第279話 べっそう
戦々恐々としつつ入った迷宮都市フェズルードだったが、そこまでならずものは多いかというとそんな感じはしない。
ごくごく普通の活気のある町並み。
違うといえば、門番がいないことと、壁がボロボロなところくらいだ。
だが、想像より良かったことばかりではない、入る前に感じていたより段差がひどいのだ。
急な階段や、坂。加えてごちゃごちゃとした町並み。
あの左上に見えている食べ物屋、どうやっていくのだろうか。
飛翔魔法を使えばすぐだけれど……ここで暮らす人は大変だなと思う。
「随分と様変わりしているでござるな。なんというか、まともになっているでござる」
ハロルドの呪いを、町に入る直前に解いておいた。
ボディーガード兼、初めてはいる町の案内人だ。
そんなハロルドは町に入った途端、昔とは違う様子に驚いていた。
しかし、それはオレ達にとって良い誤算だ。
治安が悪いより、良い方がいいにきまっている。
「どこにいけばいいんだ?」
あまりにごちゃごちゃした道にいきなり不安になる。
「案内するでござるよ」
オレの質問に、小さく頷くとハロルドは御者をしているビッキーに色々と指示を出しはじめた。
「ハロルドは、来たことがあるの?」
「もう何10年も昔になるでござるが、力試しをしたくて来たことがあるでござるよ。姫様」
「へぇ、冒険者だったんスか?」
「いや、違うでござるな、もっとも、やっていることは冒険者と同じでござった。迷宮を探索し財宝を持ち帰る」
「1人で?」
「いや、部下や従者と共にでござるな」
案内の後、進んだ先には一見の店があった。
「こぶしの金槌?」
「鍛冶屋でござるよ」
こぶしの金槌という名前の店だ。握りこぶしが釘を打ち付ける様子をあしらった丸い看板が、建物からせり出すように吊り下げられている。年季の入った石造りの建物。
軒先には石のテーブルが置かれ、そこにはハンマーで鉄板を叩いている背の低い老人がいた。
店先に止まった海亀が作る日陰に反応して、ひげ面の老人はオレ達を見上げる。
「はて……あぁ?」
老人はハロルドをみて、大きく目を見開いた。
「久しいな」
「ハロルド様ではございませんか!」
金槌をぽちゃんと水の中に投げ入れ、こちらへと駆け寄ってきた。
「連絡もせずに突然押しかけてすまない」
「何をおっしゃいますか。ささ、どうぞ」
「すぐに戻ってくるでござる」
ハロルドはそう言って老人の後について家の中へと入っていく。
「知り合いがいるんだね」
「あてがあるって言ってたし、彼のことなんだろうな」
ちょっとした雑談をしていると、ハロルドが戻ってきた。
手には大きな鍵を持っている。
「さて、いこうではござらんか」
「お待ちください。ハロルド様。このあたりもずいぶんと変わりました。案内しますゆえ」
「そうか……では頼むでござる」
ハロルドの返答を受け、老人はオレ達に向き直りお辞儀した。
「ワシは、ジアゴナル。以後、お見知りおきを」
そして自己紹介をした後、店の裏からひきつれた馬に飛び乗り先行する。
「ん? そちらは行き止まりでは」
「最近ですな。橋がかかったのですよ」
彼の案内で道を進む。
左へ、右へ。立体的な町は、方向感覚が狂う。
「足滑らせたら、一気に落ちそうっスね」
プレインが、海亀の背から身を乗り出し下を見る。
右手側は壁、左手側は大きな段差だ。段差の下には、肉を焼いている屋台が見える。
「慣れるまでは不安でしょうな。一応、余裕のある道を選んでおりますので、ご安心を」
怯えるプレインに、ジアゴナルは穏やかな口調で説明する。
「うむ、確かに随分と様変わりしているでござる。道も綺麗なものでござるな」
「昔は、酷かったのか?」
「うむ。昔は追い剥ぎやスリなど、たくさんいてな。町中で追い剥ぎにあい、血だらけで倒れている者など、沢山いたでござるよ」
なにそれ。想像以上の無法地帯じゃないか。
綺麗になってよかった。
「スリはまだまだ珍しくないですわい」
「まだまだ治安は悪いでござるか」
「そうですな。酷いものです。ですが、だいぶマシにはなりましたわい」
「何がきっかけで変わったのですか、治安が良くなるなんて偶然ではないと思います」
「今の領主様の代になって冒険者ギルドを強化したのですよ」
「ほぅ」
