第230話 きどうじっけんのまえのよるに

 餅は餅屋という言葉がある。

 トッキーとピッキーはまさしくそれだった。オレ達と比べて足場を作るのが断然うまい。さすが大工仕事を修行しているだけある。

 あっという間に足場が組み上がり、しかもオレ達がなんとか組み上げていた物より断然立派だ。魔法を使って足場の不安定さをカバーしていた時と比べて断然効率がいい。

 そのうえ、足場作りから解放されるので、魔法陣を描く作業に集中できる。

 インクの調合は、チッキーが料理の応用ということで、テキパキとやってくれる。

 ノアも魔法陣を描けるので単純に人手が増える。

 しかも合間合間を見つけ調合したり、ピッキーやトッキー達に、道具類を渡したりして、オールラウンドに活躍する。


「こんなことなら、最初から皆でやればよかったっスね」


 プレインの一言に笑顔で頷く。

 あっという間に作業が進む。

 初日こそ残業したが2日目からは楽勝ムードで、残業もやめた。

 目標を1週間近く上回るスピードで作業は終わる。


「終わったか。ホホホ。見事なものよの。それに、眺めていて楽しいものだったぞ」


 それほど飛行島を使うことに賛成していないリスティネルも、オレ達の仕事は評価してくれた。

 そう。誰が見ても、十分満足できる品質で納品できることになったのだ。

 ツインテールの2人がとても嬉しそうに家々を見て回る。


「これは凄いです。これで夢が叶いますね」

「世界樹もきっとこれで守りきれます」

「明日、これを動かしてみませんか? みませんか?」


 2人が声を揃えて他のハイエルフ達に訴えている姿があった。

 修復中は殆ど絡みがなかったが、とても嬉しそうな様子に、仕事をやり遂げた達成感を抱く。


「ここまでしっかりやってくれるとは思わなかった」


 カスピタータに作業の完了を告げた後、そう言われた。

 話を聞いてみると、作業の進捗に合わせ確認していたらしい。

 特にバックドアの件についての指摘はなかった。


「ご満足いただけましたか?」

「あぁ。3日後に、起動実験をすることになるが大丈夫だろう。かなり無理をさせてしまったようだ。お礼は必ずする」


 そして起動実験の前夜、出来上がった大量の飛行島を眺める。

 当初、意図しない仕事であったが一旦やり始めると熱中した。

 やり遂げたあとにあらためて飛行島の群れをみると感慨深い。


「眠れませんかな」

「あぁ、こんばんは。長老様」


 なんとなく、ぼんやりと眺めていたら、後から声をかけられた。

 コツコツと小さな音を立てて、ハイエルフの長老が横に立った。いつものように穏やかな調子で古びた杖をもっていた。杖の先にはサラマンダーが器用につかまっていて、鼻先に小さな火を灯している。


「あなた方には申し訳ないことをしたと思っています」

「長老様が謝ることではないです。お嬢様に貴重な魔法についての技術を指導していただきました。それに、獣人達3人にも、里の皆さんが、楽器や色々なことを教えてくれたわけですし、むしろこちらが礼を言いたいくらいです」

「魔法……まぁ、それぐらいはさせていただこうかと思いましてな。それに……」

「それに?」

「星の事を話したときに、ノアサリーナが酷く思い詰めていたことを知りましてな。あなたを昔死なせてしまうところだったと……」

「はて?」


 なんのことだろうか。ノアに、危害を加えられた覚えがない。強いて言えば、ギリアを追われることになった嵐の晩に、奴隷の罰が発動したときくらいだろうか。もっとも意図しない発動だったわけだし、死ぬようなこともなかった。


「何でも頭に鉄槌という言葉が響いたとか」


 あの時か。

 飛行島から持ち込んだ杖が勝手に作動して、巨大な彗星をギリアに落とそうとしたときのことか。


「あれは、ただの事故ですよ」

「そうでしょうな。だが、ノアサリーナはそう取らなかった。自らが招いた厄災だと。私は、星落としという魔法だと伝えたところ、どういう魔法か教えて欲しいと言われましてな」

