第十五章 おとぎ話にふれて
第278話 めいきゅうとしへ
カガミの使う壁を作る魔法は超便利だ。
色々な形に簡単に作れるのがいい。
今日のように寒い日は周りを囲むようにして。
雪が降れば、ドーム状にして。
環境に応じて形を変えて東へと進む。
目指すは迷宮都市フェズルード。
気がつけば途方もない距離を進んでいる。いつの間にか年も明けてしまったらしい。
最初のあたりは日付を考え数えていたが、どうでもよくなって、ぼーっとしていく中で、ついに風景が変わった。
「終わった……」
風景が変わったのを確信したとき、なんとも言えない達成感があった。
大平原が終わったのだ。
永遠に広がるように思えた草原は消え失せ、うっすらと積もる雪からのぞかせるのは茶色い地肌。ゴツゴツとした岩が見える場所もある。小石が落ちていたり、いわゆる荒れ地だ。
巨獣もいなくなり、代わりに徘徊するのは痩せた狼。ゴブリン。
その後、何度か襲い掛かってくる狼などを魔法の矢で撃退する。
すばしっこく統率の取れた狼は、怖かった。
追尾性能の高い魔法の矢があるのでなんとかなったが、魔法がなければ苦戦しただろう。
初めて襲いかかられたとき、茶釜の子供である子ウサギがやられるのではないかと心配した。
だが、そんな心配をよそに子ウサギ達は狼をあっさりと撃退した。
エルフ馬は、大平原の巨獣……恐竜と渡りあっていた種族という点を失念していた。
子ウサギに襲いかかった狼は、次々と後足で蹴り飛ばされ、遙か遠くまで吹き飛ぶ。
それをみた他の狼たちが「マジで?」と言いたげな表情に変わったのは忘れられない。
茶釜達は、世界樹の葉とカロメーの両方を食べる。
世界樹の葉の方が好みのようだ。
餌をあげるのはもっぱらカガミとミズキだ。
可愛い可愛いと、毎日飽きずに見ている。
特に世界樹の葉は、コリコリと時間をかけて食べるので、餌をあげる2人にとっても、カロメーよりあげていて楽しいらしい。
よく飽きないもんだと感心する。
昨日なんて、お湯で洗っていた。
しかも自分達用に買った石鹸を大量につかって、ピカピカに磨き上げる。
やっていることは洗車だ。
この世界は石鹸が高価だ。しかも、カガミ達が使っている石鹸は、高級品らしいので、今回使った石鹸代がいくらになるのか聞くのが怖い。
ちなみにオレ達が使う石鹸は、どっかの神殿で買った安物。
「ドライヤーの魔法を改良したんです」
そのうえエルフ馬専用にドライヤーの魔法まで作っていた。
茶釜達、エルフ馬にかける情熱がすごい。
「本格的に雪が降る前に着きそうで良かったです」
延々と続く荒れ地にも見慣れたころだ。
カガミが遠くの景色をみて、しみじみと言う。
やっと見えてきたのだ。
迷宮都市フェズルード。
注意して見なくては、ただの山にしか見えない。茶色い塊。
「ならず者の集まりでござるよ」
ハロルドに聞くと迷宮都市フェズルードは治安が悪いらしい。
「へー」
「少なくとも拙者が、しばし滞在していたあの頃は、治安が悪かったでござるよ」
「領主はいないんスか?」
「居たにはいたが、ほとんど統治してなかったでござるな」
いままで行った町は、どこも治安が良かった。
なんだかんだと領主が仕事をしていたということだろう。
だが、今度行くところは違うらしい。
「どうしよう。茶釜がさらわれちゃったらどうしよう」
ミズキはそんな心配をしていた。
「一応あてはあるでござるよ。任せてくだされ」
頼りになるのはハロルドだけだ。
「私はぁ、この辺のことを知らないしぃ」
ロンロはいつも通りのんびりとしたものだ。
「この辺りは、悪意だらけで居心地が悪いのです」
ヌネフも少々警戒モードだ。
「悪いな」
サムソンが責任を感じたように謝る。
「気にすんな」
町が近づくにつれ、人もパラパラと見かけるようになった。
馬車の一団、もしくは10人に満たない集団。
皆、何かしらの武装をしている。
たまに、小さな村のような場所もみかけた。
「あれは、迷宮入り口の待合場所でござるよ」
ちょうど満月の夜がきたので、いろいろとハロルドに聞くことができた。
「待合所?」
「そうでござる。迷宮入り口で、物資を売ったり、痛んだ装備を補修したりできるでござるよ。いうなれば迷宮入り口に作られた、とても小さな村といったところでござろうか」
フェズルードの周りには数多くの迷宮があるそうだ。
超巨大な町が過去に存在していて、まるごと土砂に埋もれた結果、かって町だったものが迷宮の体を成しているらしい。
そのような地面を掘れば迷宮にあたるような土地を進んでいる。
迷宮は、地下深くに眠る赤龍による力や、横穴からの魔物の流入により、探検するにふさわしい場所になる。赤龍の財宝や魔物がため込んだ財宝を目当てに、探索するのだ。
実入りのいい迷宮入り口には、人が集まり、そこで商売をする者も出てくる。そんな話らしい。
興味深いが目的は別なので、無視してずんずんと進む。
ようやくたどり着いた迷宮都市フェズルードは、山の斜面に沿って作られた町並みだった。
町並みを照らす光は、うっすらと積もった雪の白さもあいまって、より美しさを際立たせる。
ひょっとして、治安が悪いというのは嘘ではないかと考えるくらいの美しさだ。
もっともそう思うのは一瞬だけ。
目を周りに向けると、武装した集団。
ガッチャガッチャと金属のすれる音が頻繁に響き、ガラの悪い集団をみると、やはり不安になる。
遠目では美しい山も、近くでみるとゴミだらけ。
昔聞いた言葉を思い出す。
迷宮都市フェズルード。周りがどうであれ、平和にすごしたいものだ。
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