第280話 ふゆごしのじゅんび
いつも通りブラウニーに屋敷を綺麗にしてもらった後、中を見直す。
なんにせよ、ここでしばらく過ごすことになるのだ。
雪が本格的に降ると遠出はできない。海亀は寒さに弱いからだ。無理はさせたくない。
それにハロルドの装備も手配するのに時間がかかる。
簡単な武装だったら、ドワーフの鍛冶屋ジアゴナルから融通してもらえる。だが、ハロルドはかつて使っていた装備を取り戻してから迷宮に行きたいらしい。
今後のことも考えて用意は出来るだけ整えたい。
ちなみにハロルドの装備は、今はギリアへと向かって運んでいる途中だそうだ。
幸い、ここを10日程度前に出発したそうなので、Uターンにはなるが、ギリアに行くよりもよっぽど近い。
だからこそ待とうということになった。
長居するとなると、この屋敷を補修したい。
「じゃ、トッキーとピッキー。この屋敷の修繕を任せるね」
「はい!」
2人が誇らしげな顔で、声を揃えて返事した。良い返事だ。
「資材や道具で必要なものがあったら言ってね。あと、手伝いが必要な時もね」
「おいら達が決めて良いですか?」
「そうだね。2人が決めていいよ。海亀の背にある小屋だって、2人がいろいろ工夫してくれたしね。好きにきめていい」
軽い気持ちでそういったが、2人はとても恐縮していた。
最終的には2人に案を出してもらい、オレが決めることになった。
もっとも2人の意見をそのまま鵜呑みにするつもりだ、オレには2人のような大工の技量はない。
「それじゃ、2人が考えをまとめて、必要な資材はオレが買いに行く。そうしよう」
「はい! おいら達、頑張るです」
翌日からこの家を住み心地よくするための行動が始まった。
ヌネフが言うには、この辺りは比較的悪意が薄い……というより、人が少ないのだそうだ。
手持ちの資材で出来るところまで補修した後は、買い物にいくことにする。
オレ1人だと不安だという失礼な声があったので、オレ以外に、ミズキとトッキーピッキーが一緒に出かける。あと、ロンロもついてきた。
まったく、皆心配性だ。
買いに行くのは、屋敷を修繕する資材、食事の道具、そしてトーク鳥だ。
ジアゴナルにもらった地図を頼りに進む。
ポイントを押さえて描いてあったので、簡単な図面でも安心して進むことができる。
「今度は迷子にならないでねぇ」
上をふわふわと浮くロンロに、何度も釘を刺されつつ町を歩く。
こいつみたいに、飛ぶことができればいいのだが、飛翔も浮遊も禁止されている。
いつものことだが、この町みたいに段差が激しいと、いつも以上に飛べない事が恨めしい。
ただし、この町……フェズルードでは電撃をはじめ攻撃できる魔法が禁止になっていない。
町なかに、魔物が現れた時の対策のためらしい。
迷宮の上に成り立つ町というだけあって、物騒なことだ。
「あぁぁ!」
ダラダラと進んでいたら、すれ違った男がいきなり火だるまになって転がり回る。
「うわっ。やり過ぎ?」
オレの財布を握りしめて火だるまになったスリをみて、ミズキが言った。
その様子をみて出発前のことを思い出す。
「どの財布もっていく?」
屋敷を出る前のこと、ミズキが3つの財布を指さした。
スリ対策に作った魔導具。
一定の条件で、一度だけ魔法が発動する。
火炎と電撃、そしてパンチ。
パンチだけは財布を開くまで発動しない。
あとは、指輪を持った人から離れると発動し、財布の周りが燃えたり、電撃をまとったりする。
「えぐいよね。これ」
「悪党には情け無用なのだよ」
火炎の財布を手に取って市場へと向かうことにした。
それが、あれ。
こんなに早く効果を確認することになるとは……。
それに、思った以上に威力あるな。
情け無用といったけれど。少々やりすぎだと反省する。
「財布から手を放せば、火、消えますよ」
財布を握ったスリに向かって言う。
すでに体に燃え移った火は消えているが、魔導具の財布はまだまだ発動していて、スリの手を焼いている。
そういう魔導具なのだ……というより、当初は財布が火に包まれるだけの魔導具だったはずだ。
財布しか発火しないはずなのに、なぜ体が燃えたのだろう。
後で作ったカガミに聞いてみようかな。
とにかく、オレの言葉を聞いたスリは財布から手を放し、悲鳴をあげながら逃げ出す。
「ひぃひぃ」
ヤツは必死だ。壁をよじ登って上がろうとしている。
「手を火傷してるんです。無茶は止めてください!」
やり過ぎた反省からか、ついついスリに同情してしまう。
だが、そんな言葉は聞いてはくれなかった。
結局、ヤツは必死の形相のまま壁を上り何処かへいってしまった。
「リーダ、やり過ぎ」
