第193話 そらにおどるつぼみ

 翌日の朝早く出発する。

 カメはのんびり進む。ロバはその周りをうろつきながら併走する。いつもの通りだ。

 ゆっくりと進む。巨大な白い塔が近づくにつれ、いままであちこちにあった露天商は姿を潜め、代わりに元の世界で見慣れたものが目に映るようになった。


「あれは気球……ですよね?」


 カガミが驚いたように呟く。

 そう、気球。

 よくよく見ると遠くの方にも気球が見える。都市ケルワテである巨大な塔を取り囲むようにたくさんの気球が浮いていた。大小さまざまな大きさ、色とりどりの気球だ。


「すごいでち。いっぱい浮いてるでち。あれが空に踊るつぼみでちか」


 チッキーが楽しそうに声を上げる。

 ノアは静かだなと思うと、ポカンと口を上げて上を見ていた。


「すごい! ファンタジーって感じしない?」

「そうだな。こんなところで気球を見るとは思わなかったよ」

「リーダ達わぁ、空に踊るつぼみの事を知ってるのねぇ」


 チッキーやロンロの言葉で、塔の周りを浮いている気球のことを、空に踊るつぼみと呼ぶ事に気がつく。なるほど、緑のゴンドラに赤や黄色をベースに色とりどりの気球は、踊るつぼみと言われても違和感がない。

 くわえて、塔のすぐそばまで来たとき、都市ケルワテと呼ばれる巨大な塔が特殊な作りであることに気づいた。

 入り口が地上にないのだ。

 塔の地上から高い場所に、ぽっかりと穴が開いていた。いくつかの気球が、吸い込まれるように入っていく。おそらく、あの穴が都市ケルワテへの入り口であり、そこに行くためには気球に乗る必要があるというわけだ。

 扉を囲む壁がなかった理由も、これで分かる。

 超巨大な塔の根元付近の原っぱには、沢山の気球が泊まっていた。すぐにでも空へと舞い上がりそうなもの、ゴンドラを残して横たわったものいろいろだ。

 気球だらけかと思いきや、ぽつんと建物が一つだけ建っていた。

 それなりの大きさの建物だが、塔の側に建っているせいでこぢんまりとした建物に見える。

 外見から神殿だと推測できる建物だ。


「えっと、あれは……ケルワッル神殿です」


 トッキーがオレ達に説明する。建物の意匠から、判断したようだ。

 なるほど。地上にも神殿があるわけか。あの神殿で聞けば都市ケルワテに入る方法がわかるかもしれない。

 飛翔魔法を使って飛べば入れそうだが、ピッキー達獣人や、海亀にロバを置いていくわけにもいかない。

 神殿は、ギリアの町にあった神殿と同じような作りだった。オレ達が中に入ると神官の1人が出迎えてくれる。

 いつも通りの営業トーク。

 この世界の神殿にもだいぶん慣れた。

 なんでも観光客向けに本神殿のオリジナル商品もあるそうだ。

 どんどん神様と神殿のイメージが崩れていく。

 都市ケルワテに入りたいのであれば、近くに泊まっている気球乗りに頼んでもいいし、この神殿でも、依頼があればケルワッル神殿の気球で運んでくれるそうだ。

 もし信徒になれば、手軽に格安で乗せてくれるらしい。

 どうしようかと考え込むオレ達に、神官が説明を続ける。


「もし信徒になれば、特典として、都市ケルワテ向けの各種サービスが利用できるようになります」

「どんなサービスなんですか?」

「聖なる湯、聖湯への入浴権があります。あとは階層移動するのにも気球を使えば楽ですが、その気球も信徒であれば優先して利用者ができます。階段を上るのはやっぱりきついですよね?」


 そんなことを言いつつ一枚の板を見せてくれる。カラフルに彩られた板に書いてあるのは、信徒契約のグレードや、特典だ。


「等級……って、プラチナ信徒になると遊覧飛行も利用できるらしいっスよ」

「なんか私が思ってるファンタジーと違うんだけど……」


 楽しそうなプレインとは裏腹に、ミズキは憮然として言う。

 オレもそう思うが、いまさらの話だ。


「魔法使いにとって加護は詠唱の邪魔になるんですよね。慎重になった方がいいと思うんです。思いません?」

「契約特典にあるケルワテでのサービスって、契約した人間しか利用できないんですか?」

「いいえ。このスペシャルプラチナ信徒が1人でもいれば、全てのサービスが利用できるようになりますよ。ただし、スペシャルプラチナ……だけですけどね」

「じゃ、あたしがスペシャルプラチナになろうかな」


 腰につけた小さなポーチをミズキが開けながら呟く。

 ただし、すぐに「やば……足りない」なんて言っていたので、ミズキが信徒契約するかどうかは微妙だ。というか、なんで足りないんだ? 使いすぎだろ。

 もっとも、今回のような使い道であれば共用財産から出せばいいので、問題はない。


「あとは、都市ケルワテでのサービス利用だけを目的とした信徒チケットもあります。加護は得られないのでおすすめできないですけどね」


 ついにチケットとか言いだした。

 昔、歴史の授業で免罪符を教会が売るという行為が、敬虔な信者よりの反発を招いたなんて話を聞いたが、それを思い出す。

 サービスが保証されている点でいえば、こちらのほうがいいのかもしれないけれど。

 ただし、チケットでは利用できるサービスに限りがあるらしい。やはり信徒優先だということだ。

 とりあえず信徒契約して、ケルワテを出る前に解約すればいいだろうと、軽い感じで信徒契約しようと思った時のことだ。


「あの、おいらがスペシャルプラチナ信徒になります」


 トッキーが声をあげる。


「そうですか」


 申し出を聞いた後、訝しげにオレ達をチラッとみてから、神官はトッキーに向き直る。


「お金は準備できてますか?」

「はい。あの、1月分だけだったらあります」

 

