第268話 きょだいなてっきゅう
翌朝、外に出るとまだまだ戦いは続いていた。
「おはようございます」
「ラッレノーさん。おはようございます」
「さて、そろそろ本番です」
「本番ですか?」
「今回は、人数も多いので、ずいぶんと狩りがはかどります。もしかしたら今日の内に倒してしまうかもしれません」
ラッレノーがそう言って笑う。
彼の背後では、ガラガラと音がして巨大な鉄球が運ばれているのが見えた。
エルフ馬が引っ張ってくる一輪車に積まれた鉄球は、人の背丈くらいある巨大なものだ。あの素早く動くエルフ馬がノソノソと運び、進んだ後にはくっきりとしたわだちができているので、重さがはっきりと分かる。銀色に鈍く光るその鉄球は、鎖に繋がれていた。
「では、行ってくるよサエン」
一緒についてきたサエンティの頭を撫でると、ステゴサウルスへとラッレノーは向かっていった。
「さて、父ちゃんの出番だ」
サエンティが誇らしげにオレ達に向かって言う。
なんだろう、何かあるのだろうか。
ラッレノーを目で追っていると、彼はエルフ馬に乗り、颯爽とステゴサウルスへと向かって進む。
「いやぁ!」
いつもの温厚な姿とは似合わない雄叫びを上げ、ステゴサウルスへと直進する彼は何も持っていない。
ステゴサウルスの側に接近した時、鉄球を乗せた一輪車を引くエルフ馬が、彼の背後へと近づく。さらにもう1人、別のエルフ馬に乗った遊牧民が、乗っていたエルフ馬から一輪車へと飛び乗る。
『バァン』
すると破裂音がして鉄球が空中に打ち上がった。
ラッレノーは、打ち上がった鉄球から垂れ下がる鎖を空中キャッチする。
「おぉぉ!」
そのまま叫びながら鎖を振り回し始めた。その先についた身の丈ほどもある鉄球ごとだ。
『ブォォン……ブォォン……』
鉄球の引き起こす風切り音がこちらまで響いてくる。エルフ馬に乗りステゴサウルスの周りを走り回りながら、頭上で自らの背丈ほどある巨大な鉄球をブンブンとぶんまわしていた。
「まじか」
サムソンが驚きの声を上げる。
確かにあれはすごい。エルフ馬に乗りながら頭上で鉄球を振り回す。ただの鉄球ではない。大人の背丈ほどもある巨大な鉄球だ。
「いやぁ!」
再びラッレノーが雄叫びをあげ、鉄球をブォンという風切り音とステゴサウルス目がけて振り回す。
『ズッ……ドォン!』
あの巨体が一瞬だけ空中に浮く。
鉄球はステゴサウルスの巨体にバウンドしはじき返される。まるで壁に向かって投げたボールのように。
ラッレノーははじき返された鉄球を、その反動を利用して再びブンブンと振り回し始めた。
よく見ると、ラッレノーとステゴサウルスの巨体を挟んで向かい側に、もう1人同じように鉄球で攻撃している者がいた。
「大槍! いっくぞー!」
複数人のそろった声が辺りに響く。
その声に呼応するように、四人の男が1本の丸太を抱えて突っ込んでいた。
丸太の先は槍のように尖っていて、金属で補強されているようだ。
尖った先を体に突き立てようというのだろうか。ダダダッと走り進み、ステゴサウルスの側面に尖った先をぶつける。
『ズズゥン』
深く突き刺さったかのような丸太だったが、はじき返された。
「ダメだった」
「もっと弱らせないと」
近くにいるサエンティと、いつの間にかその隣にいたパエンティが解説してくれる。
「弱ったら刺さるんスか?」
「そうだよ」
「刺さったら、大玉を大槍にぶつけて」
「ズドーンって倒せる!」
大槍というのが丸太のやつだから、大玉ってのはラッレノーが振り回している鉄球のことだろう。
その後も、定期的に丸太を抱えた攻撃は繰り返されたが突き刺さることはなかった。
狩りの最中、音楽が鳴り、お酒が配られたり、踊る人が現れたりと、狩り自体がお祭りのような盛り上がりを見せていた。
おかげで飽きることなく、狩りを見ることが出来て、ステゴサウルスは倒せなかったが大満足に2日目を過ごした。
そして迎えた3日目。
大歓声で目が覚める。
慌てて外にでる。もしかしたら、ステゴサウルスが倒れたのかもしれない。
そう思って外に出たのだが、まだ狩りは続いていた。
だが、外の様子が大きく変わっていた。
「なんだ。やっと起きたか」
「おはようっス。さっきすごかったっスよ」
外にでたオレをみてサムソンとプレインがステゴサウルスを見て言った。
「かがり火で囲まれた空間が狭くなってるな」
言われて気がつく。かがり火で囲まれた空間。昨日までは野球場か陸上競技場かというくらい広い空間だったのだが、それが半分以下になっている。
「そうっス。さっき、遊牧民の人達が一斉に火がついたままのかがり火をもって、一気に円を狭めたんスよ」
「もう少し早く起きていればみれたのにな。20人くらいの人が一斉にかがり火をもって距離を詰めるところは壮観だったぞ」
プレインとサムソンが興奮気味にまくし立てるように話す。
その様子から、今回の狩りの見所だったことがわかる。
もりあがる2人をみて、少しだけ残念に思った。少しだけ。
「まぁ、あれだ。遅く起きる方が悪い」
「オレが最後か」
「そっスね。トッキーとピッキーは向こうで……ほら、鞍を作ってるスよ」
プレインが指し示した方をみると、遊牧民の老人から鞍作りを習っている様子が見てとれた。
「へー、朝から熱心だよな」
「んで、他の人達はあっちっス」
指差した先には、エルフ馬の茶釜が寝そべっていた。それをまるで背もたれにして、カガミとミズキが寄りかかっている。
あいつらノアに何をさせてんだ?
