第192話 としケルワテ?

 遠くに見える塔を目指す。

 近づくにしたがってジャングルは一気に消え失せ、まばらな木と、手入れのされた草原が姿を現した。ポツポツと露天商のテントや、人の往来が見える。

 いつの間にか、町に入ったようだ。都市というには、何もない。村というには広々としている。

 町……でいいのかな。ここ。

 壁も門もないので、どこから町で、どこからが外なのかわからない。

 とりあえず何事もないかのようにノコノコと歩く。

 魔王が復活したという柱の方は、案外近くにあった。だが、ケルワッル本神殿がある塔はだいぶ遠くにあるようだ。

 それだけ巨大な塔だということになる。つまりはあの勇者の軍と思われる飛空船が泊まっている場所も、ずいぶん離れたところにあるようだ。


「約束があるわけでもないし、のんびり進んでもいいと思います」

「面白そうなもの見かけたらさ、そこで休むのもいいかも」


 露天商テントが、軒先の敷物に物を広げて控えめに呼び込みをしている。

 見たこともないようなものがいっぱいあった。カラフルな羽根飾りのついた帽子や、木の実で作った楽器だ。

 異世界でみた、さらに異国の地と言った感じだ。


「ここではギリアの金貨が使えないのかな?」

「かもね。あたしたち、普段買い物しないからな。わかんない」


 とりあえず手近なところで声をかける。

 魚の干物を売るお店だ。元の世界でも、見たことのあるような……例えるならアジの開き、見慣れた魚の干物だ。

 食べ方は火であぶって食べるらしい。おつまみにいいということで、とりあえず10枚ほど買えないかと交渉してみる。


「この、ギリアのお金が使えます?」


 オレが自分の手のひらに置いた金貨と銀貨、それに銅貨を見せる。


「ぎりあ?」


 露天商は、不思議そうな顔をして聞き返す。

 ギリアが通じない。


「ええと、ヨラン王国にある町なんだけど……」

「ヨランの国か……」


 しばらくウンウン考え込んでいたが、やがてオレの金貨を指さし言葉を続けた。


「まぁいいか。そうだな、金貨一枚だ」


 すごく高い値だ。ぼったくりというわけでもなさそうだ。値が釣り合わないのは、ギリアでの金貨の価値がわからないためだろう。

 こちらの国の貨幣に変えた方がいいようだ。いったん、お金を用意するとその場を立ち去り、ハロルドの呪いを解除して相談することにした。


「そうでござるな、こちらの金貨が必要でござる」


 ハロルドは腰の袋から、数枚の小さな金貨を取り出した。初めて見る金貨だ。


「ギリアのお金と違うんスね」

「そうでござるな。この国は金貨しかない」

「大金持ちの国ってこと?」

「いいや。そういうわけではござらんが、ケッペン金貨、コルキ金貨、デーカ金貨……いや、この辺りだとチー金貨、フー金貨、オー金貨だったか……ともかく全部金貨でござる」

「なんだか適当」

「いやいや。南方は北方と違い、小国ばかりでござるから、貨幣の種類が多いのでござるよ。故に名前より、形と大きさが合っていれば使えるでござる」

「なんだか簡単に偽造できそうだな」


 金の重さが、そのまま価値になるような状況を想像する。


「どこの国でも流通している金貨は魔力が付与されているでござるから……偽造は無理だと思うでござるよ。とにかく、この辺りでは通称、欠片金貨、小金貨、大金貨という名前で、だいたい話が通じるでござる」

「へー」

「そうでござるな」

 

