第269話 スライフのじょげん

 ついに、焼き肉。


「もう、お腹ペコペコだな」

「あれ? これから数日先になるってラッレノーさんは言っていたと思いますけど」

「え?」


 内心、小躍りしていたオレだったが、ちがうらしい。


「夜通し進めるので、大丈夫。3日後には食べられますよ」


 その後に教えてもらった話から、食べることができるのは、まだまだ先の話なのだと知る。

 これから数時間、解体を進める。それから調理の準備をして、夜から調理を始めるそうだ。

 さらに、巨獣の肉を美味しく食べるには、焼くのにも随分時間がかかるようだ。

 まず、内臓を含め肉を取り出した後、巨獣の体を使って窯を作る。

 そして、地面を掘り深い溝を窯の中に作り、その中に炭を投げ入れる。炭に火を付けてから下味をつけた肉を投入。

 弱めの火で最低2日から5日ほど、じっくりと火を通し、ようやく料理として完成する。

 もしくは、あと少しという所で窯から肉を取り出し、鉄板で焼く。

 このような一連の流れをラッレノーから聞く。

 オレが思っていた焼き肉とは少し違う。

 だが、郷に入っては郷に従うというやつだ。美味い食い方があるなら、それに従う。

 まだまだ先は長い。

 ついでにノアの誕生日も、この場所ですることになった。

 誕生日を祝い、料理はできたての焼き肉。

 細かい段取りは、お任せ。


「こんなもので、どうかしらねぇ。せっかくの贈り物だ。一生使えるようにとこさえてみたよ」


 誕生日プレゼントも受け取る。

 裏地にオレ達の作った魔法陣を刺繍してあるマントだ。襟には詠唱の言葉が刺繍されていた。

 ぱっと見文字には見えない、すごく細かく、そして綺麗に刺繍された素晴らしい代物だ。

 加えて、布と同じ色の糸を使い、鳥の絵が刺繍されている。光加減によって刺繍はとても上品に見えた。


「ここまでの刺繍をしていただけると思いませんでした。ありがとうございます」


 自分の事のように嬉しい。

 ステゴサウルスの解体は一通り済んでいた。

 内臓も、調理したり、建築素材に利用する。全ての部位が使え、余すことなく利用ができるそうだ。

 頭を取られて尻尾も取られ、大平原にはステゴサウルスの胴体だけが残った。

 その胴体も内臓はくり抜かれ、肉の大部分は一旦切り離されている。

 まるであばら骨に支えられた皮と胴体の残りは、雪で作るかまくらのように中に入ることができた。

 物は試しだと、中に入ると血なまぐさい空間が出来上がっている。

 聞いていたとおり、炭を入れるための穴も掘ってある。

 オレの体より大きい肉の塊が、下味をつけられ、鉄串に刺されて、中に運びこまれていく。

 ステゴサウルスの胴体で作られた窯で、これから火加減を調節しながら、夜通し焼いていくそうだ。

 鉄板の上でジューっていうわけではなくて、じっくりじっくり焼いていく。

 網の上で、新鮮な肉を焼くというイメージからはほど遠い。


「仕上げに鉄板の上で焼く料理もあります。それに、今回は3つの家のほかに、せっかくの催しに、別の家族もやってきます。料理は家それぞれ。いろんな料理が食べられますよ」


 焼き肉だけでも大量の料理があるらしい。

 期待に胸が膨らむ。

 その日の晩からいい匂いが漂ってきた。


「もう、この匂いだけでも飯食えそうだな」

「楽しみだね」


 焦らされるだけ焦らされて、すごく期待が膨らんでいる。

 ノアもとびきりの笑顔で、料理の完成を期待している。


「リーダ。返事だ」


 そして、名刺のような金属のプレート、スライフを呼ぶ時に使う触媒が光りだした。

 全ては順調。

 早速ちょっと離れたところで、サムソンと2人でスライフを呼ぶ。


「待たせたな」


 呼び出されたスライフは、以前よりも、さらに1回り大きくなっていた。

 角が増え、外見も少しだけ悪くなっている。


「禍々しいというか、どんどん悪人ヅラになっていくよな」

「失礼な。吾が輩を禍々しくなったとは。凜々しくなったのだ」

「そっか。じゃ、そういうことで」

「で、どこにあるのか分かったのか?」

「これから探す。だが、準備は整った。しばし待て」


 そう言って、スライフは、少しだけ浮き上がる。両目を大きく開き、左目の瞳がクルクルと動き出した。

 さらに高く高く舞い上がり、しばらく浮いたままであったが、やがて降りてくる。


「ここから東、迷宮都市フェズルード。そこにある迷宮の1つ……ランフィッコの地下深くに、お前達の探すものがある。古い古い時代の書物だ。今は観光名所の一つとなっている。発掘されつくしたとされる遺跡。さらにその奥深くだ」

