第191話 じゃんぐるのたび
ところが蚊に戦々恐々としていたのは、オレ達だけだったようだ。
「どうしたでちか?」
チッキーがオレ達の様子に首を傾げて質問する。
「いや、蚊に刺されて困るよね」
「蚊でちか?」
「大丈夫なの」
あれ?
「ノアは大丈夫?」
「うん。平気だよ」
「刺されるとかゆいでしょ?」
「ちょっとかゆいのひっかけば大丈夫だよ」
「おいら達もへっちゃらです」
なんてことだ。
オレ達以外、ビッキーもトッキーも、そしてハロルドさえも大したことないといった様子だ。
「ひょっとしてさ、蚊に弱いのって、私たちだけ?」
すごいな現地の人。
その日は戦々恐々としながら眠ることにした。カガミの魔法により壁はできているので、蚊は入ってこないはずだが、何が起こるかわからない。
日が落ちて、うっすらと霧が掛かり、生き物の鳴き声がこだまする。
猿か、鳥か、キーキーという鳴き声がうるさい。
だが夜の出来事は、それだけではなかった。
『ボトン』
寝ていると音がした。何事かと思って外を出るとカガミの作った魔法の壁に蛇がへばりついていた。透明に近い魔法の壁にへばりつく蛇。
よく見ると蛇だけではない。蛾もいる。
元の世界のジャングルよろしく蛇とか蛾とか、多種多様な生物がいるようだ。
「マジかぁ。ちょっとここは長居したくないな」
オレに続いて起きたサムソンがぼやく。
カガミの作った魔法の壁を壊せるほどの大物はいないようだ。
とりあえず安心できるが、魔法の壁が壊れて、家中に蛇や蛾、そのた大勢がわんさかと訪れるとなるとすごく嫌だ。
「私、泣きそう」
ミズキが弱音を吐く。
「みてみて。あの子可愛いと思いません?」
明るい声を上げるカガミが上を指さす。なんだろうと、示した先を見やると、太った蛇がべったりとへばりついていた。
全然可愛くない、むしろキモイ。
どうにもカガミとは趣味が合いそうにない。
外を一瞥したサムソンは部屋にもどると、すぐに目録を取り出しじっと眺めていた。
「なんとかなるかもしれんぞ。ほら、虫除けや害獣の除けの魔法ってのがあるぞ」
ほんとだ。これを使ってみようか。
サムソンが提案したのは、目録を当たって見つけた虫除けランタンというものだ。触媒にはロウソクを使う。
この魔法を使うと、ロウソクに魔法の火が灯るそうだ。その火が照らす場所には、虫は入ることができないらしい。もし、照らされた場に、もともと虫がいたら見えない壁で弾き飛ばされるという寸法だ。対象は、虫に限らず、他の動植物も含めることができるとある。
壁を作る魔法で、海亀とその上にのっている小屋を覆う方法は、移動するのに不便だ。ジャングルの中では、枝や木が家や海亀に当たる。そのたびに、魔法の壁がもつ耐久力が奪われる。そして壁が壊れた直後、壁によって防がれていた蚊などが一斉に押し寄せる。
だが、この虫除けランタンであれば、不安は解消できる。
「これがいいな。よし、この虫除けランタンを使おう」
「そうだよね。こんな状態でいつまでもやってらんない」
夜はいそいそと魔法の準備をして過ごした。
案外面倒くさい魔法だった。
ロウソクに魔法陣を書き込まなくてはならないが、サイズの割にやたらと複雑なのだ。小さい面積に複雑な魔法陣を描くのは手が疲れる。ロウソクは円柱状で、サイズ的に側面に描かざるをえない。つまりは曲面に魔法陣を描く。
くわえて、今後のことを考えると何本が作っておきたい。一本で照らせる範囲には限りがある。
そんなわけで10本ほど作ったところで夜が明けた。
苦労した分の結果はてきめんだった。魔法によって作られた火による光はどんなに明るくても別の色で周りを照らした。
淡い赤色だ。違和感はあったが、すぐに慣れた。
蚊の脅威から解放され、辺りを見回すと、ジャングルと呼ぶにふさわしい生い茂る森の中が、色々と興味深いもので満ちていることに気がつく。
猿や、虫。カラフルな鳥。
元の世界でジャングルにいると思われる動物たちがいっぱいいる。よく見ると食べられそうな果物や木の実も沢山なっている。猿がそのうち果物を掴んで食べる姿が見えた。
