第194話 閑話 いつの間にか 前編(ケルワッル神官視点)
「あの者達の対応は私がいたします」
見張りから奇妙な一団が到着したと連絡を受ける。
最初に入ってきた男を見て間違いないと確信する。
あの者が、リーダか。
――呪い子についての相談らしいぞ。
先日のことを思い出す。
私は大神官室へと呼ばれた。そこには、私の他にも大勢の神官が集まっていた。広い大神官室が狭く感じるほどの人数。
ただし、長老格の方々がいないことから、実務的な事のようだ。
成績が悪いと叱られるような話ではなくてよかったとホッとする。
「呪い子についての相談らしいぞ」
隣にいる神官が私に耳打ちする。呪い子?
皆が円形状に並べられた椅子に座った後、中央に立った大神官がゴホンと咳払いし、言葉を発した。
「緊急に、打ち合わせをしておくべき案件が発生いたしました」
この一言をきっかけに、椅子に座った神官が、次々と席を立ち発言する。中には大神官に詰め寄るようにして、問いかける者も出てくるだろう。
いつもの打ち合わせ風景だ。
「あらかじめ話をしておかねばならないほどの呪い子ということでしょうか?」
私の予想通り、そばにいた神官が席を立ち発言する。
「ええ、今こちらに向かっているという報告です。二つ名持ちの呪い子です」
「二つ名持ちか……して、なんという呪い子なんでしょうか?」
「呪われた聖女ノアサリーナ」
名前が出た途端、ざわつく。知っている者がチラホラといるようだ。
確かに、どこかで聞いたような……。
数人の神官がパラパラと紙をめくる。備忘録をつける神官は多い。かくいう私も手元にある紙をめくる。
なかなか呪い子についてメモを取ることはない。だが、何かがあって皆、記録を残したのだ。神殿運営に関することで……何か。
本来、呪い子が訪れるだけであれば、こんな会議は必要がない。
いくら二つ名持ちであろうと、呪い子が来た場合の対応は同じだ。
神に祈りこの本神殿一帯を、ケルワッル神の慈悲の心によって満たす。
すると呪い子はこの地に不快感を抱き長居しなくなる。
ただ、それだけのことだ。
今回も、いつものような流れで進むはずだ。
「ああ、思い出しましたぞ」
同じように考えていた周りの神官達を前に、ひとりの老人が顔を上げて大声をあげる。
中央に立っている大神官は、その老人に笑顔を向けた。
「何を思い出したのですか?」
「いやいや、ノアサリーナという呪い子についてでございます。ヨラン王国で名をあげた呪い子ですな。なんでも、5人の従者が付き従ってると聞いておりますぞ」
「そうか! あのリーダが仕えている呪い子か!」
リーダ。
この名前は、聞いたことがある。どこでだろう、つい最近のことだ。
「タイウァス神殿にて助言をし、異国の地でタイウァス神殿の地位を向上させた……あのリーダでしょうか?」
「そうだ。他にも何か助言をしたそうだ。タイウァス神殿が勢いをつけつつあるのは、あの者の功績によると聞いている」
「では、リーダという男はタイウァス神殿の有力な信徒であると?」
「いや、そうではない。だが、友好関係にあるということだ」
私もその言葉を聞いて思い出す。そうだ、タイウァス神殿が最近始めた新しい信徒特典。
なんでもタイウァス神は水に想いを流し、隅々まで行き渡らせることによって、失われた出会いを復活させるそうだ。ともかく、そういった触れ込みで新しい信徒特典を始めた。
具体的には、人捜し、ペットや、なくし物も探すらしい。
今やタイウァス神殿には人や物を探すための張り紙が沢山張ってあるそうだ。それは、まるで商業ギルドの捜し物依頼のように。その象徴たる眉毛のある奇妙な犬の絵は私も見た。
あれはリーダという者の発案だったのか。
「それだけではございません。リーダをはじめ、呪い子ノアサリーナに仕える5人の従者は、味方には恵みを、敵には破滅をもたらすと聞き及んでいます」
