第232話 うらぎり
起動実験は順調に終わって、長老の家へ戻りお昼ご飯をゆっくり食べて、地上へ降りる準備をする。
少し前までは、そのつもりだった。
だが、予定が狂う事態が起こった。
指揮を執っていたカスピタータが刺され倒れたのだ。
「なんてこと……」
下を見ると、呆然としたままシューヌピアが悲壮な声をあげていた。
「刺されたって誰に?」
「あのさ、自己強化の魔法を使ってたから見えたんだけどさ」
自己強化って、視力も上げることができるのか。
「あぁ」
「カスピタータさんが背後から刺されて、倒れたのが見えた」
「誰に?」
「あの、ほら、ツインテールの二人に」
「なんで……なんで……」
シューヌピアも、遠くにあるお城のような飛行島の方向を見て、うわごとのように言葉を発している。彼女にも見えているのだろう、カスピタータが刺された光景を。上からなので顔は見えないが、足がガクガクと震えている。
『バン』
シューヌピアがテーブルを叩く音が響く。
「兄さん! 兄さんを助けないと!」
そう言ったかと思うと、即座に左手を振った。
すると、彼女の目の前に魔道書がふわっと浮き上がる。
「飛翔の魔法」
続けてそう叫ぶとパラパラと空中に出現した本のページがめくれていき、一つの魔法陣が現れた。
あれはきっと飛翔魔法なのだろう。
予想通り手を魔法陣に合わせ呟いた彼女はふわりと浮き上がる。
だが、経験上、カスピタータまでの距離は飛翔魔法で飛ぶには結構骨が折れる。
地面を駆けることで推進力を得る方法でなく、浮き上がって直接向かおうとする彼女に、時間切れで墜落する予感がした。
「まずい、冷静じゃない」
「先に行く」
ミズキが手早く飛翔魔法を唱えて、シューヌピアの後を追う。城のような飛行島へ直線で向かうシューヌピアに対し、ミズキは辺りの飛行島を飛び跳ねるように、ジグザグに進んでいく。飛翔魔法の効果時間をより長く保つためだろう。
隣にいたノアが立ち上がり、バックから顔だけだして辺りを見ていたハロルドを取り出し、呪いを解く。
「カスピタータ殿が刺されたとか。ふむ。遠すぎて見えぬでござるな」
「ミズキは自己強化の魔法で見えるとか言っていたが、オレにはさっぱりだ」
「なかなかの使い手でござるからな、ミズキ殿は。それにしても、高いところは苦手でござるよ」
表情は険しく城のような飛行島を見たまま、ハロルドがおどけたような声音で高いところが苦手だという。ここに来てから、静かだったのは高いところが嫌だったからか。
「ごめんね、ハロルド」
「冗談でござるよ。さて……。ピッキー、トッキー!」
ノアに謝られたハロルドは、笑顔で弁明したかと思うと、獣人達2人の名前を呼ぶ。
すぐにやってきた2人から、望遠鏡を受け取ると1つをオレに差し出した。
「望遠鏡か」
「まずは、状況確認が必要でござるよ」
望遠鏡で見ると、カスピタータの様子がよくわかった。脇腹を押さえて、仰向けになっている。そして、その側にはツインテールの双子が立っていた。二人は互いの両手を合わせてあって、やや上を向いていた。さすがに表情まではわからないが、その動きから、カスピタータのことなど眼中にないことがわかる。
「まだ、カスピタータさんは生きているな。まず助けないと」
「駄目だったようでござるな」
「何が?」
「シューヌピア殿でござる。失速してしまったでござる」
ハロルドの言葉でシューヌピアを探す。オレが見たとき、ちょうどシューヌピアは浮力を失い落下していた。だが、心配の必要はない。
すでに追いついていたミズキがタックルするように横からぶつかり受け止めていた。
そのまま、近くの飛行島へ二人はもつれるように落ちていく。
「シューヌピアさんはミズキに任せて、カスピタータさんの所へはオレが行く。ハロルド、ノアの事頼む」
「心得た」
飛翔魔法を使い、カスピタータの側へと向かう。とりあえず、エリクサーを飲ませて怪我を癒やさないと、あのまま放置するのはまずい。
