第266話 どりょくはむだにおわる

 交代で怪我をした子ウサギの世話をした。

 サエンティによると、1日6回程度、薬を塗り替えると治りが早いらしい。

 夜通しの看病。

 加えてチッキー達の加護による治療。

 努力が功を奏したのか、翌日の朝にはぴょんぴょんと軽く飛べるようになっていた。

 そうなるともう言うことを聞かない。

 追いかけていって、捕まえて薬を塗らなくてはならないのだ。

 子ウサギといっても、ただのウサギではない。エルフ馬という巨大ウサギの子供なのだ。さすがにでかい。ノアくらいなら乗れそうだ。

 そんなのがぴょんぴょんと逃げ回る。

 元気になって峠を越えた子ウサギに安心できたので、再びエルフ馬の茶釜に抱きつくことになった。

 カガミは嬉しそうに抱きつき、時間が過ぎるとミズキに変わる。


「こいつら2人で大丈夫なんじゃないか?」

「そうっスね」

「まったく。懐いてもらうって言うのは分かるんだけどさ」

「そうっスね」


 死んだような表情でプレインが頷く。


「じゃ、次リーダね。タッチ!」

「あぁ……はいはい」


 そして、ミズキが2時間を過ごし、オレに変わる。

 ミズキ達はとても嬉しそうに、巨大ウサギであるエルフ馬の茶釜に抱きついていた。

 だが、オレはそんな気になれない。しぶしぶと抱きつく。


「いいなぁ。リーダ」

「今すぐ代わってやろうか?」

「いいよ。いいよ。休憩しなきゃ耐えられないだろうし。長丁場だからね。それに朝ごはんも食べたいしね」


 そうだった。

 いつもなら朝食の時間だ。気がつくと急にお腹がすいてくる。

 押してると、サエンティとパエンティ、そしてそのお兄ちゃんの3人が朝食を持ってきてくれた。


「具合はどうですか?」

「峠は越えた感じっスね。ほら」


 プレインが飛び跳ねる子ウサギを指差す。チッキーとピッキーが子ウサギを追い回していた。なんとか捕まえて薬を塗り替えて、加護を使うつもりだ。

 あんなに動き回ると傷口が開きそうで心配だ。


「よかったです。あっ、これ朝ごはんです。あと、父からの伝言です。今獲物を追い立てているから狩りが始まったら呼びますね、ということでした」

「狩りが始まったら?」

「そうです。家族……今回は、他の家族も含めて、総出で狩りをするんです。ぜひとも旅人の皆様にも見ていただきたいと」

「それは楽しみです」


 茶釜にへばりついたまま、プレインと男の子の会話を聞く。

 あの2人とはちがってずいぶんとしっかりとしている。

 ちょうど、お腹が空いてきた頃合いだったので、朝食の差し入れは嬉しい。

 だが、届けられたものがスープ状のものだった。

 オレが茶釜から降りる頃には冷めてしまうのではないだろうか。


「お腹空いた」

「うん」

「うん……じゃないだろ、お腹空いたって」


 ボンヤリとピッキーとチッキー、それに飛び回る子ウサギを見ながら食事を取っているミズキは生返事だ。


「はい」


 ノアがトコトコと歩いてきて、スプーンにスープをすくって、オレの口元まで運ぼうとしてくれる。

 その気遣いは嬉しい。だが、少し背の高さが足りない。

 一生懸命背伸びしてくれるが、届かない。


「ノアちゃん、貸して」


 その様子を見かねてプレインが近づいてくる。ノアから、お椀とスプーンを受け取ると、すくい取った。


「やっぱいいです」

「そっスね」


 プレインに「はい。あーん」って感じで、スプーンを口元に運ばれるシチュエーションは嫌だったので断る。


「ちょっと、スープはこの体勢では飲みにくいな」

「あ!」


 オレの言葉を聞いて、ノアが何かを思いついたようだ。

 カバンからゴソゴソ小袋を取り出し、さらに中からカロメーを取り出した。


「そっか。カロメーだったら片手でつまんで食える」


 早速受け取って口に運んだ、もぐもぐと食っていると茶釜が急に動いた。

 思わずカロメーを落としてしまう。

 落ちたカロメーをぴょこぴょこと飛んでいた子ウサギの1匹が、横からヒョイとかっさらい。そしてパクパクと食べた。