「遺跡か……」

「わかった。スライフ、ありがとう」


 スライフは、大きく頷いたあと、オレの側まで来て小声で言う。


「お前達と同行しているあの娘」

「ノアがどうかしたのか?」

「呪い子としての力が増している。それは加齢によるものだ」

「そうか。それで?」


 ノアは成長している。だからそれに伴って呪いの力が強くなるというのも、もっともな話だ。

 だが、スライフが突然こんなことを言う理由がわからない。


「あそこにいる、エルフ馬」

「あの大っきい……茶釜?」

「いや、子供の方だ」


 スライフが遠くに見える茶釜の側にいる3匹の子ウサギを指差す。


「あれと……あの個体だ」

「あの2匹がどうかしたのか?」

「このままでは半年ともたずに、呪い子の呪いによって死ぬ」


 は?


「どういうことなんだ?」


 サムソンが眉間にシワを寄せて、スライフに聞く。


「我が輩が何かをするわけではない」

「それはそうだろう」

「呪い子というものはそういうものだ。草木から、家畜、人に至るまであらゆるモノから、過剰に魔力を奪い取る」

「家畜を弱らせるということは、知っている」


 ロンロから呪い子について聞いたときに、言っていたはずだ。


「ゆえに弱り、そして死ぬ。あと、あのテントの向こうにいるヤギ」

「もしかして、あのヤギも?」

「おそらく、数匹が次々と死ぬ」

「そんな突然……」

「厳しい寒さが近づき、弱ってる個体がいる。呪い子による呪いは止めを刺すだけだ。だが、理由はどうであれ、長居すれば家畜は死ぬ」

「あと、どれぐらい持つ?」

「持ってひと月」

「そうか、早く立ち去らなきゃ駄目だな」


 エルフ馬の子供……あの子ウサギ達はどうしたものか。連れ回せば死ぬという状況で連れていくわけにはいかない。カガミ達には悪いが置いていくしかないか。

 だが……急にそんなことを言い出せば、ノアはどう思うだろうか。


「ところで、俺達は大丈夫なのか?」


 オレが今後について考え始めたとき、サムソンが眉間にシワを寄せたまま、スライフへと再度質問する。


「んん?」

「俺達と同行しているなかには、獣人の子供が3人いる。それに海亀とロバもだ」


 その言葉を聞いて、スライフはキョロキョロと辺りを見て、唸る。


「どうかしたのか?」


 しばらく無言だったサムソンだが、沈黙に耐えかねた様子で、質問を重ねた。


「確かにおかしいな」


 サムソンの質問の後、さらに続いた沈黙の後スライフが口を開き、言葉を続ける。


「お前の言う通りだ。あの海亀。そしてお前達、加えて獣人達3人。エルフ馬の子供、そのうちの1体」

「それが?」

「耐性がある」

「耐性?」

「呪い子が放つ呪い。魔力を奪う瘴気……それをはじいているようだ」

「つまり、呪いが効かないということか?」

「お前の、理解は正しい」


 相違点がある。相違点があるということは、対策があるということだ。

 生き残る答えがあるということだ。相違点を調べれば対策ができる。

 遊牧民たちの家畜については、オレ達が早めにここを立ち去ればいいだけだ。

 子ウサギについては、まだ時間がある。


「どうして耐性があるのかは、わかるのか?」

「わからぬな」

「そっか。でも、教えてくれてありがとう。あとはなんとかこっちで考えてみるよ。だが、なんでそんなことを教えてくれたんだ? 急に?」

「これは前回の触媒。アレイアチの分だ」


 アレイアチ……あぁ、あの古代兵器で吹き飛ばした怪鳥か。

 なるほど、あの時はドタバタして何も話をしなかった。その分の代わりとして教えてくれたということか。


「いつも助かるよ」

「お前たちが元気でいなくては、我が輩も稼ぎが減ってしまう。では、さらばだ」


 スライフはいつものようにふわりと浮き上がり、そして消えていった。

 だが、もたらされた情報により、楽しみな焼き肉気分が少しだけ、どんよりとした気分になる。


「リーダ。どうするんだ?」

「相違点を探す。あと、カガミにプレイン……それにミズキには伝えておこう」

「ハロルド氏とロンロ氏にも……だな」


 一難去ってまた一難。

 だが、手をこまねくつもりはない、相違点を探し、みんなが元気で旅をできるように努める。せっかくの楽しい異世界生活。くだらないことに邪魔されるつもりはない。


「さてと、どうしたものか」


 オレはそっと呟いた。

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