「犯罪を行った者は、どんな軽微な罪でも報奨金を出すようになりました」
「それは大盛況でござろうな」
「えぇ。全く。いつも賞金首で溢れかえっておるそうです。逆に、素行が良い冒険者には、銀の腕輪を与え、報酬が増額になるようにしたりと、いろいろと変えてきておりますな」
「なるほど。冒険者が集まるこの町で、冒険者の素行は、治安に随分と影響をあたえるでござろうからな。なかなかのやり手」
その後も、ハロルドとドワーフの老人であるジアゴナルの雑談を聞きながら街を進んでいく。
ジアゴナルはハロルドの呪いのことも知っているようだ。
だからこそ、昼間に姿を現したハロルドにひどく驚いていたらしい。
「ジアゴナル様は、ここに住んで長いのですか?」
「もうすぐ……60年になりましょうかな」
長いなぁ。ドワーフもエルフと同じで長寿なのかな。
「ジアゴナルは、腕のいい鍛冶屋でござるからな。この町でも重宝されるでござるよ」
60年も住めば、この複雑な町並みも頭に入るようで、雑談しつつも的確に案内をしてくれる。
「左手側の階段を下りると市場にでますな。その奥が闘技場、さらに進むと、食事がとれる店が並ぶ道にでるので、食事はそこでとられるといいですわい」
「この辺りは、どんな料理があるんスか?」
「フェズルードは、あらゆる国の料理がありますな」
「すごいっスね。食の都っスか」
「うむ。フェズルードに一攫千金を夢見て来る者が、夢破れた後に、料理屋を開くでござる。屋台の料理は、いろいろな国の料理があるでござるな。もっとも、どれもこれも、フェズルードの独自のアレンジがされてしまうでござるが……」
「長く居ると、祖国の事はおぼろげになりますのでな」
先ほどチラリとみたら、所狭しと木造の小屋が並んでいた。見た感じ、料理屋というより屋台の集まりに見えた。
屋台街で食事か。久しぶりだ。
雑談しながら道を進む。右に曲がり、左に曲がり、坂道を上がり、そして下がり。
進んでいくうちに、何が何やらわからなくなる。
今ここで放りだされると迷うな。絶対。
「やっと着きましたな」
どれだけ時間が経ったかわからない長時間の歩みの後、ようやく目的地についたようだ。
石壁に囲まれた一角。目の前には丈夫そうな鉄の扉。門の向こうには、草むらが広がり、さらに先には屋敷が見える。結構おおきな屋敷だ。
「キャンキャン!」
時間が過ぎて子犬の姿に戻ったハロルドが吠える。
「では、ワシは戻ります。何かあったら何時でもどうぞ。では」
案内してくれたジアゴナルと別れ、扉を開けて中に入る。
随分と年季の入った建物だ。
それもそのはず。ハロルドが若いころに建てたものらしい。
別荘というにはあまりにも大きい屋敷。平屋一戸建て。
かって庭のあったであろう空間が屋敷の前に広がる。
「鳥?」
バサバサと飛び立つ鳥に少し驚いたが、無人の静かな屋敷だ。場所もごちゃごちゃした活気のある区画から結構離れている。
海亀が十分に過ごせるだけの大きな庭。雑草が生えまくっているので、少し手入れしたほうがいいだろう。
「まるでギリアの屋敷。最初の頃の」
ミズキが漏らした感想、オレも同意だ。
「ちょっと、住むのにも手入れが必要だな」
「とりあえず今日は、海亀の背で過ごした方が良いと思います。思いません?」
玄関は朽ちていて、手入れがされていないことがわかる。天井も破れ、日の光が部屋に差し込んでいた。
いわゆる廃墟だ。
犬の骨も転がっている。
破壊された鍵などが転がっていることから、ずいぶんと昔に泥棒でもはいったのかもしれない。
「雨風がしのげるくらいは修繕したほうがいいね。これ」
「修繕なら、おいら達がやります」
「がんばります!」
トッキーとピッキーが両手をあげて任せて欲しいと主張する。
「うんうん。頼りにしてるね」
「とりあえず、掃除はブラウニーさんにお願いしますね」
カガミに任せることにして、海亀の背でのんびり待つことにした。
「ジアゴナルさんに、地図も貰ったし、なんとかなりそうっスね」
「あぁ、こんなとこ手がかりなしじゃ辛い」
なんにせよ一息つけそうでよかった。
そうして、フェズルードでの最初の日は過ぎていった。
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