第十四章 異質なるモノ、人心を惑わす

第246話 ひがしへ

「逃げろ、逃げろ」


 地上に降りたのもつかの間、いきなり巨獣に追いかけられる羽目になった。

 巨獣と言っても、まんま恐竜。

 明るい灰色をした首長竜だ。ドスンドスンと大きな足音と共に、大地を揺らし追いかけてくる。

 たまに舞い落ちる世界樹の葉っぱが巨大なこともあって、なんだかオレ達が小人になった気分だ。

 海亀のスピードでは追いつかれるのも時間の問題ということになり、先程カガミがロバに乗って先行し、光り輝く鎖でウミガメとその上に乗った小屋ごと引っ張って逃げている。

 ロバは必死の形相だ。


「付き合いが長くなるとさ、ロバが必死だっていうのがわかるもんだな」

「リーダ。お前、余裕すぎだろ」

「やばいんじゃないっすか、先輩?」


 そんなに気楽なコメントしたつもりはなかったが……どうにもならない。

 オレは上を向いて声をかける。


「おい、ミズキ。お前の責任なんだからお前が何とかしろ! そうだ生贄だ! 生贄になれ!」

「やめてよ、リーダ」


 空を飛び回っていたミズキはトンと軽い音をたてて、海亀の背にある小屋に着地する。

 トッキーピッキーの新作である海亀の背に乗った小屋は、世界樹の枝や葉により出来ている。なおかつハイエルフ達の助けもあって、以前よりも快適に過ごせる家となった。トッキーピッキーが言うには、いろんな仕掛けも作ってあるそうだ。ハイエルフ達の助けがあったとはいえ、2人の進歩は素晴らしい。仕掛けも今から楽しみだ。

