第267話 かりのはじまり

 茶釜に、その子供3匹。

 巨大ウサギであるエルフ馬、茶釜達の世話は、チッキーがメインになりそうだ。

 だが遊牧民達の説明は皆で聞く。

 1人に任せる訳ではなく、みんなで世話ができるようにならなくてはと思う。


「世界樹の葉を手に入れることができないのでは?」


 遊牧民達の心配事は、オレ達がきちんと世話できるのかではなく、その一点だけだった。


「もちろん。私達だって考えています」

「えぇ。リーダの言うとおりです。問題なく魔法で手配できますよ」


 オレ達が魔法でなんとかできる事を説明すると、案外簡単に理解してくれた。

 そんなわけで、色々とエルフ馬の世話の仕方を聞く。それと同時にエルフ馬に乗る為の練習もした。

 ただ乗るのであれば問題がないが、ジグザグに動くなどの機敏な動きになるとなかなか難しい。乗るだけで精一杯だ。遊牧民達のように、走るエルフ馬の背で立ち上がって周りの様子をみるなんて、出来る気がしない。

 オレや同僚は大人のエルフ馬である茶釜にしか乗ることができない。だが、ノアやチッキー達の大きさであれば子ウサギにも乗ることができた。

 もっとも実用には程遠い。やはり大人のエルフ馬でないと満足できるスピードで長距離を走れないようだ。


「リーダ様。これ、おいらも作りたいです」


 遊牧民がエルフ馬用の鞍を整備する姿が、ピッキーの好奇心を刺激したようだ。

 やりたいなら応援しようということで、作り方を教えてもらえないかとラッレノーへ頼んだ。すると、すぐに手配してくれた。加えて、茶釜用にと鞍を譲ってもらった。とりあえず使うための鞍として、ピッキーのお手本として、きっと役に立つということだ。

 2人乗りの蔵だ。

 さっそくカガミとミズキが使っている。

 昨日なんて一日中乗っていた。アホなんじゃないかあいつら。


「ピッキーが参考にしたいってのに、いつまで乗ってるんだか」

「いえ。おいらは後でいいです」


 結局、ピッキーが作るためのお手本には、べつの鞍を使う羽目になってしまった。


「鞍なら予備があるので、こちらをお手本にしてください」


 その様子を見かねたサエンティの兄、コイチゴイが提供してくれたのだ。

 彼は、サエンティやパエンティの兄とは思えないほど礼儀正しい。

 オレはというと、のんびりとテントで過ごす。

 たまにエルフ馬に乗り、世話の仕方をならう。

 加えてノアの誕生日プレゼント、誕生日会の準備をこっそりと進める。

 ゆったりな時間だったが、昨日から唐突に生活の中に違いが出てきた。

 遊牧民達が、活発に動き出したのだ。


「追い立てていた獲物が、予定の場所までやってきました。明日から狩りを始めるんです」


 巨大な鉄球や、先端が尖った丸太などを用意している様子に、戦闘かと思い尋ねたオレに笑いながらラッレノーさんが答えた。


「へぇ、狩りですか」


 狩りというイメージからほど遠い武器の数々に、その笑顔がアンバランスだ。


「えぇ。獲物を追い立てて、後は皆で囲み倒してしまうのです」


 どういう流れで巨獣を狩るのか教えてくれる。

 自分達の戦いやすいところにおびき寄せて、そして皆で囲み時間をかけて狩ってしまうそうだ。

 巨獣はタフなので何日も狩るのにかかるそうだ。

 そんな狩りの様子は、遊牧民にとってもイベントで、見物用のお酒なども準備している。


「先日は皆さんの戦いぶりを遠巻きではありましたが、拝見させていただきました」

「今度は、我々の番ですよ」


 興味深そうに準備の様子を見ていたオレに、遊牧民の誰もが誇らしげな態度で、狩りを見るように勧めてくれる。


「相手は大物だ。大平原の民でなきゃ、普通は拝めない狩りだ。楽しんでくれ」


 ラッレノーの父親に案内された先、そこには、かがり火が叩かれていた。

 数日間にもわたり続く狩りのため、夜間の明かりとして、かがり火の準備などを明るいうちに進めておくそうだ。そして追い立てられるように、夕方頃になって1匹の巨獣がこちらへと走ってきた。


