第265話 ゆうぼくみんのおくすり

 さて、ティラノサウルスの解体は終わった。

 次だ。次。

 凶暴だと言われるエルフ馬の茶釜は、先程と同じ位置でうろうろとしていた。

 きっとあの足元あたりに、カガミ達がいるのだろう。


「悪いが、中で休ませてもらうぞ」


 オレが次何をするのかを考えたのだろう。サムソンが一言断りを入れる。


「気にするな。中で休んでいてくれ」

「どこに行かれるのですか?」

「あちらに」


 エルフ馬を指さし答える。


「なるほど。ところでそこのお肉、私達の方で加工しておきましょうか?」


 ラッレノーがティラノサウルスの肉を指さし提案する。

 願ったり叶ったりだ。癖のある肉の料理方法なんてオレ達はわからない。


「そうですね。ではお願いします」

「お任せ下さい。すぐに荷台を持ってきますので」


 影収納の魔法に入れて運ぼうかと思っていたが、面倒くさくなってきたので全部お任せすることにした。


『キィ』


 ラッレノーと話をしていると、小さく扉の開く音がした。

 ふと見ると、海亀の背にある小屋から、そろそろとサエンティが姿を見せた。

 下を見てうつむいている。


「サエン」


 ラッレノーが声をかける。

 ビクッとした後、こちらをみた。

 目を涙でいっぱいにしていた。


「怖かったね。大丈夫。みんな無事だ。お父さんと一緒にお帰り」


 それだけを言うと、トコトコとエルフ馬の茶釜に向かって歩いて行く。

 歩いて近づくことにしたのは、海亀ごと進むと逃げてしまうかもしれないと思ったからだ。

 近づいてみると予想していた状況とは様子が違っていた。

 個人的には、ロデオのように暴れ狂うエルフ馬に必死にしがみつくイメージだったのだが、茶釜は暴れていないようだ。


「みてみて。リーダ。ちっちゃな子供もいる」


 ミズキが指さす。

 茶釜はそんなオレ達には目もくれず、うろうろとしていた。

 カガミはそんな背中にへばりついている。

 すごく幸せそうだ。


「なんだか様子がおかしいんです」


 そんな幸せそうな表情とは裏腹に、心配した声音でカガミが言う。


「そうそう。私達なんかどうでもいいみたい」


 ミズキもそれに同調する。

 茶釜は何をしているのだろう。ウロウロと歩き回るばかりだ。

 言葉が分からないしな。

 そうだ。ヌネフ。あいつ、海亀の時も意思疎通ができていた。


「ヌネフ、いる?」


 とりあえず呼びかけてみる。


『パパラッパッパパー』


 控えめのファンファーレが鳴る。


「偉大なる風のせ……」

「なんか、そいつ探し物してるみたいだな」


 ファンファーレとほぼ同時に、そろそろと近づいてきた海亀の頭上で、あぐらをかいて座っているモペアが声を発した。


「あぁぁ!」


 ヌネフがびっくりしたような声をあげて、モペアを見る。


「私が言おうと思っていたのに」

「まったく騒ぐなよ。子ウサギが逃げるだろ」

「捜し物っスか?」


 ふわりと地面に着地し、ヌネフはトコトコと茶釜の前まで歩き、じっと目を見つめた。


「子供を探してるようですね」

「子供」

「ここにいるのとは別の」

「茶釜ってママだったんだね」


 ノアが言う。

 なるほど。母ウサギが子供を探していると。

 大平原はオレ達の膝を少し超える高さの草が生えている。

 側にいる子ウサギだと、少し離れてしまうと草に隠れて見つけにくくなる。

 さて、どうしたものか。


「捜し物の魔法ってあるよね?」


 とりあえず知っていそうなカガミに質問する。


「ありますが、対象が特定できないとなかなか難しいと思います」

「そうなんだ」

「今回の迷子を捜すには、ちょっと材料が少なすぎると思います」


 カガミが、そう言いながらピョンと飛び降りた。


「いいのか?」

「事情が事情ですし、先に子供を探しましょう」


 とりあえず手分けして探すか。