そして、チッキーとノアが寝そべる2人を、緑色をした団扇で扇いでいた。
まったく。
海亀から飛び降りて2人の元へ向かう。
「おはよう、リーダ」
近づくオレに気が付いたノアが満面の笑顔で挨拶する。
「おはよう。ノア。 何やってるの?」
「あのね、扇いであげてるの」
ノアから緑色のものを受け取ってみると、団扇に見えたソレは葉っぱだった。
「これは世界樹?」
「うん」
「あとで茶釜達の朝ご飯にしようと思うんです」
「そうそう、それでしばらく王侯貴族ごっこってことで、扇いでもらっていたってわけ」
ミズキが手をパタパタ振りながらオレに言う。
「何が王侯貴族ごっこだ。児童労働させるなよ」
「もー。リーダ。硬いんだから」
カガミは茶釜に寄りかかったままゴロリとこちらを向き、幸せそうな笑顔で言う。
「ささ、早く、扇いで扇いで。で、ノアはこっち」
「チッキーもこっちおいで」
ノアはミズキとカガミの間にちょこんと寝転がった。
チッキーは申し訳なさそうに、カガミの側に座る。
「ほら、リーダ。早く」
「なんでオレが」
しょうがないからとパタパタと扇ぐ。
数回ほど、扇いだ後でよくよく考えたら全く扇ぐ必要がないことに気がついた。
ちょっぴりムカついたので思いっきりバサバサと扇ぐ。
「ちょっと寒いよ」
「えへへ」
「面倒くさくなったからあげる」
最後にカガミに宣言して、世界樹の葉をポイと投げ渡し、海亀へと戻った。
でも確かに、カガミ達のように茶釜にもたれかかるのは具合よさそうだ。
あとでオレも試してみよう。
「リーダ様。もう少し近寄ってみた方が迫力があるそうです」
オレが海亀にもどりロッキングチェアに深く腰掛けたとき、ピッキーがこちらに走って、そう言った。
言われてみると確かにステゴサウルスを囲む輪っかが小さくなったので、接近することができる。
「じゃ、近づこうか」
「そうだな」
「おいら、海亀を動かします」
ピッキーが海亀の頭へと走って行く。全力ダッシュだ。
「頑張り屋さんっスね」
ふと見ると、カガミも立ち上がっていた。
「私たちも行きましょうか、行った方がいいと思います。思いません?」
カガミがミズキやノアにそんな提案をしている姿が見て取れた。
皆が立ち上がり、そそくさと移動の準備をする。茶釜もその子供達ものそのそと歩いてステゴサウルスへと接近していった。
先程までステゴサウルスが走り回っていたところだ。足跡がくっきりと残っている。
「すごい大きいなこれ」
「まるで作り物のようにくっきりと残ってるぞ」
サムソンがかがみ込み、残った足跡を触る。彼の手より遙か大きい。何倍くらいの大きさだろうか。
「この辺り! 茶釜、ここ、ここ」
丸めて運んだ絨毯を、海亀の側に広げ、茶釜をはべらせて、ミズキとカガミがよりかかる。
「もふもふでぬくぬくでいいんだよね、これ」
ミズキが幸せそうに笑う。
「そっか」
そして今の様子はどうなのだろうと思った時、ちょうど大きな動きがあった。
『ズゥン』
辺り一面に響くような音が聞こえた。
丸太がステゴサウルスの側面に刺さった音だ。
「わぁぁ!」
歓声があがる。
すぐに立ち上がり、ステゴサウルスを見る。狩りが終わりそうな雰囲気があったからだ。
ラッレノーが鉄球を、刺さった丸太の一方へと打ち付ける。
釘をトンカチで叩くように。
『ドォン!』
丸太が一気に動き、ステゴサウルスの体を貫いた。
「おおぉぉぉ!」
再度、周りの遊牧民が歓声を上げる。先ほどより、もっと大きな歓声だ。
やにわに盛り上がり、立ち上がって拍手する者、踊る者。
色々だ。
サエンティとパエンティの2人が、エルフ馬に乗ったまま立ち上がり両手をあげたラッレノーへと駆け寄っていく姿が見える。
少しだけ大きく頭を上げたステゴサウルスが、ドンと小さな音を立てて頭を倒す。
だが、体は貫いた丸太が支えとなって倒れない。
立ったまま息絶えていた。
狩りは成功したのだ。
「では、これから解体へと移る。皆の者、あと一頑張りだ!」
老人が辺り一面に響く大きな声で宣言する。
「おぉ!」
短いが、揃った声がこだまする。
あと少しで焼き肉だ。ついに焼き肉だ。
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