だが、そんなオレをあざ笑うかのように、城のような飛行島は上昇していく。
他の飛行島と、距離を取るつもりのようだ。
まだ間に合う。そう自分に言い聞かせて島々を飛び進む。
ふと、眼下にプレインを見つける。オレと同じ考えでカスピタータの方へと向かっているようだ。
「え?」
思わず声がでる。
プレインが、ワープするように移動していたのだ。
パッ、パッと姿を消しつつ、あっという間にオレより先を進む。
とりあえずプレインがどうやって移動しているのかは置いておいて後を追う。
進んでいる方向から、カスピタータに対し直線で向かうわけでなく、迂回するルートで城のような飛行島へと進んでいる。迎撃を恐れての移動ルートだろう。
やや遠回りだがいい判断だ。そして、今のプレインであれば確実に間に合う。
予想通り、プレインが城のような飛行島に乗り込んだのを見届ける。
オレはといえば、飛翔魔法が時間切れになったので、仕方なく近くにあった飛行島へと着地した。
小さい飛行島だ。
茶色い地面が露出していて、真四角の砦がポツンと建っているだけ。ハイエルフの里にあった飛行島の中でも、一番多いタイプだ。
そして砦の入り口近くに一人のハイエルフが横たわっている。
「大丈夫か?」
「あぁ……大丈夫。エカ……茸の……あぁ、いや、しびれ薬だ。フラケーテアの持ってきた酒に……」
「助けを……」
「上に、上に向かってくれ、何が起こっているかを。私は大丈夫だから」
ハイエルフは震える手で上を指さす。目に宿る光にも、悲壮感がない。自分の今の状況を把握しているのだろう。
言葉に甘えて、飛翔魔法で上へと飛ぶ。
そろりそろりと上を飛ぶ飛行島へと近づきプレインを見つけ合流する。
「あっ、先輩」
「どんな感じ?」
「カスピタータさん、不味そうっス。二対一だと不利だったんで、先輩を待ってました」
確かにプレインの言うとおりだ、二対一は不利だ。あの双子はなんだかんだといって、手強いと思う。初めて会った時も、戦い慣れている様子だった。
地上に降りて旅をしたハイエルフというのは伊達ではなさそうだ。
だが、だからといってカスピタータを放置するわけにもいかない。一刻も早く助け出したい。
「そうだな……」
「先輩」
特にアイデアも無いまま、考えあぐねているとプレインが焦った様子で声をかけてくる。
「ところでプレイン、なんかワープしてなかった?」
「わーぷ? ……あぁ、あれっスか? あれは、これっスよ」
あれこれいいながら、プレインが指さした足下にはうろこ形をした木の板があった。
何の変哲も無い木の板。特に魔法陣が描かれているわけでもない木の板。
「魔導具?」
「魔導具は右手の手袋だけっスよ。この魔導具で放った矢に足下の板を追尾させて、ボクは、その板の影に潜んだんスよ。ほら、テストゥネル様のおつきの人がやってたヤツっス」
そういえば、テストゥネル様についてきた人は、空飛ぶテストゥネル様の影に潜んでついてきたとか言っていたな。
「便利そうだな」
「慣れが必要っスけど、便利スね。影に潜んでいる間は息苦しいので長くは潜めないっスよ」
「まだいける?」
「大丈夫っス」
プレインが軽く頷く。
それなら決まりだ。
「オレが囮になる。その隙に、カスピタータさんに近づいて、エリクサーを飲ませてくれ。そのまま離脱だ」
「ツインテールは?」
「里のハイエルフ達に任せる。とりあえずシューヌピアさんとカスピタータさんの二人を助けるのが先決だ」
「了解っス」
プレインと軽く打ち合わせをして、ツインテール二人から少し離れたところにおどりでる。
「すみませーん」
金属製の板が積み重なったすぐ側に立ち、大声をあげた。
声をあげたあとで、もう少し気の利いた言葉をかければよかったと思ったが、言い慣れた言葉がついついでてしまうのだ。
「あら?」
「カスピタータを助けにいらして?」
二人はそんなオレを見ても余裕だった。
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