「あれ、世界樹の葉じゃなくても食べるんだな。海亀も食ってたしな。カロメーは皆が好きなんだな」

「うん。はい、リーダ」


 2つめのカロメーをノアから受け取って食べる。

 その頃になって、ようやくミズキがオレの様子に気がついたようだ。


「あれ?」

「あれじゃないだろう。お腹空いてるって言ってるのに」

「そうだっけ。ごめんごめん」


 ミズキがスープを飲みながら、こちらに近づいてきた。


「もうそろそろかな?」


 しばらく経ってだいぶ飽きてきたので、ちまちまと飛び跳ねる子ウサギを追いかけていたミズキに声をかける。


「うーん、あと1時間ぐらい」


 ミズキが背伸びをして、オレに時計を見せる。

 サムソンの腕時計だ。

 確かにあと1時間以上ある。

 全然時間が経たない。


「面倒くさい」


 そうぼやいていた時のことだ。

 ヌネフがトコトコ近づいて、オレを興味深そうに見上げる。


「そういえば、リーダは面倒くさいのになんで抱きついてるんですか?」

「なんでって、茶釜を連れてくためだろう?」


 オレの言葉に、ヌネフ首を傾げる。


「ああ」


 そして、間の抜けたような声を上げた。


「何かあるのか?」

「それなら子供達が懐いてるから、しばらくついていくつもりのようですよ」

「誰が」

「このエルフ馬……茶釜が」


 えっ?


「それ、ほんと? ありがとう。ヌネフ」


 弾かれたように、ミズキがヌネフに走り寄り、抱きついた。


「痛いです、やめてください。痛いですやめてください。痛いで……」


 ヌネフは壊れたスピーカーのように「痛いです、やめてください」を繰り返す。

 ミズキはそんなこと御構い無してヌネフを抱きしめていた。


「じゃあ、オレ、抱きつく必要なかったじゃないか」

「あはは、遊んでるのかと思った」


 モペアがゲラゲラと笑う。

 クソ。時間無駄にした、そう思いピョンと飛び降りる。


「まったく」


 オレの努力が無駄に終わった。1時間もだ。

 もっとも茶釜がついてきてくれるのであれば、これ以上抱きつかなくて済むのだ。1時間ぐらいは、しょうがないことだったと思おう。


「サラマンダー。リーダのスープをちょっと温めてあげて」

「ガルゥ」


 小さな湯気がスープにたち、熱々になった。

 あつあつで煮込まれた肉が沢山入ったスープだ。

 パクパク食べたら少し眠くなったので、一眠りすることにした。

 昨晩もほとんど起きていたので、ほぼ徹夜だったのだ。

 海亀の背にある小屋は、仮眠ベッドはカガミが寝ていて、一階の床にはサムソンが寝ていた。外にロッキングチェアを出し、ゆらゆらと揺られる。

 外はやや肌寒いがフカフカお布団に包まれれば問題ない。


「ハックシュン!」


 問題ないと思っていたが、ゆらゆらと寝ている間に身体が冷えたようだ。

 自分のくしゃみで目が覚める。


「リーダ、大丈夫?」


 ノアが近づいてきた、心配そうにオレを見る。


「ちょっと疲れただけさ、大丈夫だよ」


 風邪引いたらエリクサー飲めばいいしな。


「あのね。ミズキお姉ちゃんがね、すっごく嬉しそうなの」

「そうだな。まったくみんな好き勝手しやがって。振り回される身にもなってみろって言うんだよな。ノア」


 ついつい、ノアに愚痴ってしまう。


「うん。でもね。ミズキお姉ちゃんも、カガミお姉ちゃんも、みーんな言ってたよ」

「言ってたって?」

「いつだってリーダが何とかしてくれるから、やりたいことをやって、好きなことができるんだって」

「そっか」

「うん、私もね、リーダがいるからすっごく楽しいの」


 ノアが笑顔で、ロッキングチェアの手すりによりかかりゆらゆらと椅子を揺らす。

 手すりに寄りかかり、揺れる椅子に身を任せ、楽しそうだ。


「そっか。ありがとう」


 笑うノアをみて、オレも笑う。

 どんどん人や動物が増えて、賑やかになってきた。

 でも、みんなが楽しいなら、悪くはない。

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