「確かに、確かに……白魔ピデドモを討伐したのは、ノアサリーナの従者ではないかと……、そんな噂があると報告が上がっております」
大神官はそのような報告をしばらく聴き、私に目線をやった。
「では、呪い子を排除するための祈りはやめましょう」
「何故でございましょうか?」
「いいですか、祈りが届き、ケルワッル神の加護によって呪い子は不快感を抱き、早く立ち去ることを呪い子が望むとしましょう」
「ええ」
「呪い子が一人だけであったら……それでもいいのでしょうが、今回は5人の従者がついています。となれば、主が不快感を抱いた原因を我々に見つけるやもしれません」
「それが問題なのでしょうか?」
「先程言われたではないですか。味方には恵みを、敵には破滅を。そのリーダという者が、私達を敵だと考えるやもしれません」
確かにそうだ。
あのタイウァス神殿を盛り返すほどの知恵者だ。すぐにバレることも、想像にかたくない。
「呪い子を、受け入れよ……と?」
「えぇ。それよりも、ノアサリーナとその一行を受け入れて、不快感なく過ごしてもらい、あわよくば我々の味方になってもらう方が良いのではないでしょうか?」
「左様ですな。リーダという男は少なくとも、タイウァス神の信徒ではない。呪い子は信徒にはなれないから遠慮している可能性も捨てきれませぬ」
「もし主の許可を得て、ケルワッル神の信徒になれば、彼らは我々の味方となります」
確かに大神官の言われる通りだ。
ほんの少しの助言で、あのタイウァス神殿があれほど盛り返してきたのだ。それまでの、パッとしないタイウァス神殿はあまり脅威ではなかった。だが最近は、いくつかの都市でのタイウァス神殿の盛り上がりに、早急に手を打たねば、信徒獲得競争に敗れる可能性があると聞いている。
そんなことができる知恵者が、我々の力になってくれるとなれば大きな武器となる。
大神官の考えを理解し、私は強く頷く。
私は出来るだけ彼らの情報を得ておこうと、配られた報告書に集中して目を通す。
呪い子ノアサリーナ、それに仕える5人。男性3人、女性2人、皆年若いが実力ある魔法使いか。大魔法使いと呼ばれる者は、外見があてにならない。油断はしないようにせねば。
それに、ふむ、獣人の子供……レッサル族か。他にも数名が同行している……か。
今はノレッチャ亀に乗って移動している。
この辺りまでノレッチャ亀を乗り入れるのは珍しい。よほど食料を準備したとみえる。準備して訪れたとなると、何か目的があるのかもしれない。
特に悪評はない。むしろ、善良な人間だ。
「トトホーロゥ」
会議の話をそこそこに、報告書を読み込んでいたとき、唐突に私の名が呼ばれた。
ふと顔を上げると、大神官は私をみていた。
「では、念のため、地上の神殿に、トトホーロゥ、お前が向かいなさい。そして呪い子一行が訪れたならば、その目的、善悪の見極めをするのです」
えっ?
しまった。報告書を読みふけるあまり、それまでの会議の流れがわからない。
だが、大神官は私に命じられた。
私に矢面へ立てというのか。
確かに大神官の言われることは素晴らしい考えだと思っていた。だが、自分が先頭に立つとなると少し変わる。
リーダのような知恵者に足をすくわれてしまったらどうしようかと色々と考えてしまう。
「なに、大丈夫だ。いつも通りにやれば良い。そなたはとても人当たりが良い」
「そうですとも。流れるような説明で、あなたがケルワッル神の素晴らしさを、あの者たちに伝えれば良いではないですか」
周りの神官が口々に心にもないことを言う。
くそ。
周り皆は、もう自分のことではないからと他人事だ。
とはいっても、命じられたのだ。確実にこなさねばならない。
――かしこまりました。慎んでお受けいたします
そのような先日のやり取りを思い浮かべつつ、私は目の前にいる呪い子ノアサリーナと、その一行へ、丁寧にお辞儀した。
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