他にもこの世界独特の生き物もいる。空飛ぶ魚だ。
空飛ぶ魚がジャングルの中を縫うように飛んでいた。そしてそれを空飛ぶヘビが追いかけていた。
この部分だけ見ると、幻想的だ。
昼は適当にそこら辺の果物を食べてみる。看破の魔法で毒ではないと確認するので、安心して食べる。もっとも、味までは分からない。苦いもの、辛いもの、甘いもの色々ある。
漂流中の魚ばかりの生活に飽きていたこともあって、果物三昧の生活は新鮮で楽しい。
「あー、まじめんどい」
楽しい昼間は終わり。また夜がくる。夜になるとまたうるさくなる。朝と夜がうるさい、昼はなぜか静かだ。
そんなジャングルの生活。明日のために、また虫除けの魔道具を作らなくてはならない。
とても面倒くさい、チマチマと魔法陣を書く。
これが紙だったら、まだ楽勝なのだが、立体物なのでうまく固定して描かなくてはいけない。
夜はロウソクに魔法陣を描いて、昼に使用して過ごす。こんな生活がつづくと考えるだけでだるい。
「なんというか……」
「確かに面倒臭いっスね」
そんなことを皆でぼやいていたら、サムソンがなぜか紙に魔法陣を描き始めていた。
「どうすんのさ、それ?」
「この紙自体が魔道具なんだぞ。紙に魔法の効果を付与した」
「えっ?」
「ロウソクに直接書くのも面倒臭いからさ、転写の効力をもつ紙を作った。そこの本に書いてあったぞ」
サムソンが、側にある本を指さす。
昔の人も同じことを考えていたようだ。紙に魔法陣を描いて、それを物体に転写する。
なるほど。
「これに魔法陣を描いて、擦り付ける」
紙をピリピリと破ったかと思うと、サムソンがオレ達に実演してくれる。
魔法陣が描かれた面をロウソクに当てて、版画をするときのようにゴシゴシと裏から紙をこする。すると、紙を取り除いたあとに、魔法陣が転写される。
普通だったら逆さに写りそうな、転写された魔法陣が、きちんと左右そのままに転写されているのをみると、さすが魔法だと思う。
「便利だと思います」
「こうやって転写した魔法陣は、もう一度だけ転写できるようだ」
先ほど魔法陣を転写したロウソクに、べつのロウソクをこすりつける。
すると魔法陣が、もう一方のロウソクへと転写されていた。
応用編は、いまいち使い道が思いつかないが、とにかく便利だ。
さっそく、紙に魔法陣を描いて、描き上げた魔法陣をしばらく眺め、問題がなければ、ロウソクに転記する。
これは楽だ。
昨日の半分以下の時間でロウソクを用意できた。
手慣れてくると、用意する本数も増える。
夜は虫除けランタンの魔導具作り、昼は果物狩り、そんなルーチンワークを繰り返しジャングルの中を進む。
馬車の上にのった小屋は、ロウソクだらけだ。
なんというか、不思議な光に照らされる小屋は、怪しさ抜群だが、ともかくジャングルの移動は快適になった。
朝昼晩と果物や木の実を食べる。たまに鳥を狩ったりもする。だが、大抵は甘い木の実を食べるだけでお腹がいっぱいになる。
栄養が偏よる気もするが、気にしない。
ダラダラと進んでいくと開けた場所に出た。
目の前には巨大な柱、どこまで続くのかよく見えない高い高い柱だ。そして、さらに向こう側には灰色の塔が建っていた。
柱と、塔。
その中間あたりには人混みが見える。
あともう少しで町に着くようだ。
確かモペアが言うには、ここはケルワッル本神殿がある場所だったはずだ。
「あれって何スかね?」
プレインが空を指さす。
「飛空船……ぽいね」
塔の中腹あたりに何隻もの飛空艇が止まっているのがかろうじて見える。
勇者の軍がここに来ているのか。それに、塔の周りに、沢山の球体が見える。
いろいろ気になるが、近づけばわかるだろう。
とりあえず、ジャングルの旅もそろそろ終わりだ。
町に入ってのんびり過ごそう。
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