 そんな小屋の屋根からミズキの声が聞こえる。


「せっかくだから、ちょっと近くで見ないかって言ったのはリーダじゃん」


 皆の視線がオレに集まる。

 確かに言った。

 最初は恐竜の顔を見たいと思って、上空まで飛んでいったのが始まりだった。

 眠たそうにぼんやりと、むしゃりむしゃりと世界樹の枝と葉っぱを食べる恐竜を見ているだけで最初は幸せだった。

 でも、だんだん大胆になり、オレとミズキは恐竜の背中を滑り台のようにして、遊びだした。

 皆も同調してミズキに続きオレとノア、そしてカガミ、プレインも滑った。一応サムソンも少しだけ滑った。獣人達は、気球に乗ってそんなオレ達を応援してくれた。

 そして一通り楽しんだ後、更に調子に乗ったミズキが頭の上に乗って、それから恐竜の顔の周りをくるくると回って遊んでいたら、追いかけてきた。

 さすがに怒ったのではないかと思う。

 もっともそう思っているだけなので、実際のところはどうだかわからない。


「バーァゥ」


 間の抜けた叫び声が響く。ドンドンと足踏みしたかと思うと追いかけてくる速度が上がる。

 小屋に戻って、海亀を走らせ、逃げることにした。

 そうして、今がある。


「ロバもそんなに長く持たないです。どうしますー?」


 疾走するロバの背に乗ったカガミの悲鳴にも似た声が聞こえる。

 まぁ、今さら後悔してもしょうがない。どうしたものかな。

 後ろを見ると、恐竜はまだ近づいてくるつもりのようだ。

 こいつの足はすごいスローペースで動く。のっそりのっそりとした感じだ。

 ぐうっと足を動かしてドンと落とすように走る。

 足の動きは本当にスローペースなのだ。

 だが、恐竜のとんでもない大きさのせいで、その1歩1歩がとても大きい。

 そのため、こちらの方が一生懸命走っているはずなのに、ゆっくりと追いかけられてしまうのだ。

 目もいいようだ。ふらりふらりと首を動かしてオレ達の方を的確に見てくる。

 踏まれるとひとたまりもないことは、すぐにわかる。


『ドン』


 大地に振り下ろされる足により引き起こる揺れが大きくなってきた。

 恐竜のスピードは変わらないが、ロバが力尽きてきたようだ。

 ちょっとしゃれにならなくなってきたな。

 これは、何人かで手分けして囮になったほうがよさそうだ。

 適任は、オレとミズキ、そしてプレインか。


「リーダ!」


 困ったときには困ったことが続く。


「ヌネフ? どうした?」

「リーダ。誰かが追いかけてきますよ」


 ヌネフがふわりとウミガメの頭に降り立ち、オレの質問に答える。


「誰か?」

「悪意を感じます。私たちに害をなす存在ではないかと感じるのです」

「恐竜じゃなくて?」

「あいつはじゃれてるだけだよ」


 モペアがどこからともなく走ってきて、ガシッと小屋のまわりを取り囲む木製の柵にしがみつき、オレを見上げて言った。


「じゃれてる?」

「そうそう、しばらくしたら飽きるって。だから、もうちょっと逃げれば?」


 なんて物騒なじゃれ合いだ。

 もっとも、仕掛けたのはオレ達なので、何とも言えない。


「んで、悪いってのはまた別物か?」

「そうだね。獣人だよ。馬に乗った」

「そうか、何人だ?」

「1人」

「戦ったら勝てそうかな?」

「ハロルドがいるから大丈夫なんじゃないの?」


 モペアはにべもなくいい、ヌネフもその言葉にこくこくと頷く。

 なんとかなりそうなのか。


「何者なんだろうな」

「さあ。見たこともないやつだったよ」


 悪意をもって近づいてくる相手がわからないとは怖いものだ。つい最近もなんだか組織がどうとか、魔神教がどうとかそんな物騒な話をしたばかりだ。

 ちなみに魔神教というのは、魔神を復活させるために各地で活動している秘密結社みたいなものらしい。

 未知の集団として、疑惑と謎を呼び恐れられている巨大な組織。それだけでなく、魔神を復活させる儀式を執り行っていると言われているそうだ。対策として、各国の王達は見つけ次第捕らえているそうだが、あまり効果はないらしい。

 先日にあったハイエルフの双子が起こした騒動は、それらと関係があるのかもしれないなんて話が出ていた。

 そう、組織。

 バックに組織がいる可能性を考えると、1人だからといって安心はできない。

 戦えば勝てるというのは安心できる要素ではあるが、どうしようかな。


「だらけてないで、なんとかして!」


 モペアと話をし考えていると、カガミの必死な声が聞こえる。


「まずいっス。何か対策しなきゃ」

「私が、もう一回、あいつの前で飛び回るよ!」


 追っ手のことばかり考えている場合ではなかった。


「ボクもあいつの周りをとぶよ」

「クローヴィスと一緒にキョリュウの周りを飛ぶ!」


 恐竜と、追ってくる者。

 2つの問題。

 皆もそれぞれできることを言う。

 そんな中、恐竜が長い長い首に支えられた大きな頭をグリンと動かし、こちらめがけて一気に振り下ろしてきた。

 当たると海亀の背にある小屋などひとたまりもない。

 っていうか、オレ達の身の安全も確保できない可能性もある。

 そう思っていた時のことだ。


「ハイヨー!」


 そんな掛け声と共に、追っ手はあっさりとオレ達を抜き去り、馬の背から高く飛び上がった。

 そして、何かを空に投げた。


『パァン』


 よく響く炸裂音。

 加えて眩しい光。

 閃光弾か。

 恐竜はその光を見て、慌てて後ずさりし静かになった。

 静かになったの見て、息も絶え絶えだったロバはゆっくりと止まる。

 追っ手は、俺達の前に立ちはだかるように、ひらりと身軽に着地する。獣人だ。帽子をかぶった獣人がそこにいた。


「えっえっ」


 そばにいたカガミの嬉しそうな声。


「なにあの子」


 小屋の屋根にいる、ミズキの嬉しそうな声。

 そう、悪意を持つ追っ手……獣人はとんでもない奴だったのだ。

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