第247話 きんじし
オレ達の前に立ったのは、猫の頭をした獣人だ。
身体はオレ達よりも小さい。背格好はノアと同じくらいだろうか。
腰には細身の剣と、丸っこい拳銃のような物を携えている。白い羽根飾りのあるテンガロンハットをかぶり、赤いベストと長い革靴を履いた姿が、絵本で見たことのある長靴をはいた猫を彷彿とさせる。
「間一髪。危険でございましたゾ」
そう言った後、左手で帽子をとり胸元によせ、右手を斜めに下げてお辞儀した。
流れるような動きは、微妙に芝居がかってみえた。
「うわぁ」
嬉しそうなミズキの声が聞こえる。
ミズキだけではない。カガミの目もキラキラと輝いている。
悪意を持って近づいていると、ヌネフに忠告を受けているにもかかわらず、これだ。
こいつら、いつも見た目で判断しているよな。
まったく、人間は中身だよ中身。
「キャンキャン!」
対応について考えていると、ハロルドの泣き声が足下からした。クルクル回りながら吠えたかと思うと、オレのズボンの裾をクイクイと小さく引っ張る。
何か言いたいことがあるのだろう。
「ノア、ちょっとお願い」
小屋に移動し、ノアにハロルド呪いを解除してもらう。
「あれは、もしかしたら金獅子ではなかろうか?」
「金獅子って?」
「うむ。もう50年以上前になるであろうか、南方にて名をはせた一軍でござるよ」
「へぇ、あんなのがいっぱいいるんだ」
「フェーリタ族。そして、装飾華美な服装。長い革靴、レイピアに小型の魔砲。見れば見るほど、金獅子の正装でござる」
あの猫の獣人はフェーリタ族というのか。そして腰に差したのは小型の魔砲か。大砲といい拳銃といい、似たようなものはどこにでもあるものだな。
それはともかく、ヤツの正体だ。金獅子か。
「そんなに有名なのか」
「有名だったのは昔の話でござるな。ここ最近は、随分と質が下がったとも聞いているでござる」
「金獅子って強いの?」
「大丈夫でござるよ。姫様。拙者がおくれを取るほどではないでござる。だが、なかなかの手練れ揃いでござった。まぁ、昔の話でござる。だが、彼らの力は武力だけではないでござる」
「魔法とか?」
ノアが首を傾げて、ハロルドに尋ねる。
「いや、姫様、違うでござる。彼らは奸計を得意とするでござるよ」
「カンケイ……でしたか」
「そうでござる、奸計というのは、悪巧み……人を騙したり、甘い言葉で誘惑したり、そういうことでござる。人心を惑わし仲違いさせ利益を得る。それがヤツらのやり方でござった」
搦め手でくるのか。なかなか、やっかいそうだ。
というか、ミズキとカガミの反応見る限りあっさり騙されそうだしな。
ここはオレがしっかりしないと不味いだろう。
「困ったね」
「魔法こそ使えぬでござるが、小型の魔砲を使いこなす。奸計だけではなく、戦場でもやっかいな相手でござった」
ハロルドが顎を手で撫でながら思い出すように説明する。
「聞けば聞くほど面倒くさい奴だ。できるだけ関わらない方がいいってことになるな」
「うむ」
我が意を得たりといった感じで、ハロルドが大きく頷く。
「とりあえず距離をおきつつ、真意を探り対応するというのが一番かな」
「つかず離れずでござるな。ヤツの思惑はわからないでござるが、他に仲間がいるでござろうし、注意すべきことは多いでござるよ」
不思議そうにハロルドの方を見て、ノアが口を開く。
「あのね、ハロルド。騙すのなら、金獅子とは思われないほうがいいのに、どうして金獅子って分かる格好しているの?」
「なるほど! さすが姫様でござるな。確かにヤツらは変装の名人でもあったでござる。変装もせずに、金獅子の正装で現れるのはいかにも不自然」
「金獅子にぃ、憧れてる人っていうのはどうかしらぁ?」
ふわふわと浮いて、オレ達の話を聞いていたロンロが話に加わる。
「金獅子に憧れて……同じ格好か」
「ふむ。そういった考え方もあるでござるな。確かに金獅子は南方ではその華々しい活躍が有名でござる。奸計などは実際に相対する者でなければ連想出来ない。フェーリタ族であるゆえ、金獅子に憧れる。確かに道理は通るでござる」
腕を組んで軽く頷きながら、オレの言葉に反応する。
相手が何者であれ、ヌネフが悪意を感じるというのは警戒するに十分な理由だ。
とりあえず、必要以上に信用せず相手を観察する方針ということで。外へ出る。
小屋の外では猫の獣人を囲んでカガミとミズキが楽しそうに話をしていた。サムソンが外に出てきたオレ達の側に来る。
「何か、一緒についてくるとかそんな話になってるぞ。大平原に慣れない者は迷ってしまうそうだ。まぁ、確かにこんなに一面広がる草原だ。世界樹くらいしか、目印になるものがないからな」
「恐竜はぼちぼちいるが、動き回ってるから、道しるべにはならない……か」
続けて、サムソンと現状について意見を交換し合う。
そんなことをしていると、ミズキがオレ達の方に近づいてきた。
「ねぇねぇ、リーダ」
ミズキの輝く笑顔を見ていると、なんとなく言いたいことが分かりげんなりする。
こいつ、ヌネフの忠告を聞いていたのか。
「イアメスがさ案内してくれるんだって、肉まで。でさ、でさ。案内賃、先払いっていうから払っておいたよ」
遅かった。
なんてことだ。
「そっか。とりあえず、ちょっとみんなで話をしておきたいことがあるんだ」
まずは情報の共有だ。よくよく考えたら、ヌネフの忠告を聞いていない可能性もある。なんといっても、先ほどの混乱だ。
雇ったものはしょうが無い。
報告。連絡。相談。ホウレンソウをしっかりしよう。
同僚に相談を持ちかけると同時に、イアメスという獣人にも断りを入れておく。
「そこで、ちょっと、あのーイアメス……様? しばらく、お待ちください」
「あい分かりましたゾ」
イアメスという猫の獣人は、仰々しく礼をして答える。
先ほどから、1つ1つの動作が芝居がかっている気がする。
そういう性格なのかな。
そして皆で小屋に入る途中、少しだけ視線を感じ不安になった。
「ハロルド。オレ達が話をしている間、今後についてつめといてくれよ」
警戒しすぎかもしれないが、念の為、小屋の中にいたハロルドに声をかける。
「うむ、心得た」
「え? ハロハロ……ハロルド……?」
ハロルドがトコトコと小屋から出てきて、姿を見せた瞬間、猫の獣人イアメスが素っ頓狂な声をあげてハロルドを見た。
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