「ステゴサウルスか!」


 サムソンが興奮気味に声をあげる。

 確かに、本か何かで見たことがある恐竜だ。


「でもあれ、映画で見たのよりも大きいっスね」


 プレインも話に加わる。

 皆が大好きな恐竜だ。

 背中に巨大なトゲがある緑がかった茶色をした恐竜。首から尻尾までが長く、胴体が丸っこい。尻尾にもついた鋭く光るトゲを振り回し攻撃するスタイルのようだ。

 横に長い恐竜だが、高さだけでも相当に大きい。


「こんなのを狩るのか」


 彼らは、オレ達のように古代兵器も、超強力な魔法も持っていないのだ。

 目の前にいる巨獣に比べれば、ちっぽけな遊牧民がどうやって狩るのか気になる。

 獲物は追い立てられて、当初予定された場所までおびき寄せられた。かがり火で囲まれ、草が刈り込まれた円形の空間。それはまるで、巨獣と遊牧民が戦うための闘技場のようだった。


「ブォォン!」


 馬のいななきにも似たステゴサウルスの鳴き声が、狩りの始まりを告げる。

 陸上競技場や、野球のグラウンド、そのくらいの広大な空間を、取り囲むかがり火に照らされステゴサウルスと遊牧民の戦いは続いた。

 すぐにあたりは真っ暗になり、ステゴサウルスと遊牧民達の姿がチラチラ照らされる。

 あの可愛らしいエルフ馬が、とても勇ましく見える。


「はい、どうぞ」


 サエンティとパエンティがスープを持ってきてくれた。


「今日から何日も続くんだから、じっくり応援しような」

「うん」

「ノアは眠たくなったら寝るんだぞ。大丈夫、明日になってもまだまだ狩りは続いてるんだから」


 すっかり仲良くなったノアと2人の女の子は何やら話をしている。その様子はとても微笑ましい。

 夜も更け、ノアが眠りについて、しばらく経ってなお、狩りの様子は変わらない。

 数日にわたるというのは、誇張でも何でもないようだ。

 遊牧民達は、ステゴサウルスの周りをエルフ馬にのってグルグルと回る。そして隙を見て、槍を突きたてる。だが、固い皮に覆われたステゴサウルスはびくともしない。遊牧民達は攻撃が通じていないことは当然とばかりに、動揺せず繰り返し繰り返し続けている。

 そうやって注意を逸らしている間に、遊牧民は投げ縄をつぎつぎと繰り出していた。ロープがその背中にあるたくさん生えているトゲに絡みつき、地面に縛り付けられるような形になる。

 もちろん、ステゴサウルスも抵抗する。体をくねらせ、ロープによる拘束をできるだけ緩めようとする。そして、トゲのついた尻尾で攻撃を繰り出していた。


『ガァン』


 それを巨大な盾を持ち、エルフ馬に乗った遊牧民が受け止める。

 あの巨体から繰り出される攻撃を、勇ましくも盾で受け止めたのだ。

 吹き飛ばされるのではないかと心配したが、それは杞憂だった。大きな音を立てて受け止め、エルフ馬はジャリジャリと音をたててしっかりと踏ん張っていた。

 馬とは違って重心が低いため安定感があるようだ。

 こうやってみると、ステゴサウルスに相対する遊牧民は3つのグループがあるようだ。槍で攻撃する者。投げ縄を投げる者。そして大盾で、攻撃を受け止める者。


「ラッレノー交代だ! 休め!」


 定期的に交代する、仮眠を取っている者もいる。

 家族総出で一匹の巨獣を狩る。

 しかも今回は複数の家族が一致団結して戦うという。

 何十人もいる集団が1匹の巨大なステゴサウルスに戦いを挑んでいる様子が勇ましく格好いい。

 夜遅くまで見ていたが狩りという名の戦いは続く。

 蹴飛ばされて一時離脱する者。大きな盾で防御どころか体当たりによる反撃をする者。

 次から次へと、あの手この手で抵抗する恐竜ステゴサウルスと、それに対抗する遊牧民。

 大迫力だ。

 加えて、エルフ馬がなかなか強い生き物だということも知った。

 遊牧民と巨獣の戦いを夜遅くまで見て、近くに停めた海亀の背にある小屋で寝る。

 迫力ある狩りの風景に興奮していたのか、その日はなかなか寝付けなかった。

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