第251話 閑話 異質なる者達(イアメスこと金獅子キンダッタ視点)

 せっかく大平原に来たのだ。

 ワタクシは一人世界樹を見に行くことにした。

 他の奴らみたいに真面目腐って仕事などをしたくはないのだ。

 本当の金獅子とはそういうものだ。自由気ままに動き、敵を欺き、味方のために戦う。常に華麗に、そしてしたたかに。

 まったく、みんな真面目腐ってしょうがない奴らだ。

 あんなのだから、剣技でも、知恵でも、ワタクシに勝てないのだ。

 そしてたどり着いた世界樹。

 その巨大な姿は見る者を圧倒する。地表へと突き進む根元の盛り上がりすら、すでに山のような大きさ。世界樹の幹を一週グルリと馬で駆け巡るにも2日を要した。

 世界樹の巨大な根に体を預け、ごろりと横になる。ときたま見える巨獣とふわりふわりと落ちる巨大な葉は、大地の偉大さとワタクシ達がいかに小さな存在であるのかをささやいているように見えた。

 ノアサリーナ共と遭遇したのは、ワタクシが世界樹に身を預け夜を過ごし、朝の目覚めにふさわしい熱い茶を準備していた時だった。

 突如、ほがらかな朝日に似つかわしくない落雷が轟いた。ガバッと立ち上がり音のした方を見る。


 んな!


 そこには巨大な竜と、小さな家を背に乗せた海亀がいた。

 さらに海亀のそばには数人の男女。

 何者であるか?

 その疑問に答えを見つけるべく看破の魔法を使い、気配を殺し接近する。

 呪い子ノアサリーナ。

 そして、その従者。

 胸が高鳴る。これはチャンスだ。

 かような場所で、ワタクシ達、金獅子のターゲットを見つけるとは。

 他の誰よりも先んじて目標を捉えたことに、笑みがこぼれる。

 タイミングを見て、彼らの前に現れ、そして取り入ることにしよう。

 そう計画し、ほんの少し離れて尾行する。

 身をかがめ、奴らに気づかれないように進む。大平原の草に身を潜ませ進み、定期的に音のしない口笛を使い、馬を引き寄せる。


「印象的に奴らの前に現れ、そして華々しく活躍し、取り入るのだ」


 計画を呟き、覚悟を決める。

 そのためにふさわしい舞台を得るべく数日の尾行を覚悟していたが、チャンスはすぐにやってきた。

 奴らは何を思ったのか。首長の巨獣にちょっかいを出し追われる羽目に陥っていた。

 あまりにも情けない様子に、少しだけ同情したが、任務のため非情にならざるを得ない。

 しばらく傍観する。

 もう少し奴らが疲弊し、怪我人が出てから登場すべきか悩んだがやや登場のタイミングを早め、奴らを助ける方向で動くことにした。


「ハイヨー!」


 颯爽と駆けつけ、勇ましい掛け声とともに彼らの前に現れて、腰の魔砲で目くらましを放つ。


「間一髪。危険でございましたゾ」


 決まった!

 最高のタイミング、最高の声音。決めゼリフも完璧に言え、お辞儀もとてもきれいにできた。登場シーン、そのすべてがうまくいったことにワタクシは満足し、ニヤリと笑う。

 その効果はてきめんだった。

 てきめん過ぎるほどてきめんだった。

 奴らの内、2人の女性は私の魅力の虜となり、すぐに私の申し出を受けてくれることになった。

 ちょろいものだが、レディーたるもの、もう少し恥じらいや遠慮するというこころを持っていてほしい。

 まぁ、人族の女性にそんなことを思ってもしょうがないことかもしれない。

 ふっかけた案内賃をそのまま払うといわれ、調子が狂う。

 交渉を続ける中で、奴らの財力などを知るつもりだったのだが、このような金銭感覚で奴らは平気なのだろうか。

 偽金かもしれないと不安になり、念のため確認したが、まごうことなき本物の大金貨だった。

 本物だ。奴ら、予想以上に金銭に余裕があるようだ。

 こんなにあっさり取り入ることができるとは。

 とても幸先がいいと感じる。

 だが、上手くいっていたのはそこまでだった。

 ワタクシはそこから先、彼らの恐ろしさを嫌という程味わうことになったのだが、まだその時はそんな末路があるとは露程も考えなかった。

 最初に計画を狂わせたのはハロルドの存在だ。

 地竜を素手で殴り倒したことで付いた二つ名は地竜砕き。今は亡きベアルド王国の戦士。

 獣王とも名高い我が王が、かつて数日にも及ぶ激闘を繰り広げた相手。

 群雄割拠な南方にて、弱小国だったベアルド王国の名をとどろかせた戦士。

 そんな男が呪い子ノアサリーナの側にいたのだ。

 それは誤算だった。まずい、先程使った腰の魔砲に手をやる。

 金獅子の紋章が入ったこの魔砲。もし、あいつが紋章を見ていたら、ワタクシの正体がバレてしまう。いや、大丈夫だ。バレていないはずだ。ワタクシがこの魔砲を使ったとき、ハロルドは家の中にいた。外見はごく普通の小型魔砲だ。珍しいものではない。