「星落とし。極光魔法陣を触媒にする魔法だとか」

「空に浮かぶ極光魔法陣。それは数多くあり、中には役目を終えたものもありましてな。放っておけば天が魔法陣に埋まってしまうと考えた者達がおったのです。そこで、極光魔法陣を廃棄する方法を考えた……」

「それが星落とし……」

「最終的にはそうじゃの。元々は極光魔法陣を破壊する魔法とされていたが、ある時、極光魔法陣を地面に落とし、敵を潰せばいいと思いついた者がおったそうですな。それが星落としになったという、言い伝えですじゃな」


 空に浮いている魔法陣の廃棄か。漫画で似たような話を読んだことあるな、

もっとも漫画では魔法陣でなくて、人工衛星の話だったけれど。人工衛星がもう使われなくなって宇宙のゴミとして漂っていて、それが落ちてしまうと大惨事になるから回収する必要があるのではないかとか、そんな話。あれはなんだっけな、宇宙デブリって言ってたっけ。

 元の世界に置き換えると、人工衛星を意図的に落として攻撃するということか。


「ノアサリーナには星落としを使いこなすに足る才能があった。あの娘の持っている魔力の色が、誰もが到達できぬ場所まで、星落としを使いこなせる可能性を見せておった」

「薄い青、そして解放の色ですよね」

「そうじゃな。魔力の色というのは、その子の願いが色濃く出る。何かから解放されたかったということじゃろう」


 呪い子の運命から解放されたかったのかな。

 ノアは辛いことなどを表に出したがらないからな……。

 あの年で、いろいろな事を心の内に秘めるのは大変だろう。そして、そういう風になったのは呪い子だからなのだろうな。


「それにしても、鉄槌の件を思い悩んでいたなんて、知りもしなかったです。私も、まだまだ……ですね」

「不思議なものじゃな」


 遠くにある飛行島をぼんやりと眺めながら話していた長老が、ふとオレの顔をみて言った。


「不思議……ですか?」

「リーダ殿は、なぜそこまでノアサリーナの事を気遣いなさる? 死にかけ、傷ついてもなお、その心根は揺るいでいないようだ。それは奴隷の主人に対する感情とは違うように思える」

「特に理由はないですよ」


 もし、何か理由を言えといわれれば……やはり、あんな小さな子が一人で抱え込むには辛すぎるから助けてあげたくなったということなのかな。それとも……。


「そういうことにしておこうかの。さて、ノアサリーナに教えた星落としじゃが、使うときには信頼出来る人に相談してからにするよう言っておいた。もし、相談されたらよく考えて答えをだされよ」


 オレが考えあぐねていたからだろうか、長老はすぐに話題を変えた。


「あの鉄槌みたいな魔法を使うなんてこと、そうそうなさそうですけどね」

「鉄槌の話を聞く限り、かような威力は、普通出ぬよ」

「そうなのですか?」

「星落としの威力は、その極光魔法陣がもっている魔力に左右される。本来は、使っていない魔法陣を落とすからの」

「では、鉄槌は?」

「生きている魔法陣だったのじゃろう」

「つまり、起動して、何かの役目を今もなお担っていた魔法陣だった……だから、抱えている魔力も大きく、威力も桁違いだったと?」

「察しがよいな。そういうことじゃ、つまり……鉄槌という現象が起きた結果、何かの魔法がこの世界から失われた可能性があるのぉ」

「それは一体?」

「憶測じゃよ。もしかしたら星落としではなく、他の魔法だったのかもしれんしの。さて、そろそろ寝ることにするよ。年寄りは、寝るのが早いもんじゃて」


 長老は、そう言って去って行った。

 オレは長老が去った後も、しばらくぼんやりと、飛行島を、そして空の果てまで続く星々をみていた。

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