 そう言って時はカバンからお金を取り出す。

 チッキーとピッキーも一緒にお金を取り出して、トッキーに渡していた。


「それは?」

「あの、これヨラン王国のお金でも払えるって書いてあります。これでオイラの分が払えると思うんです」


 3人にお給料として渡しているお金を集めて、信徒になろうとしているのか。


「いいのですか?」

「はい。ご主人様達、皆さん魔法使いです。すごい魔法使いです。信徒になるのはご主人様達にとって辛い決断になると思うのです。だからオイラがこれで……」


 言いたいことが分かったのだろう。神官は涙ぐみ大きく頷いた。


「それは、それは。よろしいでしょう。それにしても、なんと主思いな」


 ただオレも、このまま黙っておくつもりはない。

 ミズキが自分で出そうとしたから、獣人3人も同じように考えたのだろう。だが、皆の利益になることだ。共用財産から出すのは当然の話だ。


「いえ、彼ら3人の信徒契約に必要なお金は全部私どもが払います」


 そう言ってプラチナ信徒契約のための契約料金として大金貨2枚を払う。

 これで3人のケルワッル神との契約が行われた。


「素晴らしい! なんて、皆さん信心深いのでしょう」


 なんだろう、お金を払っただけでこの変わりよう。

 そしてケルワッル神の聖地で契約を行ったということで、ピッキートッキーチッキーの獣人達3人はケルワッル神の聖印をプレゼントされた。それは、ケルワッル神のデフォルメされた肖像があしらわれた銀色の首飾りだ。


「おや、皆さんはルタメェン神の信徒でもあるのですね」


 首飾りを一人一人丁寧にかけていく神官が、おどけたようにチッキーに話しかける。


「はいでち。サムソン様がお金を出してくれたでち」

「それはそれは。ご存じでしたか? ルタメェン神とケルワッル神は兄弟神。2柱の神は仲良く、この世界の平穏を見守っておられるのです」

「神殿でお話を読んでもらったことがあるでち」

「そうですか。では、そうですね、皆さんに最高の体験していただけるよう、微力を尽くしましょう」


 上機嫌の神官に連れられて外にでる。

 表に用意されていた気球にのって、ゆっくりと浮かぶ。

 地上から見えた入り口は最下層の入り口だという。あそこからは野菜や肉など生活に必要な物を運び込むらしい。スペシャルプラチナ信徒ということで、海亀はこの神殿で預かってもらえるということだ。大量のカロメーを餌として渡す。


「では……」


 ケルワッル神官がゆったりとした調子で語る。

 語る話の内容は、兄弟神の活躍の話だ。神官の丁寧な語り口をBGMに、気球は上っていく。ここに来るまでにあった露天商のテントが小さくポツポツと見える。

 この塔は大きく分けて三つの階層から成り立っているそうだ。下層・中層・上層と一般的には呼ばれているらしい。下層は一般的なケルワテの住人が住み、上層は神官の居住や執務室、それに神事を行う場所であり、中層は聖地を訪れる観光客のためにあるらしい。


「この塔、そのものがケルワッル神の聖地であり、本神殿であり、都市ケルワテなのです」


 こんな事をいう神官は、とても誇らしげだ。

 つづいて、滞在にあたってのアドバイスをしてくれる。

 中層には、ケルワッル本神殿のサービスを数多く利用できるスペースが設けられているので、そこを一通り見て回るのがおすすめらしい。

 ちなみに中層は上に上がるほど高級な宿などがあるということなので、よりよい待遇を望むなら上層に向かって進むといいそうだ。


「気球が多いっスね」

「はい、この島を回る、数々の気球。これこそが踊るつぼみと言われるものです。遠くから見ると聖地を彩る様子が、まるで今にも咲かんばかりの花のつぼみが踊るように見えることから、踊るつぼみの都市ケルワテという異名がついたのです」

「ぶつかったらと思うと……怖いな」

「ご心配には及びません。聖地を彩るこのつぼみ、加護により動いておりますので、乗り手を怪我させるようなことはありません」


 元の世界とは違って、神の加護で動いているのか。

 初級の飛翔魔法と同じように、何らかの安全策が講じられていると考えてもよさそうだ。

 眼下に広がる、草原とその先にあるジャングル。さらに先には海も見える。

 この景色だけでも、ここに来て良かったと思える。

 オレ達に説明を続ける神官の他に、トッキー達の相手をする神官が別にいた。もう一人の神官は、子供の背丈ほどもある大きな絵本を紙芝居のように、台詞付きでめくりながら、子供向けの話をしていた。本の1部が時たま動くので、元の世界の絵本や紙芝居とは少し趣が異なる。

 随分と昔に、ネットで流行った短くてシュールなアニメを思い出す。

 そして中階層へと到着した。オススメの宿を教えてもらい、そこでしばらく過ごすことにする。

 宿について、ひさしぶりにフカフカのベッドで寝る。

 立派なベッドはやっぱりいいな。

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