第231話 きどうじっけん

 爽やかな朝。ついに起動実験の日を迎える。

 雲ひとつない天気のいい朝だ。

 オレ達が乗ってきた飛行島へ乗り込み、起動実験を見守る。


「えっと……起きるべき物見の家」


 マスターキーを持ち、キーワードを呟きながら、2階にある絵を撫でる。

 すると小さく飛行島が揺れた。


「成功した……と思うぞ」


 飛行島の解析を進める中で、絵に書いてあった4つの言葉、そのうち1つがエンジンにあたる魔導具を動かす言葉だったことがわかった。

 試してみると、予想したとおりの挙動が確認できた。

 いや、それだけでは終わらなかった。


「あ、あのテーブルに地図が出現したっスよ」

「この辺りの地図でしょうか……これ、世界樹だと思います」


 それとは別に、テーブルの上に、付近の地図が現れた。マスターキーを持って、そこを指すことによって、細かい移動が制御できるようだ。


「とりあえず、細かい検証は後回しだ。今日は、あっちの起動実験を見守ろう」


 少し名残おしいが、今日のメインテーマである飛行島の起動実験を見守ることにする。2階の部屋から、外に出る。屋根に出るので、皆で座り遠くを眺める。


「海亀もやってきたね」


 ミズキが声をあげる。下を見ると、海亀がジャンプするように、飛行島へと乗り込んできた。ずいぶんと飛翔魔法が上達している。この調子でいくと、自由に空を飛び回る日もそんなに遠く無いかもしれない。


「置いていかれるとおもったのかな?」

「そうかもね。今日は、皆が飛行島に乗り込んでるしね」

「うん……そうだ」


 何か閃いたのかノアが笑いながら駆けていく。

 しばらくして、一階の玄関からノアが出てきた。カロメーが山盛り入った籠を両手に抱えている。


「ノアは、マメだな」


 ふと見ると、すぐ側、先ほどまでノアが座っていた場所にモペアがいた。


「なんだモペアか」

「今日は騒がしいからな。一緒にいてやるよ。ちなみに、あの屋根にヌネフが居る」


 モペアが2階屋根を指さす。

 きっと今頃は登場シーンを演出するための準備中だろうに、酷い事をする。


「せっかくの登場シーンをぶちこわすなよ」

「いや、これくらいのハンデキャップで、あの偉大なる風の精霊シルフのヌネフが困ることなんてないよ。きっと、あたし達がびっくりするくらいの登場シーンを見せてくれるって」


 ニシシと笑いながらモペアがいう。意地の悪い笑顔だ。

 ヌネフがどうするか知らないが、近くにいることは確かなのだろう。


「あ、お姉ちゃん……」

「はいはい。譲ってあげるよ。何て言ったってお姉ちゃんだからな」


 ノアが戻ってくると、モペアはピョンと飛び降りたかと思うと、すぐに消えてしまった。

 姿が見えないだけで近くにいるだろう。

 しばらくして、辺り一面に浮いている飛行島が一斉に動き出す。

 起動実験の始まりだ。

 オレ達の飛行島は動かない。

 ハイエルフ達が乗り込んでいる飛行島が、一糸乱れぬ動きで一斉に動き出す。


「上手く言っていますね」


 ボンヤリ眺めていると声をかけられる。

 オレ達が座っている1階の屋根にシューヌピアがお皿を片手に立っていた。


「あれ? シューヌピアさんは、飛行島に乗らないのですか?」

「えぇ、皆さんのお世話が私の役目ですので、乗りませんよ。これ、お菓子です」


 見るとお皿のうえに、大きなイチゴのドライフルーツが乗っている。


「ありがとうございます」


 一枚手に取り口に放り込む。固めのグミといった歯触りのドライフルーツだ。控えめの甘さがとてもいい。


「どういたしまして」


 ニコリと笑い、軽やかにシューヌピアが屋根から飛び降りる。

 見ると、この家の庭にテーブルを出して、カガミとプレインが優雅にお茶を飲みながら、ドライフルーツを食べていた。そこに、シューヌピアも加わる。

 そんな間も、飛行島の起動実験は続く。

 上下に動いたり、左右に動いたり。特に問題ない。順調だ。

 それから、世界樹の周りを回るように動き出す。

 一周するつもりなのだろう。ややあって、オレ達の頭上を次々と飛行島が飛んでいく。

 最後に大きな飛行島……ラスボスが頭上を飛び越えていく。


「あの、おおきなの、皆で直したんだよね」

「そうだね。大変だったね」

「うん。私も大変だったよ。でも、面白かった。仕事大好き」

「そっか」


 満面の笑顔をしたノアに微妙な気分になる。

 ノアは仕事が大好きか……。

 やばいな。ワーカーホリックな同僚達の性根が伝染したのかもしれない。

 対策は……とりあえず後で同僚に相談しよう。


「あ、戻ってきたよ」

「成功ですね!」


 見ると世界樹の周りを一周した飛行島が次々と戻ってきて隊列を組み直す。

 一糸乱れぬ動きは、これが起動実験とは思えないくらい綺麗なものだ。

 その光景に、シューヌピアも立ち上がり弾んだ声をあげる。


「無事終わったな」


 これで仕事は完了だ。何事もなく無事に終わった。

 もう少ししたら長老の家へ戻って、地上に降りる打ち合わせだな。

 慌ただしく名残惜しいが、肉のためだ、急ぎ降りる準備をしなくてはならない。

 後は、報酬か……あんまり考えていなかった。さて……。


「どうして?」


 オレが報酬について考えているとシューヌピアの悲鳴のような声が聞こえた。

 何があった?


「リーダ!」


 どこからともなく空を走るようにミズキが飛んできてオレの側に立つ。


「どこいたんだ?」

「あっちの部屋でチッキー達と……いや、そんなことより見た?」

「見たって?」

「カスピタータさんが刺された!」


 え?


 刺された?

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