ミズキがまるでオレが主犯のように言う。
「いや、オレが作ったんじゃないし」
財布を拾いながらミズキに反論する。
周りの人が、ざわついていた。
「スリが……」
「さっきのあいつ、財布を……」
口々に、スリがスリがと言っている。
前評判より治安はいいようだ。スリが出ただけでこの騒ぎよう。
やっぱり平和が一番だ。
それはさておき、入り組んだ町並みを縫うように進んでいく。
「さっきのロンロの話じゃないが、確かにここで迷ったら帰れなくなりそうだな」
「そうだよね。リーダじゃなくても、迷子になりそう」
「えっと。もう少ししたらトーク鳥を売ってる市場の辺りになります」
先ほどから地図とにらめっこしながら先頭を進むトッキーが言う。
「本当だ、賑やかな声が聞こえてくるね」
しばらく進むと、ごちゃごちゃした通りが見えてきた。
そこは少し広い空間だった。所狭しと小さな店が開かれている。
カチンカチンと音をたてて金槌をふるう鍛冶屋。怪しげな品物を売っている雑貨屋などもあった。
少し遠くには、柵で囲まれた中で、戦っている姿も見える。応援している者や、勝敗予想を声高に叫んでいる者がいたので、あれが闘技場なのだろう。
気にはなるが、後回し。必要な物を買うことが優先だ。
地図にあったトーク鳥を売っている店に行く。
鳥かごがたくさん掛けてあるお店だ。
地面に置いてある檻にも鳥が入っている。
ギャーギャーといろいろな鳥の鳴き声が、けたたましくうるさい。
考えてみるとトーク鳥のお店って初めて来たな。
店主は奥の方で、木箱に座わり、タバコをふかしながら鳥に餌をやっていた。
ふーっと吹いたタバコの煙が、店主の頭上で輪っかになってフワフワと浮かぶ。
少年に見える小柄な男。
ハーフリングか。
この世界にきて、かなり経つので、外見で種族がわかる。
看破の呪文を使っているので、それでも判別可能だ。
ただ、看破の呪文を使いっぱなしで、ここに来るのはなかなかきつい。
魔力的な意味合いというより、視界がうるさい。ごちゃごちゃしすぎるのだ。
何処を見ても、トーク鳥。トーク鳥。トーク鳥。
「でも、トーク鳥って、それぞれ外見が全然違うな」
「はい、トーク鳥は小鳥の頃に魔法の食べ物を食べさせることで、トーク鳥になりますから、外見はそれぞれ違います」
トッキーが得意げに言った。
「へえ。そうなんだ」
あんまり意識したことがなかったけれど、確かにそう言われれば普通の鳥ではないもんな。
沢山のトーク鳥の中からどれを買うのか、いくらで買うのか。
さっぱりわからないので、トッキーとピッキーに丸投げした。
いろいろと見比べて選んだのは、ずんぐりむっくりした鳩といった感じのトーク鳥だ。
「まぁ、こいつなら大人しいし、遠くは飛べないが、しっかりしてる健康なトーク鳥だな」
店主もおすすめの一羽。
それにしてもトーク鳥を1羽買うのにも随分と苦労する。
ネットで調べて買うなんて訳にいかないので、わからないものを買う時にはドキドキだ。
別れ際、トッキーとピッキーが店主に何かを言われていた。
「良い買い物の言葉運びだった。あれなら、後の先輩方も喜ぶだろうなって言われました」
どうやら褒められていたようだ。
あとは、修繕にかかる資材を買う。
これもまたトッキーとピッキーに丸投げ。
最後に、屋台がいっぱいならぶ通りで、少しだけ食べていくことにする。
沢山の食べ物屋。目の前でどんどんと作られる春巻きに似た食べ物や、超巨大なポテトチップなど、見るだけでもたのしい。
「あの、チッキーも、カガミ様達も……それにノアサリーナお嬢様も待ってます……」
適当に、いろいろ頼んで楽しんでいると、少しだけ申し訳なさそうにピッキーが言う。
「そうだよね。ゴメンゴメン」
オレと一緒になって、買い食いしていたミズキが笑って謝る。
そうだよな。ちょっとだけ寄るつもりで楽しんでしまった。反省。
「それじゃ、お土産買って帰るかな」
いくつかの屋台で話のネタになりそうな食べ物を買って帰る。
「アハッ。なんだかピッキー達の方が大人だよね」
ミズキがひどく楽しそうに呟いた。
ちがいない。
今日なんか、ほとんど2人の目利きで乗り切ったようなものだ。
それにしても、迷宮都市フェズルード。
迷宮での一攫千金をめざす冒険者で溢れる町。
いたるところから、人が集まるだけあって、お店がバラエティに富んでいる。
思った以上に悪く無い。スリがいたのは駄目だけれど。
ほんのちょっぴりこの町が好きになった買い出しだった。
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