 ハロルドが腰に下げていた短剣を手に持ち、クルクルと柄の辺りを回す。

 すると柄の根元から、金貨が十枚ほど出てきた。


「お金ですか?」

「小金貨8枚と大金貨1枚でござるな」

「用意がいいな」

「これで少ししばらくは過ごせるでござるよ。その間に宝石を換金しようではござらんか」

「商業ギルドに行くんスか?」

「ギルドに行かなくても途中に両替商がいたら、お願いしようでござる」


 すぐに、両替商を見つけることができて、宝石を大金貨2枚、小金貨1000枚と交換した。

 一気に金の心配がなくなる。こうしてみるとラングゲレイグは、結構な大金をくれたことになる。さすが領主様、気前が良い。

 先程の干物を売っていた露天商のところに行くと、小金貨3枚で魚が10枚買えた。

 ところ変われば貨幣も替わる。クイットパースで一度に宝石を換金しなくてよかった。


「さすが、ハロルドありがとう」

「なんの」

「ここはまだまだ、町の外でござるな」

「まだ町じゃなかったんだね。あのね、ハロルドはここに来たことあるの?」

「ないでござるよ姫様。話には聞いたことがあるのでござる。本神殿があるところは、どこも有名でござる」


 のんびりと観光しながら進む。

 露天商が売っている色々なものを見て回る。お酒を買って、串焼きにした蛇を買う。

 塩焼きにした蛇だ。茶色と、赤色、青色と、カラフルな蛇が売っていた。

 食欲的な問題で、茶色のを買う。

 予想とは違い、案外美味しそう。かぶりつくと鶏肉に似ていた。

 例えるなら、さっぱりした鳥肉だ。皮の部分がパリパリとして鰹節に似た旨みが濃く、アクセントとして効いている。


「あっ、これ案外いけるっスね」

「お前らよくそんなの食えるよな、蛇だぞ、蛇」

「まあまあ、食べてみてよ。美味しいって」


 ミズキが、鮮やかな赤い蛇の串焼きをサムソンへ手渡す。

 ついでに好みのジュースを買って、みんなで飲む。

 大人は酒で割ったものを出してくれた。子供は木の実のジュースだ。


「買い食いはぁ、はしたないわぁ」


 ロンロが今更なことを言う。

 もっとも、そんなことは気にしない。


「ところでハロルド、この辺りってもう南方なんだよな」

「そうでござるよ」

「海亀に乗ってるのが珍しいみたいなんだが?」

「違うでござるよ。海亀の上に乗っている小屋が妙でござる」


 増改築繰り返したからな。

 もう既に馬車の原型はない。

 しかも、虫除けランタンが小屋の周りにいくつもかけてあり、それが妖しい光を放っている。


「あっ。みてみて、あれは楽しそうです」


 海亀の上から周りをみつつ進んでいたとき、カガミがひょいと降りて、テントの一つへ駆けていく。

 二本足で立つトカゲの芸が見えた。キャッチボールをする二本足で立つトカゲ二匹と、トカゲを操る男。

 かぶりつきで眺めていたカガミは、こちらをみて満面の笑顔だ。

 本当に、トカゲや蛙が好きだよな。

 海亀が気を利かせて立ち止まる。

 皆で、トカゲの芸を眺めて過ごす。

 こんな感じで、海亀の上から町を見物しつつ進む。気になるものがあれば誰かが降りる。すると海亀が止まる。こんなことの繰り返しだ。

 ついでに服を買う。仕立てで作るものではなくて、古着だ。

 職人というのは、やはりすごいもんで、古着を適当に見繕ってくれたかと思うと、ササッと寸法を調節してくれる。売っている古着は、ほとんどが赤を基調とした結構派手な服だ。

 アロハシャツに、短パンのような服。

 これもみんなの分を買う。それぞれがデザインが違う刺繍と羽根飾りが施されている。

 結構雑なところもあるようで、ノアとサムソンは少しだけサイズが大きめだった。ブカブカな服を着るノアは、服を着るというより服に着られているといった感じで、可愛い。

 気ままに進む。残念ながらこのあたりに泊まるところはなかった。

 宿なら、塔までいかないといけないそうだ。

 気候が暖かいからか、皆、絨毯を引いてその上に寝っ転がって夜を過ごすそうだ。

 たくましい。

 オレ達も亀の背中の家で休むことにする。いつもと同じだ。

 明日はケルワッル本神殿のある塔に到着する予定だ。ハロルドや、露天商がいうには、あの塔こそが、都市ケルワテそのものだそうだ。ここは、都市の外だという。

 誤解していた。

 それにしても、空に踊るつぼみの都市ケルワテ。楽しみだ。

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