 皆でしゃがみこみ草むらをかき分け探しだしたときだ。


「リーダ達は働き者だよな」


 モペアが、後ろから声をかけてきた。


「いや、正直さ。エルフ馬には抱きつきたくないんだけど。ほっとくのも可愛そうだろ?」

「ふぅん。まあいいや」


 そういうとモペアはドタバタと大きく足踏みした。

 するとモペアを中心に草がどんどんと倒れる。円形に。

 決まった一方向にクルクルと倒れていく。倒れた草が模様を作る様子は、テレビのニュースなどで見たことのある麦畑に出現したミステリーサークルを思い出す。

 辺り一帯の草が次々と倒れていく中、あっさりと小さなエルフ馬を見つけた。

 遠目でもわかる。赤くなった背中。背中に怪我をしていて動けなくなっていたのだ。

 オレ達に目をくれず、茶釜はパッとそこまで走りよると、背中をぺろぺろとなめだした。


「見つかったけど、怪我してるね」

「治療する方法は……」

「動物だから……エリクサーは通じないと思います」


 完全無欠かと思われたエリクサーだが、動物には通用しない。屋敷にいた牛で試して、その後に屋敷にあった書籍で裏を取った。

 となると、家畜を癒やす魔法……そんなの、あったっけかな。

 何とかしなければいけないが、特にアイデアを思いつかない。


「怪我してるでちか」


 チッキーがのぞき込むように、カガミの横から顔を出す。


「そうだね」

「家畜の怪我を癒やす加護がつかえるかも」

「そういうのがあるのか」


 善は急げとばかりに、チッキーが両手をあげて、祝詞を唱える。

 チリチリと音がして子ウサギの背中が淡い光に包まれた。


「上手くいってるな」

「傷が深いでち……」

「おいらもやります」


 続けて、ピッキーとトッキーも加わる。


「毎日やればうまくいきます」


 3人の獣人が祝詞を唱え、しばらくした後、トッキーがオレ達を見て言った。

 最悪の事態は脱したといったところか。だが、まだ安心はできない。

 そんな時、ザザッと音がした。ふと見ると、エルフ馬が近づいてきていた。

 背中には、俯いたサエンティが乗っている。


「ごめんなさい」

「あのね、みんな大丈夫なの」


 ノアが穏やかな声で言った。

 サエンティはノアの言葉に、少しだけ頭を上げたが、またすぐに俯いてしまった。

 皆が無事だったので、オレ達は気にしていない。

 だが、見る限りずいぶんと責任を感じているようだ。

 俯くサエンティを見て、遊牧民とエルフ馬の関係を思い出す。

 そういえば……遊牧民はエルフ馬をずいぶんと大事にしていた。

 遊牧民たちはこういう場合どうしているのだろうか。


「1つ教えて欲しいんだけど、このエルフ馬、怪我をしてるみたいなんだ。何かいい方法を知ってる?」


 パッとサエンティが顔を上げる。


「お薬がある! 取ってくる!」


 そう言ってダッと駆け出した。

 やはりだ。エルフ馬は長寿だとも聞いている。遊牧民がながくエルフ馬と付き合う中で怪我をすることもあるだろう。だから、遊牧民が怪我したエルフ馬を治療する方法を知っていてもおかしくない。

 すぐに壺を抱えたサエンティが戻ってくる。


「お薬?」


 怪我をした子ウサギの側まで行き、壷から薬を取り出し塗った。


「あたし達はこのままずっと撫でてあげるの」

「ありがとう。お薬いただいてもいいの?」

「全部あげる、お薬なら作れるし!」


 元気を取り戻した様子のサエンティが笑った。


「遊牧民からもらった薬と、ピッキー達の加護。全部使って助けよう」

「うん!」


 ひときわ大きな声で返事をしたノアをはじめ、皆が頷く。

 その日の夜は、皆が交代で子ウサギの治療をして過ごした。

 オレ達が色々とする間、茶釜は何もしなかった。他の子うさぎと一緒にずっとオレ達の様子を眺めていた。

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