 服装だって今年の流行だ。同じような格好をした奴なら沢山いる。ビッソン牛の長靴に、叔父のお古だが物のいいベスト。これまた叔父からもらった帽子。

 大丈夫。すまし顔で乗り切れる……はずだ。

 とりあえず気を取り直す、今後のことを考え、念のために仲間を呼ぶことにした。最初は手柄を独り占めするつもりだったがハロルドがいる以上、慎重にならざるを得ない。

 すぐに隙を見て、トーク鳥を飛ばす。

 さらに仲間との合流を考え、できるだけ今の場所から動かないように誘導する。案内役であるワタクシの申し出を皆は素直に聞き入れた。


「もちろんですゾ。遊牧民は、巨獣からつかず離れず生活しておりますれば音でわかりまですゾ」


 遠回しに巨獣と不意な遭遇を避けるためとアピールしつつ、ジグザグに進む。

 もっとも安心はできない。


「有名人とか、軍隊……とか? 制服のように見えたもんで」


 んな!

 何気ない雑談だったが、この質問には焦った。

 制服という言葉で、ワタクシのベストは、かつて叔父が着ていた……そう金獅子時代に着ていたものだと思い出したのだ。今風にアレンジしてあるが、金獅子を連想するベスト。

 しくじった。

 とっさの言い訳が通じ事なきを得たが、本当に焦った。

 だが、なんとか世界樹からほとんど離れることなく、そして奴らの関係性を観察しつつ初日の夜を迎えた。

 不思議なことにハロルドはいつの間にかいなくなっていた。


「時に、ハロルド様はいずこに?」

「そうですね。ハロルドさん、すぐいなくなってしまいます」


 ハロルドと、やつらの関係については、もう少し探る必要があるだろう。

 そして、夜一人抜けだし、これからの仕込みをする。

 音の出ない口笛を吹き鳴らし、追いかけさせていた怪鳥アレイアチを呼び出す。

 周りを警戒しつつ、だが手慣れた動作を気楽にこなす。

 んな!

 ところが怪鳥が接近するまでの間、しばらく待っていた時に信じられないものを見つけてしまったのだ。ワタクシが昼間飛ばしたトーク鳥が横たわっていたのだ。

 近づいていくと、まるで眠っているように倒れていた。


「どういうことだ?」


 小さく自問自答の問いを口ずさみ、トーク鳥に異常が無いかも調べる。

 トーク鳥の足に着けられた言葉封じの魔道具も無事だ。

 特にいじられた形跡もない。だが、念には念をということで再生してみる。


「肉が食いたいだけ。小細工をせずに素直に案内すればよろしい。オーホホホ」


 背筋が凍る。

 どういうことだ?

 そこには聞いたこともない女の声と高笑いが入っていた。

 トーク鳥がバレている。

 だが、一体だれに?

 ノアサリーナ共、従者ともハロルドとも、他の奴隷とも違う。あのトーク鳥につけた魔導具には知らない人間の声が入っていた。

 まだ、奴らのことは分からないことだらけだ。

 すぐ側まで来ていた怪鳥アレイアチも、しばらくは動かさないほうがいいだろう。

 とりあえずデルコゼを使う。定期的に与えなくては、ワタクシの命令を聞かなくなる。

 勝手に暴れられても面倒なので、不快な思いを我慢しつつデルコゼを使う。

 デルコゼをひとかじりして飲み込む。ひどく酸っぱい味を我慢して飲み込む。吐きそうだ。こればかりは何度食べても慣れない。それから残った欠片を魔物に食わせる。

 ついでに解毒丸を飲み込む。

 さっさと、アレイアチを使い捨てて、楽になりたいものだ。

 さて、やっと吐き気が落ち着いてきた。

 しばらくワタクシの跡をつけるように命令せねば……頭の悪い鳥だ。毎日毎日言い含めなくてはすぐに忘れてしまう。

 アレイアチに指示を出そうとしていた直前、ふと人の気配を感じた。

 あまりに酷いデルコゼの味に、気を取られていた。

 ノアサリーナの従者だとまずい。ハロルドだと、最悪だ。

 慌ててその場を立ち去る。

 その日はトーク鳥の一件もあり、一睡もできなかった。翌日は、そんな中、頭のめぐりの悪いまま進むことになった。

 やつらの言葉に耳をすませ、ゆっくりと進む。

 しばらくはおとなしく観察に徹しよう……そう思っていた矢先のことだ。


「真っ赤な鳥! 巨大な鳥が飛んできます!」


 んな!

