。


「もう、リーダがいじめるから」


 前からトコトコ歩いてきたカガミに、責められる。

 続けて、カガミがイアメス……えっと、キンダッタに語りかける。


「トーク鳥、受け取っていただけましたか?」

「えーと、はい、受け取りましたですゾ」


 やや投げやりにキンダッタは答えた。


「そうそう、お礼言いたかったんだよね。せっかくだからさ、お家においでよ」


 ミズキの言葉に、キンダッタは力なく頷き、一緒に屋敷へと戻ることになった。


「あっ、イアメス様でち」


 戻るとチッキーが、イアメスことキンダッタを見つけてトコトコと走ってくる。


「それにしても、金獅子なら最初から言ってくれればいいのに」

「そうですね。別に敵じゃなければ私達はイアメス様に何もしないのに」


 ミズキとカガミがそれぞれ軽い調子で言う。

 そんな2人の発言に、キンダッタは元気がなさそうに俯いてボソリと口を開いた。


「えっと、イアメスではなくて……ワタクシ、キンダッタと申しまして」

「キンダッタ?」

「そうですゾ」

「偽名だったってことっスか?」

「そうですゾ」

「なるほど、イアメスというのは、偽名だったのか。考えてみれば当然か。正体を隠して近づいてきたつもりなのに、名乗るのが本名というわけにはいかないか」

「サムソン様のおっしゃる通りですゾ」


 ノアの誕生日プレゼントに対するお礼を言って、もてなすつもりだったのに、糾弾会のようになっている。

 どうしよう。


「イ……いや、キンダッタ様は鍵を外したり罠を解除したりできますか?」


 とりあえず話題を変えることにした。

 とっさの思いつきだったが、この質問は案外良い質問だ。

 もし、罠をはずしたり、解錠できるのであれば同行者として特に問題がない。

 ヌネフも悪意がないって言っていたし、それにキンダッタは、なんだかんだと言って人が良い。


「一応、ひととおりできますゾ……でも、何故に?」

「あのさ、私達、迷宮にいくんだよね」

「それは何故?」

「そりゃ、内緒っスよ。とりあえず、宝探しっス」


 下を向いて、ボソボソと答えていたキンダッタだが、ばっと顔を上げた。


「キンダッタ様、どうかされましたか? 何かあったのであれば教えて欲しいと思うんです」

「あっ、そうだ。ワタクシ、宿に荷物を置いたままでしたゾ」


 急に呼び止めてしまったからな、なんとなく再会に嬉しくなって招いてしまったが、彼にも用事があったのかもしれない。

 申し訳ないことしてしまったかも……。


「そっか、宿に泊まってるんだね。どこの宿か教えてよ」


 ミズキの言葉に、キンダッタは、宿の名前を言いながら簡単な地図を描いてくれた。

 それから、そそくさと帰って行く。

 屋敷を出る直前、カガミが走り寄り、何かを手渡していた。


「何を渡したんだ?」

「ドーナツです。あとは素敵な帽子と靴を作って頂いてありがとうとお礼を言いました。そうそう、今度は黙って居なくならないでくださいねと伝えました」

「そうっスね。でも、これでイア……キンダッタさんがいたら何とかなりそうっスね」

「鍵開けられるらしいからな」

「迷宮への同行者は、キンダッタさんにお願いしよう。後は……誰が留守番するかだな」

「留守番?」

「あぁ、エルフ馬の世話なんかはチッキー達にまかせたいが、護衛が必要だろ?」

「そっか。そうだよね。こんな物騒な町に、チッキー達だけ残すわけにいかないよね」

「人を雇うのは信用面で不安ですし、迷宮に潜るチームと、留守番チームに分けたほうが良いと思います。思いません?」


 皆が軽く頷く。

 あとは人選だ。


「戦力としてハロルドには居て欲しいから、ノアちゃんは迷宮に行くことになるっスね」


 プレインの言うとおりだ。

 迷宮で魔物と遭遇した場合、ハロルドの戦力は大事だ。

 そうであれば呪いを解くことができるノアも一緒に行くことになる。

 となると、キンダッタに、ハロルドの呪いが知られるか。

 完全な味方だと思っていいのだろうか……。

 少しだけ考えたが、大丈夫だと判断する。

 彼は悪い人間ではない。大半は勘だが、いままでの挙動から、隠し事やとっさのアドリブがへたなのだ。人の良さが出てしまっているのだろう。皆もそのあたり人柄の良さを感じ取っているからこそ余裕なのだろうと思う。


「私、ノアノアと一緒に迷宮にいきたいんだよね」


 ミズキは迷宮行き希望か……他の奴らは考えあぐねているな。

 最悪、オレからチーム分けのたたき台を提案したほうがいいかもしれない。


「ところで明日、下見にいかないか? そもそも、今はもう探索されつくした迷宮と聞いているぞ」


 チーム分けの話をしていたら、サムソンが下見を提案した。


「確かに、下見しといたほうがいいっスね。場所くらいは把握しときたいっス」

「では、明日は私が残ります」


 カガミが留守番を宣言する。


「とりあえず場所なんかを下見して、それからチーム分け考えよう。現地に行って気付くこともあるだろうしな」


 急ぐ必要はない。じっくり構えていこう。

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