 怪鳥アレイアチがこちらの方に向かってきたのだ。

 しくじった!

 命令を出すのを忘れていた。

 コントロールを失い術者に向かってきたのだ。

 しょうがない。


「あれは、アレイアチ! 攻撃の魔法が一切通じぬ、鳥型の魔物ですゾ!」


 計画を前倒し、怪鳥アレイアチの前に躍り出る。

 幸運なことにハロルドは近くにいない。今いるのは魔法使いだけだ。ここで活躍して、彼らの信用をつかむ。

 だがしかし、ワタクシの小さな企みは、ノアサリーナの従者であり筆頭奴隷のリーダに打ち砕かれることになった。

 自分達だけで戦うと言い出したのだ。

 そこから先、恐ろしいことばかりだった。


 んな!


 まずカガミという女性が信じられないことに、たった1匹の怪鳥のために偉大なる盾の魔法を使ったのだ。

 もしかしたら違う魔法なのかもしれないが、あれはきっと偉大なる盾だ。

 対軍魔法、強力な魔法の盾を生み出す大魔法。特別な触媒、そして複数の人間が協力し詠唱する必要があるはずの大魔法。

 それをたった一人で。

 アレイアチはその盾に遮られ、墜落する。


 んな!


 次は学者然としたサムソンという男が巨大な手を魔法で生み出し、アレイアチの足を掴み取り、引き倒す。

 このような魔法が存在するなどとは知らなかった。

 王が警戒していた意味を思い知る。


 んな!


 そして、極めつけはあのリーダの使った魔法……いや、魔導具。

 見たこともない大威力の攻撃。

 怪鳥アレイアチどころか、大地を抉り、天を貫く光。

 たった一匹の魔物に使うものではない。

 あんなものを使われれば、軍隊ですらひとたまりもないだろう。

 なんてことだ。

 金獅子全員を呼び寄せても彼らに敵う未来が見えなかった。

 あんなに軽々と対軍魔法を使い、対軍用の大型魔導具を使う存在がいるとは夢にも思わなかった。

 さらに恐怖は続く。


「何をされますのデ?」

「せっかくの大平原の巨獣なので、解体してお肉をいただこうかなと」


 リーダという男が、アレイアチを解体すると言い出したのだ。

 奴らの身のこなしや、態度から、そんな解体などするようには見えなかった。


 んな!


 黄昏の者?

 リーダという男は、黄昏の者を呼び出したかと思うと解体を命じた。

 暴れ狂い言葉の通じないはずの黄昏の者と、言葉を交わし、命じることができるなど。

 デルコゼの欠片が体内にでもあれば……いや、大丈夫だ。あれはすぐに溶けてなくなるはずだ。

 口の中がカラカラになる。

 先ほどの戦いで、ワタクシには勝ち目がないことは明白だ。かくなるうえは誰かを人質に……。


 んな!


 先ほどまでいなかったはずの、ハロルドの気配が小屋の中にあった。

 いなかった。確認した。いなかった。なのに、なぜ?

 ワタクシは泳がされていた?

 人質どころか、逃げることすら不可能だ。

 先ほどのアレイアチのように焼かれる未来がみえる。

 手が震える。


「ある意味、毒だ。こいつはデルコゼに身体を冒されている」


 そんななか、追い打ちをかけるように、黄昏の者の言葉が響く。


 んな!


 黄昏の者はそんなこともわかるのか。

 そして、皆の視線が私に集中する。


「デルコゼに覚えがありますか?」


 疑われていた。


「そうだよ。そいつが昨日の晩、デルコゼを魔物にやってたよ」


 そして、バレていた。デルコゼを使ったことを。

 もしかしたら、ワタクシが金獅子であることもお見通しかもしれない。

 終わった……じんわりと涙が出てきた。


「大体わかりました。安心してください、イアメス様」


 そんなワタクシの前に、奴らのうち、カガミという女が微笑み近づいてきた。

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